怪物使いの村 後編02
早朝。我々が訪れたのは、セキショウ集落よりもずっと山側。広くゆるやかに流れるハスノハ河と、河の流れがやや細まり、岩を削るように流れる支流の合流地点でございました。
「……これで調整よし、と。動作に問題はない?」
大仰な革鞄を台座に、機器をあれこれと調整するイリス様の手には、金属線。その金属線の伸びる先は──
「これだけあちこち繋がれてたら、落ち着きませんよ」
不服そうに手首に繋がれた線を見下ろす、月牙様でございました。
「操作には問題ないってことね。了解」
月牙様の抗議に対し、イリス様は塩対応。画面を見て、すらすらと数字を書き込んでいく彼女の背に、ワタシは問いかけました。
「これらの絡繰は、何に使っておられるのですか?」
「雑に言えば、強すぎる感覚を遮断して、単純な信号に変換する装置ね。急いで作ったから、ちょっと見た目はアレだけど。術者の身体状態も計測してるわ」
心拍数、呼吸量、竜沁の循環量などなど。計測項目を示しつつ、イリス様は微笑みました。
「記録がないと、適切な改善ができないから。例えば、初めて機体を飛ばした時は、操縦者が翼で飛ぶ感覚に追い付けないこと……身体の動かし方に違いがありすぎた事が、問題になったのよね」
二本足でスイスイ歩く真似の次、両手を広げてバタバタバタ。眼前でふざける時雨ちゃんに、月牙様は苦笑いを浮かべておりました。
「視覚と移動、二つの要素を切り離した訳だから、操作の難易度はかなり下がるはずよ。大元の分身神術式と違って、詳細な感覚や機動力は得にくいでしょうけど……月牙。問題なさそう?」
「操縦方法は理解しました。後はもう、慣れるしかないですね」
杖の柄に外付けした操縦桿やら、開閉機やら。ワタシからは複雑に見えるそれを、軽く指でなぞり。一連を確認した後、青年は口の端を歪めました。
「機体落としても、怒らないで下さいよ?」
「そういうの、悪言霊っていうんだけど」
穏やかだったはずの風が、ヒュウと音を立てて過ぎていきました。何やら不穏な空気になりましたが、為すべき事は変わらず。
「じゃ、じゃあ映像はこの鏡に映すわね。竜沁供給状態、良好。視界共有機巧、起動。自動飛行機能、起動。飛行可能まで五、四、三、二……」
いち、と。イリス様の掛け声に合わせて、月牙様が操縦桿を引きます。翼を引いた絡繰鳥は直後、見事な羽ばたきで舞い上がりました。
「映像も……問題ないわね。高度上げる前に、半径一メルくらいの範囲で動かして。座標のずれを調整するわ」
「分かりました。こっち……じゃないか。映像は、左右が逆に見えているのでしたね」
やりにくいと言いつつ、月牙様は絡繰鳥そのものと、視野が映された鏡。それぞれを交互に見比べながら、手元はほとんど見ないまま、絡繰鳥に美しい円の軌跡を描かせました。
「さすが、適応が早いわね」
「感覚の差がこの程度なら、余裕です」
初回は着地ができず、すってんころりん机を転げ回っていた絡繰鳥でしたが、この度は難なくワタシの肩に着地。白鼻丸に気付かれた直後に飛び立ち、今度は時雨ちゃんの頭に移動しました。
「余裕って言えるのはあんた限定って考えると、汎用性はまだないけど……まぁ良いわ。座標の確定完了。蓄沁器の限界が一刻と少しくらいだから、片道半刻を目安に探査してみて」
「了解です」
青年は頷き、滑らかな動きで操縦桿を操作しました。絡繰鳥は、あっという間に目視が叶わなくなり。全員の視線が、自然と写し鏡の映像に集まります。
「ここからが本番ですね。操作に慣れるまでは、観測を支援して下さい。ところでこの絡繰、背後から玲瓏鳥に襲われたりしないですよね?」
「フラグやめなさいってば……あっ」
「襲来ですか⁈ 」
「違うわよ、視界下げて。違う、あんたの首じゃなくて、絡繰鳥。もう少し右下」
「右下、では分かりません。鏡面中央に見えている岩から見て、何刻の方向ですか?」
「あー、そうね……その岩から見て五刻、川沿いの木よ」
絡繰鳥の身体や、首を動かして対応しているのでしょう。ややこわばった動きと共に映像の角度が変わり、イリス様が指定した角度に映像が止まった時。
「あっ」
ワタシと月牙様が、同時に声を上げました。
最先端の技術と言っても、当時の最先端。
絡繰鳥が送ってくる映像は色彩も画素も粗く、ほとんど白黒に近い映像ではございました。しかし──
「ここだけ、木々の色が違いますね。まだらに白黒の模様がございます」
「サギビのフンで汚れているのかもしれません。少し寄せてみます」
全員、顔を見合わせ。その後、かちりと操縦桿が傾く音が響きました。
映像が徐々に拡大され、木々の白黒が確かに葉の汚れだ、と視認できた直後──
◇猛禽類とドローン
猛禽類がドローンに興味を持ったり、縄張りに侵入されたと思って襲来する事例はそれなりに確認されている。おやめ下さい。堕ちてしまいますおやめ下さい。




