怪物使いの村 中編02
「端的に言えば、寝る場所がねぐら。子育てをする場所が、営巣地と呼ばれています」
「繁殖期とそれ以外で、暮らす場所が変わるのでございますか?」
訊ねたワタシに、月牙様は曖昧に顔を顰めました。
「そうとも限りませんね。通年で居座るので、ねぐらと営巣地が同地点、と言う事も珍しく無いと思います。しかし、いわゆる『巣』を作る期間は繁殖期だけなのですよ」
サギビにとっての巣とは、卵を抱き、雛を育て上げるためのゆりかごであり、成鳥の寝床では無い。子育てをしない若い個体は、木の枝や岩棚でねぐらを取るのだ、と青年は続けます。
「ねぐらは季節ごとに使用される場所が変わる事もありますが、集団営巣地の周辺は住みやすい環境なので、一年を通してケモノが利用する。通年使用される『ねぐら営巣地』……略して『ねぐ営』の状態が、彼らの管理手段に大きく影響するのです」
「なるほど……ン?」
そこまでの説明を聞いて。ワタシは、目を瞬かせました。
「月牙様、月牙様。以前、タタリモッケの対策について話した際、このように仰っておりましたよね? 『鳥は周辺から際限なく飛来するので、討伐が根本的な対策になりにくい』と」
──玲瓏鳥は、その土地に寄セ物がある限り、どこからでも、何羽でも飛んできてしまう。その拠点がどこなのか分からないし、数を減らす事も現実的では無いから、無策に迎え撃つと人間側が疲弊してしまう。
そのような前提があった為に、あの怪鳥の対策は討伐以外の要素に大きく頼っていた。そのような認識がございました。
「であれば。繁殖の拠点が分かるサギビは、タタリモッケよりは討伐がしやすい種、という事になるのでございますか?」
ワタシの問いに、しかし。月牙様は、さらに眉根を寄せてうめくように答えました。
「むしろ、寄セ物除去で被害を防ぎやすいタタリモッケより、対策の計画立ては厄介かもしれないです」
月牙様が思案しつつも、ワタシに説明を続けようとした時でございました。
「ヨセモノジョキョ? ってのは何だ」
黙って話を聞いていた怪物医が、首を傾げて訊ねました。
話の流れが掴めなかったわけではなく、朔弥語の単語が聴き取れなかったのでしょう。月牙様が解説するでしょうと、ワタシは黙って青年を見上げたのですが。
「杏華。怪物対策三項を、ひと通り説明して差し上げなさい」
「エッ。ワタシがでございますか」
青年は、しれっとワタシに鞠を投げて下さりやがりました。
「忘れたとは言わせませんよ?」
にやり、と。性格の悪そうな笑みを浮かべた青年にしかし。
「ワタシを誰だと思っておられるのですか。歌い手は、情報を歌い伝える者でございますよ」
ワタシも不敵に笑みを返し、改めて怪物医を見上げました。
「これより語りますは、怪物を御す上での主軸とされます三本柱。入れない、寄せない、討伐する。怪物対策三項の概要でございます」
防護ノ陣。ケモノの侵入を許さない、絶対防御の領域を築いた上で対応に当たる。
寄セ物除去。鳥獣が悪さを覚え、怪物と化す原因を見つけ取り除く。
狩獲管理。ケモノの生態に合わせた討伐、あるいは継続的な管理を行う事によって、被害が出ない状態を維持し続ける……と。
ひと通りの概念を説明し、ワタシはくるりと手を躍らせました。
「以上の考え方でございましたね。月牙様は具体的な対策に当たる前に、これらの問題を全て洗い出し、対応可能なものから着手する事を推奨されておられます」
「そうけ」
しばらく沈黙し。怪物医は、ひとつ頷きました。
「──あんた、サカイワタリか」
──そして、ぽつりと。聞き慣れない単語を、ごく小さな音量でこぼされました。
「いま、何か仰いましたか?」
月牙様は、怪物医の言葉を聴き取れなかったらしく。キョトンと目を瞬かせましたが。
「ポイサラのクソが付いとる」
怪物医は、わしゃわしゃと月牙様の頭をかき混ぜると、混乱した様子の青年からパッと手を離しました。
「考え方は理解した。わしらにも、似たような教え自体はあるけぇの。その考え方に乗せるなら、サギビの場合、難しい問題になるんはヨセモノやない」
はじめ、乱れた髪を怪訝そうに撫で付けていた月牙様でしたが、怪物医の言葉に、表情を改めました。
「野生の群れを無害な状態に抑えつつ、資産として個体数も維持する。狩獲管理の概念が、サギビ対策の要となるという事ですね」
「はぁ、ナルホド」
セキショウ集落の人々にとって、サギビは資産である。営巣地が分かるとしても、それ自体が対策の難易度を下げるわけでは無い、と。
「ケモノごとに、対策の難しさがあるでございますね」
腕を組み唸ったワタシに、月牙様はちらと微笑みました。
「最も防ぎたい被害、対策の目的を明確化する。現地の情報を洗い出して、ひとつひとつ並び替える。これまでと、基本は変わりませんよ」
状況ごとに複雑な要素を持つからこそ、考え方の軸は単純明快に。絡んだ毛糸玉を解くように、ひとつひとつの要素を拾い集めてから考える。つまり、いまやるべき事は。
「とりあえずは、現地をひと通り見る所からでございますね」
ワタシの言葉に、怪物医は口角を吊り上げました。
「この辺で一番大きな営巣地は、ハスノハ川の上流じゃ。ねぐらは、最近になって営巣地周辺にも散らばっとって、そいつらが朔弥ん連中と問題起こす事もある。ひとまず営巣地を見せるけ、思った事があったら言うてくれや」
怪物医に連れられ、我々はハスノハ上流の営巣地付近に向かいました。天気は快晴。暑くもなく寒くも無い。川登りに心地良い風が吹く、それはもう良き日であったのでございますが──
【ねぐコロ】
ねぐらとコロニーを兼ねている場所のこと。水鳥の場合、カワウやサギ等の複数種が入り混じってコロニーを作っている事が多く、正確な生息羽数を数えるにはコツが必要になる。




