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怪物使いの村 前編02

 

 と、言うワケでして。少年の案内でセキショウ集落に向かうと決めた我々は荷物を置き、イリス様に預けていた白鼻丸を回収してから、船着場に向かう事となりました。

 少年が使っていたのは一人乗りの小舟だったそうで、複数人乗りの船に乗り換えてくるからしばし待て、と。指示を受けて待つ事半刻。


 その間、月牙様は終始無言でございました。不自然な角度で景色を眺めていらっしゃいましたが、すうっと水底へと視線が移り。身体が緩やかに、緩やかに水面へと傾き始めたものですから。


「月牙様?」


 声をかければ、謎の硬直時間を挟んでから振り向きました。


「べ、別に潜ろうだなんて思っていませんよ」


「ワタシは特に何も言っておりません」


「……」


 月牙様が、幼子のようないじけ顔を見せたのは一瞬。ワタシと目が合った瞬間、青年は晩夏の路上に落ちた生死不明蝉(セミふぁいなる)を見るような表情でこちらを伺い始めました。


(あぁ、なるほど)


 ──この御仁は、ワタシに拒絶されるのが怖いのだ。身分を示した瞬間、村人達に畏怖される。そのような体験を複数回経験しているからこそ、ワタシの反応も恐れていたのでしょう。

 正直に言えば、ワタシにだって、地位の高い方に対する恐れは人並みにございました。しかし、この青年に関して言えば、恐れを抱くには付き合いが長く。何より、ワタシの方も、月牙様に距離を取られたくは無かったのです。

 間合いを図る、気まずい時間など不毛が過ぎました。ワタシは、ふいとこちらから顔を背け。大きく息を吸うと。


「──わっ!」


 大きく手を広げて、月牙様を振り返りました。


「っ⁈ 」


 ワタシの反応を伺っていた月牙様は、ビャッと肩を跳ねさせ。ついでに持っていたお茶をこぼしました。


「そこまで驚かなくても」


「驚かせた側が言うセリフではありません。許されざる愚行です。今日の夕飯には、君の苦手な茹で緑豆を追加します」


「エエン! 的確にワタシが嫌がる反撃をなさる!」


 当時のワタシは、緑豆の臭いが苦手でして。月牙様の苦手な牡蠣(かき)、時雨ちゃんの苦手なちまきと並んで、食卓にあまり上がらぬ食材だったのでございました。

 と、いうワケで。悪戯の代償にひと通り嘆くフリを──いえ、実際に後で嘆く羽目にはなったのですが──終わらせて、ワタシはポンと手を叩きました。


「月牙様がどのようなご身分であったとしても、態度を変える気は無い、という事は、最初からお伝えしているでございます。ワタシは(サカイ)を渡る歌運び、身分の外に生きる者でございますから」


 しかし、対外的に必要だという事があれば、弁えるつもりはある。


「ワタシに、どのように振る舞って欲しいか。それは、月牙様が指示をして下されば良いのでございますよ。だから……」


 貴方のして欲しいように振る舞う。だから、()を拒絶しないで欲しい。対等に(・・・)、見て欲しい。

 ──そんな、不敬な感情が湧いていた事に気付いたのは。ワタシ自身の心境の変化に気付いてしまったのは、この時でございました。


(ワタシはこの数ヶ月で、なんて図々しく、生意気に育ってしまったのでしょう)


 だって、そうでございましょう。鬼奴の娘が、皇国の四方の信仰を預かる大社の令息と、対等に接したいと願うなんて。

 あまりに不敬で、あまりに身の程知らず。双方にとって、許されない振る舞いなのは明らかでございました。


「……身分の外の者を名乗ってはいても、さすがに弁えるべきだという理解はございますけども」


 それでも。ワタシだって、これまでの己の処遇を是としていたワケではございません。眼前で迷子のような顔をしている青年を、落胆させたかったワケではございませんでした。ゆえに──


「どうせ心底から敬う気など、これっぽっちもございませんからねワタシの頬をつまんで蛇口のごとく捻っても何も出ませんいたぁい!」


 ──日常の通りに。世間様の常識やら、大人達からの言いつけを守らぬ、不良娘まっしぐらの道を選択いたしました。


「ふん」


 月牙様は、ワタシの態度を見て機嫌を直したのでしょう。頬を押さえるワタシをよそに、意地の悪い笑みを浮かべました。


「まぁ、君が今更、僕の地位云々で態度を改めるなんて事は無いでしょうけどね? 当然知っていましたとも。その不遜さは、出会った当初から一貫して変わりませんからね」


「月坊、急に上機嫌。ところで、最近の学院都市では、弟子をつねったり叩いたりすると、『ぱわはら』とか『あかはら』って言われて師匠外されちゃうらしいよ。イリスが言ってた」


「えっ」


 小突く、腕を掴む、関節技を決めるなどなど。心当たりしか無かったであろう月牙様が硬直するのを見て、ワタシは首を傾げ。


「それはまた、厳しいお国柄でございますね。あっ、つまり逆にワタシから先手を取れば、月牙様はあかはら(・・・・)違反とやらを恐れて、反撃できないと言う事なのでは」


 恐らくは月牙様をからかうのに良いネタなのでは、と認識して口端をつり上げました。


「う……。うちはうち、よそはよそ……ですけど?」


「確信なくなってるではございませんか。ヨシ、良いネタを仕入れたでございます。ぱわはら反対、あかはら反対〜」


「分かっても無い言葉を使うんじゃありません」


「そもそも、あかはらって何の略だろ」


 時雨ちゃんの問いに、月牙様は腕を組みました。


ぱわ(・・)は『暴力(パワー)』、あか(・・)は『学術(アカデミア)』の略でしょう。はら(・・)は……何ですかね」


魚卵(はらこ)しか浮かばないでございますね」


「絶対違うと思います」


 そんな会話をしていれば、ぎっこんばたん。櫂を動かす音が近づいてまいりました。船に乗っているのは先ほどの少年と、その親と思しき鬼奴人の男、白ひげを複雑に編み込んだ(おきな)でした。

 親御さんですか、どうぞよろしくとでも話しかけようとしたのでしょう。船に気付いた月牙様が、立ち上がった瞬間。


「うっ、うちのせがれが大変失礼いたしやした!」


 男は、息子の頭を掴んで川に沈めました。

 ぎょっとする我らの前で、少年はバタバタと暴れ。あぶくを吐き出し続けます。


「この通り、この罪人の事は、ここで処分いたしやす。ですんで、集落の連中の事は、どうか許して」


「馬鹿者!」


 月牙様は男の手を跳ね除けて、少年を掴み上げました。


「背中、叩きますからね!」


 がぼ、げほっ、ごぼっ。少年が、不穏な音と共にひと通りの水を吐き出すのを見届けると、月牙様は顔を上げました。


「僕は、この者に罰を与えろとは、ひと言も言っていない。子供に過剰な罪を問うのはお止めなさい」


 その表情は冷淡、刺する視線は氷柱の如し。ワタシがたじろぐ程でしたから、その視線を向けられた三人も当然、背を逸らしかけていたのですが。


「この痴れ者は、それだけの罰を犯した。少なくとも、我々はそう認識しとりやす。ゆえに、責任を果たそうといたしやした」


 集落の存続を担うのであれば、その者の年齢は関係ない。罪は罪、罰は必要である。

 翁の言葉に、月牙様は何かを言おうとして、ぐっ、と飲み込みました。


「しかし、更にご不快にさせてしまった様子。大変申し訳ねぇですだ。また、貴方様の寛大なお心に感謝いたします。ペッチャ、お前も礼をせぇ」


 少年は、親に殺されかけた事に呆然としていましたが、雰囲気に気押されたのでしょう。月牙様に向けて、震えながら頭を下げました。


「……」


 月牙様は、尚も怒りが収まらぬ様子でしたが、父親の手が震えている事に気付いたのでしょう。二度、深く息を吸うと。


「僕は、その子を助ける代わりに、その子に助けを乞うた。所属に関わらず(・・・・・・・)、個人として、正当な取引をしたのです。あなた方のケジメとやらに、僕を巻き込まないで下さい」


 この件は、これで終いです。そう伝えると、月牙様は少年の前に膝をつきました。


「ペッチャと言いましたね。約束通り、君の集落に僕を案内して下さい」


 月牙様の言葉に、こくこくと頷き。少年(ペッチャ)は、我々を船に案内いたしました。

 よほど恐ろしかったのでしょう。少年は親達から少し距離を取り、ワタシや月牙様に寄り添うように座っておりました。


「……」


 これが当時の皇国における、ワタシと月牙様が取るべき、本来の力関係でございました。この集落の大人達が、異常というワケではなかった。ただ、我々の在り方が、異常だったのです。

 力関係の模範例をわざわざ見せつけられ、げんなりした様子の青年でしたが。


「サギビ漁は、どのように行うのですか?」


 少年の頭に手ぬぐいを雑に被せると、何事もなかったように、少年の父親に話しかけました。

 

◇溺水の処置

 意識があれば水を吐くのを補助。意識がない時は無理に吐かせず、心肺蘇生法で対応する。

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