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河港の街 後編03

「いや何故僕が女装で接待なんかする必要があるのですかたった一晩で脳みそ茹でたのですか川で冷やして来いたわけ者。というか、普通にバレるでしょう体格で」


 月牙様の感想はごもっとも。月牙様がいくら整った容姿をしていたとしても、彼は明らかに男性だと判別のつく身長と骨格、声の持ち主でございました。ただ、それは。


「いや。相手、帝国人だから大丈夫だよ。帝国人(オレら)から見れば、お前ら相当小柄だし。童顔だから、着込んだら男とはバレねえって。顔の傷だって、化粧で多少は誤魔化せるだろ?」


 ──あくまで、朔弥人(われわれ)目線の話だったようでございます。商店員(エバさん)の発言にむっと眉根を寄せた月牙様は、半歩回転。


「断ります。不穏な予感しかしない」


「話だけでも聞いてくれよー。お前が一番適任なんだよー」


「嫌です。女性への仕事を野郎に頼む時点で、負け戦確定じゃないですか」


 エバさんをあしらい、話を進めようとしていたのでございますが。


「そうでもない。お前が適任な理由は、お前が帝国語を話せるのと、替え玉希望の女の子と年齢が近いからだ。んでもって、依頼主はこの街イチの高級旅館、『水琴亭』の経営者。実費抜きで、お前が買おうとしてる機巧の代金、半額は打ち消せる報酬を提示して来てる」


「……」


 ぴたり、と。金額の提示に耳を震わせ、動きを止めました。月牙様の背中を眺め、エバさんはにやりと唇をつり上げます。


「この街の一大行事、梅ノ市(ウメノイチ)が近いからな。良い部屋はどこも埋まってただろ? 依頼を受けてくれるなら、水琴亭の主人に俺が交渉してやらんことも無いぜ」


 金髪褐色、耳に銀の耳飾りを携えて。がしっと月牙様の肩に手を回した青年は、にやりと唇を吊り上げました。


「なぁ月牙サンよ。仕事欲しいんだろ? ちょーっと可愛い服でお仕事するだけで、高額報酬が手に入るんだぜ? この機を逃がすのは悪手なんじゃねえの?」


「うっ……」


「話聞くだけでも良いから。なっ? 先っちょだけ、先っちょだけ」


「言い方何とかならないんですか」


 青年たちの会話を、一歩離れた位置から確認しつつ。時雨ちゃんは、淡々とワタシを見上げました。


「杏華、どう思う」


「話がうますぎるでございますね」


 ついでに、『金欠につけ込まれた世間知らずが、イケない勧誘を受けている』といった様子にしか見えず絵面も最悪。嫌な予感しかしないなぁ、とは思ったのでございますが。


「分かった。分かりました。まずは経緯を説明して下さい」


 月牙様が諦めたように腰を下ろしたので、ワタシと時雨ちゃんも顔を見合わせ、月牙様の隣に掛ける事といたしました。

 満面の笑みで説明を始めた、エバさん曰く。水琴亭は、異国人も受け入れる高級宿。外交官や大物商人など、名だたる面々が宿泊するため、外交の場としての機能も有しているのだそうでございます。

 そして、宿の娘は美人と噂の十七歳。見合い話も決まり、サァ見合いの準備だと家が活気づいていた所で、事件発生。帝国人の太客商人(ふときゃくしょうにん)を接待する場に、普段顔を見せない商人の息子が顔を出したがったのだとか。


「やたらしつこく、宿の娘さんを同席させろと言って来るらしいんだよ。で、親を介さず直接話を突っ込んできてるみたいなんだけど、無碍(むげ)にもしにくいらしくてさ。相手が女遊びの激しいボンクラらしいから、万が一があると困るっつーか。心配みたいでさ。幸い、向こうに娘さんの顔は割れてないみたいだから……」


「その娘さんと、同程度の帝国語を解せる替え玉で、その場一回だけを乗り切ろうと言うわけでございますか?」


「そーいうコト」


 ワタシの言葉にぱちんと指を鳴らし、エバさんは続けました。


「月牙、お前なら多少ボロが出かかっても、何とかできるだろ。もちろん、水琴亭の主人にお前を会わせてからになるけど、昨日のうちにお前の事は話してあっから」


「僕の承諾(しょうだく)取る前に、話し通すのやめなさいよ。というか声……」


「裏声で頑張れよ。仕事欲しいんだろ? なぁー」


「……」


 手を擦り合わせる商店員に纏わりつかれ、月牙様は視線を右往左往。羞恥心、自尊心その他の感情と戦い、悩み抜いた末でしょう。青年はやがて、ワタシを振り返りました。


「杏華、君ならどのように受けますか」


「ワタシでございますか⁈ 」


 ええ、と身を引きかけたのですが、視線を一手に集めては致し方なし。少し考えてから、ワタシは回答を紡ぎました。


「そもそもの前提条件というか、難易度が不明瞭でございますね。成果を約束できない状況ですし、『失敗したとしても、報酬は何割か出す』という契約になさってはいかがでしょうか。購入品の経費は別途請求で」


「……。なるほど」


 月牙様は頷き、肩に絡んでいたエバさんを引きはがしました。


「エヴァディ。依頼主に会う算段を付けて下さい。向こうが僕を見て乗る気にならなければ、それまでの話でしょうから。それから、その子……杏華の竜沁を測定する準備も整えて下さい。機巧製作用の基本記録を、技術者に送らねばなりません」


 エバさんは目を瞬かせ。ワタシと月牙様を交互に見つめた後、口端をつり上げました。


「りょーかい。じゃ、水琴亭の旦那に伝話(でんわ)掛けてくるから、ちょっと待っててな〜」


 ひらひらと手を振り、上機嫌で店の奥に消えていくエバさん。その後ろ姿を見送ると、月牙様はどかっと板の間に腰掛けまして。


「杏華、三日で帝国語を完璧に覚えて下さい。身代わりの身代わりなんて、ここでしかできない体験かもしれませんよ」


 ワタシに無茶振りかましてきやがりました。


「さすがに無理でございます。先日、月牙様が帝国語でお話されていた時も、ほとんど聞き取れなかった体たらくでございますから」


「そういえば君、盗聴していましたね」


「あぁ……ハイ」


 気まずさのあまり、ワタシは指を遊ばせつつ目を逸らしてしまったのですが。月牙様は、気にせず思案する様子を見せると、ポンと己のまぶたに指を当て。


「生体機巧、明鏡(みょうきょう)。竜沁探知機能を一時停止。擬似神経及び竜沁回路を切断。識別番号:零二(ゼロニ)


 何事かを唱えた、次の瞬間。月牙様の目からキリキリ、カシャン、と絡繰の動く音が響きました。

 それは、義眼の機能を止める言葉だったのでしょう。月牙様の右目は、視線に合わせて動くことがなくなりました。頬に走る傷と共に置き去りにされた瞳に、指を添え。青年は言葉を続けました。


「君に、帝国式機巧の事を……そして、この義眼の事を、しっかり話した事はありませんでしたね。エヴァが戻ってくるまでの間に、これから購入しようとしている『術式機巧』の基本を説明します」

◇ICT技術

 Information and Communication Technology(情報通信技術)。鳥獣対策にもさまざまな機械が導入されており、特に通信技術を駆使したものは発展が進んでいるが、使う側の人間が使いこなさないとただ導入コストだけが増えていく。

 動物が来ると動画が送られてくる、というシステムの確認をしたところ、ウン百本の動画の八、九割がタヌキでキレた筆者より。

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