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異国の機巧 06

 

「何ですか、これは。僕は武装機巧をお願いしたはずですが」


 鎮座する小鳥を半眼で見下ろす月牙様に、イリス様は大きな布包みを持ち上げて見せました。


「それはね、機巧開発チームから『義眼ぶっ壊し常連野郎』へのプレゼントよ。貴方が注文した武装機巧はこっち」


「プレゼント? 体の良い実験台じゃあ無いでしょうね」


 まあ貰いますけど、と唇をとがらせながら、月牙様は布の包みを開きました。中から滑り出た、それは──


「綺麗、でございますね……」


 波のような刃を持つ穂先と円盤を取り付けた、身の丈にも迫る長物でございました。内側に機巧が仕込まれているのでしょう、一部だけ透明被覆(すけるとん)になった柄からは、複雑な歯車の絡繰がのぞいておりました。


「祭杖……いえ、槍でございますか?」


「どっちとしても使えるけど、分類としては『杖』よ。操作円盤を外せば槍として使えるけど、基本的には術式の支援用ね」


 先端を竜沁の膜で覆えるので直接戦闘に使えなくもないが、機巧は壊れると修繕が手間。乱暴に扱い過ぎるのは良くない。そんな説明をしてくれたイリス様の腰にも、小刀の形状をした機巧が下がっておりました。

 ──当時の定義では、『学院都市』が作る武装機巧は二種類ございました。ひとつは当時のワタシのような、術者としても武者としても未熟な者の能力を補う、単純な機巧のみを組み込んだ純粋な武器。もうひとつは、優れた竜沁術者が、より優れた形で術式を扱う為の武装付きの杖。

 月牙様がご自身用に選んだ機巧は、『杖』としての機能を優先した仕様だったのでございます。


「杖としての本体は、槍の穂先に当たる部分よ。外せば小剣型になる。杖そのものを持ち歩けなくても、本体は持ち歩くようにしてちょうだい。細かい部分は、実際の運用を見て調整するわ。慣れも必要だと思うから、一週間はかかると思って」


「承知しました」


「便宜上の名前は【水鏡祭杖(スイキョウ)】にしてあるけど、まあ、好きに呼んであげて」


「それも分かりましたが……そちらのからくり鳥についても、解説をお願いできますか? 何となくの用途は想像が付きますけど」


 杖を抱えつつ、月牙様は卓上の小鳥に視線を落としました。ふかふかの羽毛、きゅるんと輝く紫水晶の瞳。イリス様は愛らしい容姿のそれを取り上げると、カパッとくちばしを開かせました。中から転がり出たのは、内側に絡繰が透けて見える、藤水面色を湛えた人間の(・・・)眼球。以前見せていただいた、月牙様の義眼と同じものでございました。


「はい、新しい目。どこかの誰かが不具合起こしたからね、交換用よ。性能は今付けてもらっている物より良くしているし、【水鏡祭杖】側で術式の支援をすれば、空中機動も問題なく使えるようになるはずよ」


「絡繰とはいえ、鳥がくわえていたものを目に入れるの、なんか気分的に嫌ですね……」


 嫌そうな顔で眼球を受け取りつつ、月牙様は目を細めました。


「これだけのために、こんな手の込んだものを作って来た訳では無いでしょう?」


「もちろん。とりあえず、祭杖の先端に義眼の格納庫があるから、今付けてる義眼をそっちに入れてもらえるかしら。起動はしたままで」


「人前で目を取り出させる気ですか。なんて破廉恥な」


「うるさいわね。さっさとしなさい」


 そんな軽口を挟みつつも、月牙様は後ろを向き、義眼を外したようでした。前髪で片目をしっかり隠した状態で振り返った青年に、イリス様は続けます。


「その小鳥の背中にも、格納庫があるの。分身神(わけみがみ)を起動して、一枚入れてくれる?」


「そういう事ですか」


「察しが良くて助かるわ」


 合点がいった様子の月牙様に対して、首を傾げるしかないワタシでしたが。

 月牙様が紙製の分身神を取り出し、スウと小鳥の中に滑り込ませた瞬間。


「なっ!」


 小鳥の目が光り。続けて祭杖がヴン、と低い音を立て。壁に向かって、映像が投影されたのです。

 見えているものはやけに大きな茶飲み、皿、そして、我々の腰──やたらと物が大きく、視座が低い映像から、ワタシは小鳥に視線を落としました。


「これ、もしかして月牙様の分身神が……というより、この小鳥が見ている景色でございますか」


「そうよ。二つの機巧を経由する事で、映像を外部に出力しているの」


 言葉は淡々とすれど、流石にどや顔。ふふんと鼻を鳴らすイリス様の横で、月牙様は分身神の視点を上下に動かしながら顔をしかめました。


「分身神の視点が直接見えないのは、妙な感覚ですね。映像の処理は、楽な気がしますが……」


「あのね。頭の中で同時に二つの映像を処理しながら自分自身も動くなんて芸当、普通はやれないのよ。術者の脳にかかる負担が大きすぎる」


 そんなんだから竜沁切れを起こすのよ、とあきれ顔で髪を払い。イリス様は小鳥を指さしました。


「それに、その分身神用の外装は見た目より丈夫よ。紙きれ一枚の分身神とは違って軽いものなら持ち運べるし、単体で飛ばしても目立ちにくいわ。使い慣れたら便利だと思うわよ」


「慣れるまでに時間がかかりそうですが、消費体力と利便性という点では、確かに……あっ」


 小鳥を湯呑に止まらせようとして、失敗したのでしょう。ぺしゃっと地面に落ちた小鳥を、立たせてやろうとして更に失敗。やや痛そうに肩をさする月牙様に、イリス様は苦笑を投げかけました。


「やっぱり、生体機巧との接続は課題が多いわね。その子も使用感を踏まえて調整するから、せいぜい文句を集めておいて」


「分かりまし……あっ、ちょっ、やめなさい白鼻丸! くわえるなヌメヌメする舐めるのもダメですうわ気持ち悪い! ちょっとイリス! これ妙に感覚が生々しいんですが! 嫌がらせですか! 」


「嫌がらせに機巧ひとつ出すほど、資金繰りに余裕ないわよ」


 ワタシが白鼻丸から小鳥を吐き出させるまで、ひと悶着。床にぐったりと座り込んだ月牙様を見下ろし、イリス様は額を抑えました。


「……とりあえず、分身神そのものを杖側で完全操作できるようにして、触感回路の接続を切った方が良さそうね。生体機巧は難しいわ、やっぱり」


 機巧は便利、素人の力も底上げできる。と、以前月牙様に伺っておりましたが。それだけではない課題や試行錯誤が詰まっているのだななどと、顔を洗いはじめた月牙様を眺めながら思った次第でございましたが。


「杏華さん、あなたにはコレを使ってもらうわ」


 ドサリと渡された教本、布類の重さに、ワタシはつんのめる羽目になりました。


「……。ハイ?」


「貴女の機巧は、構造としては単純よ。でも、使いこなすには知識や技術が当然必要よね。それはもう、基礎から徹底的に」


 大量に渡された布は、円が複数描かれた的。教本は帝国の文書。目を瞬かせ、顔を上げたワタシの眼前には。


「基本操作はもちろん。その的の中央に当てられるようになるまで、確実に指導してから帰るから。よろしくね」


 にっこりと笑顔を。目が笑っていない笑顔を浮かべる、イリス様の強面(こわもて)が向き合っておりました。


 

♢ドローン(無人航空機)

 鳥獣対策の現場で導入が進んでいる機器の一種。通常映像だけでは動物の動きが追えない事が多いため、赤外線等の映像と切り替えながら観測を行ったり、軽量な道具をくくり付けて遠隔地の木々に細工をする等の操作が行われる。最近の世界情勢の影響で、一気に性能が向上したが、クソが付くほど高い。

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