怪物使いの村 前編03
「サギビ漁のやり方……でござえやすか」
何事もなかったように話しかけてきた月牙様を、探るように見下ろしていた男ですが、 深い意図はないと悟ったのでしょう。やや迷った後に、口を開きました。
「サギビは、二羽を一組で扱いやす。連中の首と腹に結びを付けて、縄の動きで操るんでさ」
「サギビ漁は夜に行うと聞きましたが、彼らは夜行性なのですか?」
「んいや。連中、普段は昼に動きやす」
櫂を見事に操る男も、まとっている衣装は少年と同じ。羽毛……おそらくはサギビの羽の外套、魚皮の胴衣、それに赤褌。縄文の如き刺青は全身を覆い、ひとつの芸術作品の様でございました。
「ただ、夜になっとな。サギビん巣には、アカナメっちゅうケモノが、卵を奪いにくるんですわ。じゃけん、尾を光らせて、アカナメが吐く毒を打ち消して、群れでまとめて反撃にかかるって習性があるんでさ」
「げっ。いまアカナメと仰いました?」
アカナメと言えば、ワタシの眼球に幻惑作用入りの小便を喰らわせ、月牙様に攻撃させるように仕向けたふてえケモノでございます。渋面を作るワタシを見下ろして、男はけらけらと笑いました。
「アカナメを知っちゅうって事は、嬢ちゃんも興味があんのかい。その手のやつに」
「はい?」
「アカナメの毒煙ってのは、吸った奴らの同士討ちを引き起こす、怖ェ効果があるけどよ。よぉーく薄めて加工すれば、媚薬になるんよ」
「……はい?」
「ホレ。男女の情事にだって、相手への闘争心と酩酊感ってもんが」
「話が! 逸れています!」
「おっと、すいやせん」
月牙様の制止に慌てて頭を下げて、男は続けました。
「とにかく、サギビは夜に尾を光らせる力がありやしてな。その光を利用して、夜に漁をするってのがサギビ漁の基本でごぜぇやす」
漁師は、サギビを船上から操り、丸飲みした魚を吐かせてはまた川に潜らせる。動きの指示は、縄の動きと歌声で。
月に輝く夜の河畔は、漁師たちの歌う様な掛け声と、サギビの蒼光で彩られる。漁師の声は、己の話を興味津々で聞く若者に向けて弾んでおりました。
「しかし、彼らは縄をかけただけで言うことを聞くのですか?」
「そこが、サギビ使いの本領ですわ」
月牙様の質問に、男は誇らしげに口元を緩めました。
「サギビは卵のうちに巣から獲って来て育てるんだけども、 性格とか、育ち具合とかな。いろんなもんを調整しながら、漁に使えるヤツを選ぶんでさ。で、漁に行く前もな」
飢え死にしない程度に餌は足りていて、だけどもちょっぴり腹ペコ。自分から川にドボンと飛び込んで、魚をガッと食らいたくなる。
「そういう塩梅になるように、サギビの腹の空き具合を調整してやるんでさ」
「漁に連れて行けるサギビは、育てた中でもごく少数なのですね」
「んだな。じゃけども、連れてかん奴らも、殺したりはせんですよ。糞が肥料やら何やらで売れるってのもあるし、サギビの汁はアカナメの毒をすぐに打ち消すんで。媚薬の解毒薬やら、気付け剤とやらで、薬師が重宝するんやそうです。一応、効能がどうこうって話じゃけども、マズさのあまり薬を吐くヤツが多いんやないですかね」
なるほどー、と感心しつつ。ふと横を見れば、月牙様は眉根を寄せ、斜め上を眺めておられました。
「そのお顔はもしや、経験済みでございますか」
「あります。以前、薬の味や刺激を覚える為、アカナメ汁入りの媚薬を飲んだ直後、サギビ汁で解毒しました。アカナメの分泌液は麝香のような香りなので、薄めてしまうと味はあまり分かりません」
「なるほど。ちなみに、サギビ汁のお味のほどは」
「魚市場の生ゴミ、糞尿、濡れ土を混ぜた煮汁ですね」
「わぁ急な真顔」
以前の村の時の様に、自然解毒を待てる状況ならまず飲まない。言い切った月牙様に、少年はふと声をかけました。
「な、巫師サマ。良ければじゃけど、うちのサギビ小屋、見るけ?」
「良いのですか!」
パッと振り返り、顔を輝かせる。その様子に、少年も笑顔を浮かべました。
「ええよな。なっ、親父。じいちゃん」
「え、あ……巫師様が、宜しいんであれば」
大人組は、やや困惑した面持ちでしたが。青年のそわそわと期待する様子が、まるで散歩を待つ犬の様でしたから、絆されたのでしょう。顔を見合わせ、頷きました。
「巫師様にお見せできるような、綺麗な所では無いと思いやすけども。それでよろしければ」
船の速度が緩やかになり、櫂が砂利を擦ります。やがて船は、建物の中で動きを止めました。
「セキショウ集落へようこそ、皆様がた。まずは、弟……怪物医んとこへ、案内いたしやす」
◇鵜飼
魚を丸呑みする性質がある水鳥、ウを用いた猟法。有名な岐阜県の鵜飼は、カワウではなく体の大きいウミウを用いてアユを獲る。




