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異国の機巧 01

 

 まずは、ハスノハの街における、異国の学者様に会いに行くまでの経緯をお伝えしましょう。

 白亜の建物と湖畔、連なる運河を彩る蓮、近代的な建築たち。この華やかさな街の中央に座すのは、皇国に数ある社の中でも大きな力を有した大社。そのひとつである『玖蓮大社(くれんたいしゃ)』でございました。


「非常に。多分に面倒ですが、直接会って経過報告をしなければならない相手が大社にいます」


 と、渋面(じゅうめん)の月牙様がおっしゃるので大社に赴き。しかし、皇姫の代替わりに伴い、大社は上へ下への大騒ぎ中。目的のお相手も、央都への応援に駆り出された直後だと言うことで、お会いする事は叶いませんでした。

 言伝(ことづて)を預かっていた巫子がおっしゃるには、我々の滞在のため、既に宿泊施設は手配されており。同じ施設に、異国からの客人である学者様も滞在しているので、そちらに顔を出して欲しいとの事でございました。


 指示された場所は、湖畔に並ぶ洋館のひとつ。華美な異人別荘が目立つ中、比較的質素な外見が印象的な建物でございました。

 コンココンと叩いた扉の音に応えたのは、大柄な異国人女性。

 朔弥人に比べると、圧倒的にがっしりとした身体つき。陽光を溶かしたような金髪は、ひと房だけが雪原のような白銀色を宿し。革製の胴衣に押し込めていても存在感を放つ双丘には、不思議な艶を持つ怪物の爪が乗っておりました。


「……よく来たわね。とりあえず、中に入って」


 女性は淡々と言うと、扉を押さえて我々を促しました。指示に従い、恐る恐る扉をくぐり。ぱたんと扉が閉められた、直後。


「生体機巧は! 用途を守って使いなさいと言ったでしょうが! 緊急国外出張なんて、そう簡単に調整付くものじゃないのよ、この死に急ぎ神官!」


 女性は耐えかねたように、罵声を月牙様に飛ばしました。ワタシはすっかり縮こまってしまったのですが、対する月牙様はしれっとしたご様子で──


「使いにくい仕様にするのが悪いんですよ。とっさに術式を使うかも、という緊急想定も考慮して設計するのが、技術者の本領ではないのですか?」


 ──などと、荒々しい笑顔で(あお)り返し。


「あの条件の中でできる、最大限の配慮はしていたわよ。採算度外視(さいさんどがいし)で、どんだけ納期縮めたと思ってるの? それ以上の文句は、あなたの上司(・・)に言うべきね」


 青筋を立てた女性の更なる返しに、月牙様はぴくりと眉を動かしました。


「「……」」


 そして、双方無言。この時の空気を、どのように例えれば良いのでしょうか。お二人が、軽口を叩ける間柄なのは間違いなく。しかし、互いに対して向ける殺気(・・)もまた、苛烈なものでございました。

 即ち一発触発。吹雪の前触れのような、冷ややかな空気が部屋を満たし始めた時。


「ふたりとも、杏華が怖がってる。じゃれるのはそこまで」


 時雨ちゃんのひと言で、お二人は目を瞬かせ、スゥッと殺気を霧散(むさん)させました。


「時雨、久しぶり。ごめんなさいね、稚拙(ちせつ)な喧嘩なんか見せてしまって」


「道具を壊されて怒るのは、イリスの権利。仕事の調整とか、いろいろあったでしょ」


「まぁ、帰ってから何とかするわ。私達が不安定な完成度の機巧を導入したのは、事実だし」


 疲れた様子で目頭を押さえ、嘆息。息を吸うと同時に表情を切り替えると、彼女はワタシに向き直りました。


「挨拶が遅れてごめんなさいね。イリス・デューラーよ。月牙さんが使っている生体機巧──義眼の調整を担当している技師です」


 伝話の雑音に遮られていないその声は、低く心地よい、流暢な朔弥語を紡いでおりました。彼女は、礼を返そうとしたワタシの前に、何も持たない右手を差し出しピタリと静止します。


「え、エエト……?」


「杏華。帝国人は、挨拶の時に握手をするのですよ。このように」


 月牙様の仕草を見て、見よう見まねで手を差し出せば、学者様は笑顔でワタシの手を取りました。


「よろしくね」


 彼女の垂れ目がちな目は、輝く夕暮れのような黄金色。そこに、冬の初雪のような白銀の粒を散りばめた、不思議な色合いでございました。

 薄い唇は穏やかに緩められていましたが、口を裂くように刻まれた傷跡が、無愛想な印象を加速させており……結論から言えば、上品かつ気さくな物腰も感じるものの、それを上回る威圧感を有する女人でございました。あと胸が大きくていらっしゃいました。


「機巧の受け渡しや義眼の整備は、落ち着いてからにするわ。この建物ごと借りてるから、二階の部屋に荷物を置いてきてちょうだい。私は食堂にいるわね」


「分かりました」


クッキィ(・・・・)出すけど、飲み物は?」


「紅茶でお願いします。杏華にも同じものを。時雨は?」


「私も紅茶」


「了解。準備しとくわ」


 金髪の尾を翻し、学者様は一階の奥に姿を消しました。傾斜のゆるい階段を登り、いくつかある部屋のひとつに荷物を置くと、ワタシは時雨ちゃんにこっそり耳打ちしました。


「あの。月牙様と学者様、仲が悪いのでございますか?」


「んーん。互いの仕事は信頼してると思う。手紙もよくやり取りしてるし」


「はぁ」


「ただ、互いに『一回死ぬギリギリまでぶん殴ってやりたいな』って思ってるだけだと思う」


「それは険悪と言うのではございませんか⁈ 」


 ワタシの突っ込みに、時雨ちゃんは肩を竦めました。


「初めて会った時にね。意見が合わなくて、本気で戦った結果が、痛み分けだったの。ふたりとも、それが相当悔しかったみたい」


 ゆえに煽り合ってはいるものの、関係自体は良好なので心配無用。時雨ちゃんの軽い解説を聞く間、別室から合流した月牙様はしかめっ面でございました。


(月牙様本人からは、お話を聞けそうにございませんね)


 月牙様はなぜ、帝国の方と親交が深いのか。どのような経緯で、機巧の義眼を使うようになったのか。もちろん気になっていたのですが、月牙様がそういった話題を好まない事も理解しておりました。

 ゆえに、後で学者様から話を聞くべきだと判断し。ワタシは食堂へと歩を進めたのです。

 

◇ステーション(調査拠点)

 大学等の学術調査で遠方に赴く時は、『ステーション』と呼ばれる宿泊施設や借家を用意する事が多い。調査に用いる器具が膨大かつ不衛生な場合も多く、またホテル等への宿泊費が負担になる為である。海外滞在中は黒ビニールに水を溜めて外に放置、温めたぬるま湯をシャワーにしたりする。らしい。

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