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怪物使いの村 中編04



「いかがでございましょう。このような塩梅(あんばい)で」


 筆を置いたワタシは、蛇腹(じゃばら)の手帳を月牙様達の方へと掲げてみせました。


「まず、怪物対策三項のうち、真っ先に検討が必要な【防護ノ陣】、そして防護を盤石(ばんじゃく)にし、ケモノを無害な状態に抑える為に必要な【寄セ物除去】。この二項については、この地域のサギビ対策においては着手済み、との印象をワタシは受けました」


 対策の基本三項。ワタシがそのうち二つに丸を描き込んで見せると、月牙様はじっと紙面を覗き込みました。


「ふむ。前提論ですが、君はサギビによる【被害】は何だ、と解釈しましたか?」


「ワタシは、大きく分けて三点だと思いました」


 青年に無言で促され、ワタシは続けました。


「まずは【魚の食害】、それに【臭いの害】。そして、この二つの被害を抑える手立てを打っても、ケモノを扱いきれぬという管理困難(・・・・)。伴ってセキショウ集落の皆様に向かう、不信感の増大。すなわち【管理困難の害】が大前提として二つの問題の手前に在る。そのような定義で考えました」


 いかがでございましょう、と問うたワタシを見下ろし。


「泡葡萄水に加えて、温泉饅頭か焼き鳥あたりを奢りましょう」


 月牙様がチラッと微笑んだので、ワタシは拳を天に突き上げました。


「ヤッタ!」


「被害の形態が複数存在しており、その両方が認知されている。タタリモッケによる墓荒らしが脅威と認識されていなかった廃鉱町(リンドウ)とは、明確に異なる点です」


 ワタシの手から手帳を取り上げ、月牙様は続けます。


「魚の食害……これは、生業(なりわい)に対する直接的な、つまり金額で数値化できる(・・・・・・)被害です。なので、【漁業被害】という既存定義に括るのが分かりやすいと思います」


 農業被害、漁業被害。(すなわ)ち農林業被害。虫の害や洪水の害など、農作物に与えられる被害の総称でございます。

 人への直接的な危害ばかりが注目されがちですが、生業(なりわい)への被害を忘れてはならない。そのように前置き、青年は顎に手を当てました。


「他の二つ……臭いの害や、管理困難の害については、被害の数値化は難しい。しかし、対策前後の記録を取る事によって、ある程度の効果測定はできるのでしょうね。なるほど」


「いまなるほどって仰いました?」


「空耳ですよ」


 こほん、とひとつ咳払い。爽やかに流れる川の瀬で、飽きて遊び始めた白鼻丸と時雨ちゃんを眺めながら、我々は言葉を続けます。


「それで。君は魚の食害──【漁業被害】については、既に対策済みと認識したのですね」


「はい。漁業に影響がある場所では、セキショウ集落の皆様が防護(イトハリ)と追払い、魚の保護(ササシズメ)を行っておられます。問題となっているのは、これらの対策を物量で押し返される可能性です。つまり、前提となっている【管理困難の害】に目を向けなくてはなりません」


 足元の小石を拾い、空中で幾度か転がしてから水面へと投げる青年。一回、水面を跳ねて沈んだそれを見て、ワタシも小石を手に取りました。


「君が管理困難の害と呼んだもの、これが怪物対策三項、【狩獲管理】の要ですね。単なる討伐だけでは、ケモノの害を防ぐ事ができない。むしろ、被害が増大する可能性すらある。サギビの例は、まさに典型なのだと思います」


「なるほど……それっ!」


 ワタシの小石が跳ねた数は、二回。むっと唇を尖らせ、石を探しかけた青年でしたが、自制したのでしょう。むくれ面のまま、河原の岩に腰掛けました。


「つまり、対策三項のうち二つが、この地においては着手済み。ゆえに僕たちが特に着目すべきなのは、三項のうち【狩獲管理】である。そうですね?」


「はい。サギビ達に影響を与えた、環境要因とは何なのか。三年前に起きた異常の原因は何だったのか。根本の原因を、調べる必要がございます」


「そして、サギビの被害を抑える為に行った人為的な干渉が、長期的に見た時にどのような影響を及ぼしたのか。これも確認が必要です」


「と、言いますと?」


 ワタシが平たい石を手渡すと、月牙様は立ち上がりました。


「営巣地で大量の捕獲を行なったのに、被害が増えた。そのからくり(・・・・)をまず暴かねばという意味ですよ」


 感触を確認するように手の中で転がし、低い角度で小石を投擲(とうてき)。放たれた小石は、水面を三度(みたび)蹴飛ばし、川の渦に呑まれて沈んでいきました。


「月牙の兄ちゃん。あんた、自分が動くのに特別な許可はいらんと言うとったがな。三年前のサギビ討伐の事を知りたいなら、やっぱり、頼池様(らいちさま)に聞くのが早いでねぇけ」


 沈む小石を見送ってから、怪物医は肩をすくめました。


「話せる事なら、話すけどな。集落(うち)のサギビどもが狂ったって話を報告した時、野生サギビの大討伐を指示したんは、あの人じゃけん」


「……。ソウデスネ」


「分かりやすい棒読みどうもでございます」


 苦笑したワタシから、月牙様はぷいと顔を逸らしました。ずぶ濡れの白鼻丸と時雨ちゃんに風を当て、乾かし始めた青年を見て、怪物医は目を瞬かせます。


「なんや、そこまで親子仲が悪いんか?」


「彼は僕の親ではなく、あくまで上司ですよ」


 噛み付くように言い返して、月牙様は嘆息しました。


「しかし、彼に話を聞くのが早いのは事実ですね。僕自身はこの辺りで育ったわけではないので、近郊の情報には詳しくないのです」


「まぁ、大社にあんたみたいな兄ちゃんが昔からいたら、話題にはなろうな」


 怪物医の言葉に、月牙様は暗い笑みを浮かべました。


「そうでしょう。男の巫師、血筋も半端となれば悪目立ちして仕方がなかったでしょうからあだっ⁈ 」


 しかし、怪物医が月牙様に飼育怪物(ポイサラ)をけしかけ、青年の頭部にクチバシが差し込まれた事により自嘲は止まりました。


「褒めとるんじゃ、ボケ」


「は、はぁ。ありがとうございます……?」


 サギビを胸に抱え、困惑したように目を瞬かせた月牙様でしたが。営巣地を飛び交う野生のサギビ達を改めて振り返り。こちらに向き直った時には、いつも通りの笑みを浮かべておられました。


「頼池殿は今、中央に駆り出されています。戻りを待つ間に、僕も国外の事例などを調べておきますよ」


 月牙様は、上司──おそらくは『父』であろう頼池様のお名前が出る度に、あからさまに機嫌が悪くなられましたが。

 つまりは、素の感情で接しても問題ない方だと判断されていたのでございましょう。まぁ、その善し悪しは置いておくといたしまして。



「──捕獲したら、逆に被害が増えた? それは、いわゆる群れ分散(・・・・)じゃないかしら」



 拠点への帰着後。イリス様に問えば、小銭がチリンと転がるように、重要な言葉が転がり出たのでございました。

【農業被害/生活環境被害】

 けものの被害のおおまかな分類。農産物に被害を与える事、人々の日々の生活に影響を与える事。

 現代日本においては、被害分類によって管轄の課が分かれる……のだが、同じけものの対策である以上、完全なタテ割りは困難である。課や組織を超えた他機関連携が必要である。とは言われている。

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