怪物使いの村 後編01
さて。サギビ対策に本格的に乗り出すにあたって、手元に集められる資料は頼池様からいただき。
『過去の討伐を皮切りに、サギビがあちこちに拡散。新たなねぐらを作り、各地で増えているのではないか』という仮説の証明が必要となり。イリス様が満面の笑みで、小鳥型の機巧を用いた調査を提案した。そういった状況のワケでございましたが。
「い や で す」
月牙様は開口一番、顔をこれでもかというほど歪ませました。
「何よ、ツンデレ?」
「ぶっ飛ばしますよ」
青年は嘆息し、小鳥の機巧をそっと手に取りました。
「だってこの子、まだ実用段階では無いでしょう。飛ぶのに苦戦するし、感度も高すぎて、術者に直接的な五感が伝わってしまう。操作が難しすぎるのです」
「調整はもちろんするわよ。でも、その為には操縦データを見せてもらわないと」
イリス様は、肩をすくめました。
「あなたが使う分身神は、精度も操作性も高い、素晴らしい技よ。でも、竜沁の消費率はバカにならないし、視覚情報が直接脳内に送られて、肉眼で見ている映像と、遠隔映像が同時に脳展開される。元々、術者がその場から動かない想定の技でしょう? 分身神と同時に動くなんて芸当、普通じゃないのよ」
マネできる人間が多くない理由は、明白。機巧を介す方が確実に、消費竜沁も脳への負担も少なくなる。
イリス様としては、月牙様を気遣って開発した道具だったのでしょう。月牙様もそれは理解していたのか、唇を尖らせつつも悩む様子だったのですが。
「ま? あんたが? 無理ですやれましぇ~んって泣くなら、仕方ないから分身神と徒歩調査の組み合わせで良いと思うわよ。もともとそのつもりだったでしょ? それならそれで、支援してあげなくもないけど」
「誰がやれないって言いましたか?」
イリス様の煽りを受けて、笑顔を引き攣らせました。
「良いですよ、やってやります。ポンコツ機巧だろうが、乗りこなしてやりますとも!」
地図を机にバンと広げ、月牙様は川沿いの数か所を指差しました。
「怪物医から聞いたサギビの特徴からして、中州や崖沿いなど、人の直接干渉が難しい場所。それから、水深が一定以上ある場所がねぐらになりやすいと考えられます」
サギビが一定数集まっていれば、糞でねぐら周辺が白く汚れるはず。サギビが狩りなどで日中不在にしていても、上空からでも視認できるだろう。
そう前置き、月牙様は我々を見回しました。
「ねぐらが拡大している事が分かれば、僕たちの考察は当たりです。狩獲管理に、本腰を入れて着手できると思います」
「念の為だけど。最終目標は、どう設定するつもり?」
「各地に分散しているサギビを、元のねぐら……つまり、セキショウ集落付近まで追い返します。その中で、以後は拡散しないような管理をするのが、理論上は好ましいです」
「まぁ……理論上は、そうね」
やや歯切れ悪く頷き合った、年長者たちを見回し。
「あの」
ワタシは、素直に首を傾げました。
「イリス様の例え話に倣うなら……いま、セキショウ付近の繁殖地は、満員に近い可能性もございませんか?」
──焼き討ちを機に一つの町から拡散し。逃げ延びた先で、新たな町を作り上げた落ち人がいたのなら。ひとつの群れとして見た時の総数は、大幅に膨れ上がってしまう可能性がある。
あの例え話を前提にした仮説なのですから、ワタシの疑問は全うでございました。
「……もし、セキショウの繫殖地が満員状態なら。追加の対応は、必要になるでしょうね」
しかし月牙様は、珍しく歯切れの悪い答えを返し。ワタシが聞き連ねるよりも先に、視線を逸らしてしまいました。
「まずは広域調査からです。イリス、感覚の調整は室内でできるでしょう。調整ができたら、遠隔操作の限界距離を確認させてください。それから、杏華」
「はい?」
「こちらは、準備に時間がかかります。君は、イリスから受け取った武装機巧の練習をしておきなさい」
武装機巧、すなわち弓銃。姿勢と呼吸の安定のため、『構えるだけでも毎日やりなさい』と指示されていたワタシは、何も疑問に思う事はなく。
「承知でございます」
二つ返事で承諾し、部屋に機巧を取りに向かったのでございました。そして翌日──
◇ねぐら位置の調査
航空写真や地形、目撃情報を基に片っ端から踏査し、特定を行う。近年は鳥に発信機を付け、その位置情報を追う方法、ドローンによる上空からの調査なども解禁されつつあるが、これらの手法は制約も多い。つまりまだ脳筋がつよい。




