ネムノ山路にて 03
描写をあえてリアルめに寄せてます。この描写苦手だー、と思ったら遠慮なく飛ばして下さいまし。
「まず、頭と翼以外の羽根をむしってください。山茶鳥は皮もおいしいので、肉側に残します」
火を熾しながら、月牙様はワタシに鳥を差し出しました。ぐだりと折れ曲がった頭をなるべく見ないようにしながら、ワタシは鳥の羽を掴みます。
「意外と抜けやすい……ですが、産毛は取れないでございますね」
「大体で良いですよ」
羽が散らぬようにと渡されたずた袋に鳥の頭を突っ込み、羽根を掴んでむしり続ける。手に付いた血や、鼻がむずがゆくなる感覚にやや顔をしかめつつ、胴体の羽をひと通りむしり終えると。
「翼の先は、関節から外します。羽を広げた時に、自由に曲がる部分があるでしょう。ここが関節です」
ミシミシ、パキパキ、と。月牙様が手折った翼の先から、桃色の肉と骨がのぞきました。
「慣れたら捩じ切ることもできますが、今回は小刀を使いなさい。関節の間に差し入れるだけで、簡単に外す事ができますよ」
「は、はい」
「手で取りきれない羽毛は、火であぶって処理します。それが終われば、外側の処理はおおよそ終わりです。頭を落とし、内側の解体に入りますよ」
月牙様に手本を見せて貰いつつ、皮に沿って小刀を動かし。関節を外すのと同じ要領で、頭と首の隙間に刃を差し入れ──差し入れたのですが。
「どこでございますか、関節……?」
ただただ、手の内で生首が動くだけで、切り離す事ができません。刃を当てても、中途半端に肉が裂けるだけ。顔をしかめていると、横から月牙様が小刀を取り上げました。
「翼と違って、繋がる血管や筋が多いので、多少は掘り進める必要があります。すぐは刃が通らないので、動かしながら探り当てなさい」
首を動かす筋肉、筋、様々な管状の器官。それらの層を掘り進めて行くと、やがて骨に突き当たりました。頭の骨を動かすと確かに、骨同士の接続部分が動くのが見えました。
「そこ。隙間に小刀を入れて、開きなさい」
青年の指示に頷きを返し、小刀を動かします。ワタシが不慣れだったせいでしょう。切断面は不規則で、筋や血管が飛び出し放題。下処理のおかげか、血はほとんど流れませんでしたが出ませんでしたが。その様は──
(まるで、師父が死んだ時の……)
ケモノに殺された時の、いびつな傷跡のようでございました。
「頭を落としたら、次は……。大丈夫ですか」
声をかけられて、気付きました。どうやらワタシは、自分が思う以上の汗をかいていたようです。
「ここまでにしておきますか?」
「いいえ! ワタシはただ、料理をしているだけでございますので! ただ、見慣れないもので……」
「無理だと思ったら、すぐ言いなさい」
青年に頷き、作業を再開。基本的には、関節を探り当てて外す。内臓を傷付けず、食べる部位に中身が触れぬように取り外す。その繰り返しでございました。
「ここが心ノ臓、こちらが肺です。臓器の位置を覚えておくように。それから、肉の色や形状等の特徴は、そのケモノの身体能力を示します。山茶鳥は脚力が強い地の鳥なので、足が肉厚なのが特徴ですね」
胸側と腹側で身体を切り分け、ぱかりと開けた先には、腸を除く、多くの内臓が詰まっておりました。
「体の内側──体腔は、内臓を守る大切な場所。肋骨に守られているので、横薙ぎの斬撃は、基本的に内側まで届きません。攻撃の際は、この肋骨の隙間から刺突を行う必要があります。とはいえ……」
内側の内臓や肉は、薄い膜で繋がっているだけなので、構造さえ理解できれば簡単に取り外す事ができる。言いながら、月牙様は指先で臓器に繋がる薄膜を切ってみせました。
「肉と肉の間、臓器の間……構造の境目を見つけて、刃を当てなさい。力を入れて切る必要はありませんよ」
頷き、身体の中に差し入れた瞬間。生暖かい熱が指先から伝わりました。
「まだ、温いでございますね」
「仕留めたばかりですから」
「……」
熱として伝わる、生の名残り。あたりに散らばった血濡れた羽。切り離された生首の、虚ろな視線。そういったものを視界の隅に捉え、ワタシは思わず無言になりました。
──気持ちが悪いと、思ったわけではないのです。生物の形をしていたものが、姿を変えていく事への困惑や、師父や月牙様の怪我を思い出し、不快に思う感情もありました。
しかし。ワタシの胸を波立たせたのは、負の感情だけではなく。
「月牙様、月牙様。足は、どのように外せば良いでございますか? あと、こちらの臓器は一体……」
──未知を既知に変える快感。目の前のものが、『死体』から『食肉』へと変わる快感。血肉をかき分ける事に伴う、奇妙な高揚感でございました。
朔弥皇国の大半の人々は、死体を扱う事を忌避いたします。農耕民族としての暮らしが定着しており、屍肉を扱うのは賎民たる鬼奴の者と定められている。穢れを嫌う信仰と文化が、人々にそうさせるのでございます。
しかしワタシは、鬼奴の娘。生来穢れを纏うものであるという認識があり。また気質としても、血肉を忌避する方では無かったようなのでございます。
最初はおっかなびっくり。後半は意気揚々と。ぼんやりと頭の奥に熱を帯びたような状態で、血肉をかき分けていた──その時でございました。
『ンキュッ』
白鼻丸が、ワタシの腕を跳ね除けて顔を覗かせました。
「だ、ダメでございますよ。刃が当たったら危ないでございます」
白鼻丸に刃物が当たらぬよう、大慌てで腕を持ち上げます。おこぼれは無いのかと、膝によじ登ってきたケモノの子……その身体が、かつて処分した彼の母個体の体格に近づいた事に、気付いた瞬間。
「っ……」
ワタシを包んでいた、奇妙な興奮の膜がパチンと弾けたような気がいたしました。
「白鼻丸、危ないので離れなさい」
首根をひょいと掴まれた、ケモノの身体が宙に浮きます。膝に触れていた生のぬくもりが消え。後には、血に濡れた己の手の生暖かさが、残滓として残るのみでございました。
「どうかしましたか、杏華」
「いえ。白鼻丸も大きくなったなァと思いまして」
ワタシの言葉に、月牙様は眉を眉をひそめました。
「確かに、時雨の服に隠れるのが厳しい大きさになってきましたね。籠か何かに入れるか、それとも……白鼻丸、やめなさい。僕の髪を齧って、短髪に変えようとするのはおやめなさい!」
川の水を跳ね上げながらじゃれ合う男児両名に苦笑し、作業再開へ。要所の指導は受けつつの作業だったのですが、ワタシの技量が至らず。
全ての肉を骨から外し、いわゆる『食肉』の状態にする事ができた頃には、既に昼を回っていたのでございました。
◇食肉解体と検体解剖
食肉を目的とする食肉解体と、大量の検体から検査に使う内臓等を素早く取り出し続ける検体解剖では、使う道具や技術が微妙に異なっていたりする。
たとえば筆者は、食肉解体を目的に鳥を捌けば一時間以上を要してしまうが、特定の臓器のみを取り出す検体解剖なら五分以内で処理を完了できる。




