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怪物使いの村 中編05


「群れ分散、でございますか?」


 首を傾げるワタシを見て、イリス様はティーカップを机に置きました。


「家畜でも、たまにある事だけれど……むしろ、人間で例えた方が早いわね」


 黒手袋の指が、皿の縁をぐるりと撫でました。イリス様は落ち着いた声で、淡々と言葉を続けます。


「例えばの、すごく単純化した場合の話よ? この範囲に、町があるとして……敵対勢力が、無計画にそこを攻めて、制圧したとする」


 町の人々の辿る道は様々。当然死ぬものもあれば、逃げ延びる者もいる。制圧された町に残らざるを得ず、営みを続ける者もおりますでしょう。


「町の在り方は以前と変わるでしょうね。でも、完全な殲滅を目的にされなかったなら……そこの人たちは緩やかに営みを拡げ、元の町に近い状態まで復興できる」


 畑や家が無事ならば。残った人々を養うに、十分な資源があるという事だから、と。イリス様は机の端を指で叩き、言葉を続けました。


「ここで問題になるのはね、逃げ延びた(・・・・・)人々よ。散り散りになって、逃げた先で死ぬ場合もあるけれど……運良く、落人集落(おちびとしゅうらく)を作れる集団があるかもしれない」


 落人集落。逃げ延びた先の山々で密やかに開かれる、落ち人たちの隠れ里です。人目を避け、出身を偽り、過去の歴史が忘れ去られるその時まで、息を潜める人々の集い。

 朔弥皇国でも、落人伝説を持つ集落は散見されておりました。


「人間の場合、山の奥深くは暮らしにくい環境である事が多いけれど……もし、住み着いた土地の条件がとても良くて。敵対勢力の追撃が無いと分かって、隠れずに堂々と土地を開き始めたら、どうなるかしら」


「エエト……人口が増えますね」


「そう。そうやって各地に落ち人集落ができて、でも町に残った人たちも街の容量いっぱいまで人口を回復していったら……町出身の人達の最終的な人口は、町にいた頃よりも膨れ上がっていると思わない?」


 その状態になってから、『あなた方はあの町の血筋だ。町に戻れ』と言っても、分散した先で生まれ育ったら人達は、『自分の出身は隠れ里だ。町はルーツでしかない』って言い張るかもしれません。

 そもそも、町の人口がいっぱいに回復してしまっているなら、落人集落の人々を養えるだけの資源の余力は既に無く。

 

「なるほど。時が経ち、それぞれの子らが増えたなら。落人は逃げ延びた先に土地を開く方が、生活が安定する可能性が高く」


「町の『敵対勢力』側としては、行動を把握できない、制御できない集団……『群れ』が増殖する結果になってしまう。そういうコトよ」


 束ねた金髪を背に払い、イリス様は背もたれに身を預けました。


「群れが割れる条件は、ケモノの特性や環境によって異なるわ。今の例えは、逃げ延びた群れが、緩やかに別の群れを形成してしまう……という、最も単純(・・・・)な形なの」


 統率個体がいない、烏合の衆なのであれば。衣食住さえ足りるのであれば、元の集団に合流できる可能性が高いのです。つまり、集団の特性としては比較的扱いやすい、という事になるのでございましょう。


「でも、人間みたいに、複雑な社会性や、階級(・・)を持つケモノの群れはもっと複雑よ。統率個体や、群れの力関係も踏まえる必要があるからね。統率個体は誰で、誰が残っていれば、群れの形を維持したまま、緩やかに勢力を削げるのか。相手の社会構造を踏まえず手を出したら、痛い目に遭うのは手を出した側になる」


 やや難しい言い回しをした後。イリス様は、ニヤッと口端を歪めて笑いました。


「手を出すなら。皆殺し(・・・)にするのか、飼い殺し(・・・・)にするのか。徹底的に決めてから、動いて貰わないとね」


 窓の外で、鳥が飛び立つ音がしました。床に落ちた窓の影に、鳥の姿が過ぎて消えます。


「イリス。言葉が過ぎますよ……事実ですが」


 咳払いした月牙様に、イリス様は肩をすくめて返しました。嘆息混じりに茶を注ぐ青年を一瞥(いちべつ)してから、ワタシはイリス様に向き直ります。


「イリス様も、ケモノにお詳しいのでございますね」


「私、牧場の生まれなの。家畜にも個性や相性はあるし、狼から守るための柵の管理とか……まぁ、いろいろあるのよ。あと、どっかの誰かさんにも、専門本の翻訳にやたらと付き合わされたし」


 じろりと睨まれて、今度は月牙様が片眉をひょいと上げました。湯呑みから茶を一服、皆がひと息ついた頃合いに、イリス様が口を開きます。


「で? あなたはどう考えてるのよ、月牙」


 しばしの沈黙が降りました。白鼻丸がかじる鋼胡桃(はがねくるみ)の砕ける、心地良い音だけがしばらく響き。やがて、湯呑みを置く音がそれを遮ります。


「現在、被害対策を行なっても有効打を打てていない理由は、サギビの大規模討伐によって、群れ分散が起きたから」


 そこまで言ってから、月牙様はワタシの顔を見ました。目を瞬かせるワタシを前に、やや視線を泳がせた後。青年は、再び口を開きます。


「しかし、討伐をせざるを得なくなったきっかけ……サギビが狂った原因は、資源量の変化。もっと言えば、この地域の竜沁濃度の変化(・・・・・・・)にあるのでは無いかと。そう、考えています」


 

◇個体群管理

 けもの対策の三本柱のひとつ。単語ブレがあるものの、直接けものに干渉する対策は、「捕獲」よりも「個体群管理」と呼ばれる事が多い。個体群管理には、群れが逃げ延びる場所の先読みや、群れの力関係を見抜く観察力などが獣種ごとに必要になってくる。

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