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河港の街 前編04

 その店に並んでいるのは、様々な異国の商品でございました。

 日用品から工芸品、刃物、絡繰まで。天井まで並んだ棚にぎっしり詰め込まれているのでしょうが、どうやら地下も奥部屋もある様子。見慣れぬ品の数々に圧倒されていると、会計機(レジスター)の陰から一人の人物が現れました。


『あいよ、お待ちしておりましたよっと』


 朔弥語で親しげに応えたのは、月牙様と同年代の青年です。髪はくすんだ金色で、肌は滑らかな褐色。複数民族の血を引いていると、ひと目でわかる容姿でございました。


『久しぶりですね、エヴァ』


『予定よりだいぶ到着が遅れたな。無事で何より』


伝報(でんぽう)がない町で、足止めを食らってしまったんです』


 異国人の店員──エバ(・・)さんは、月牙様を店の奥の客間に通しました。一瞬、白鼻丸は通気口を戻ってしまったのですが。再び視界が開け、家守精霊(やもりせいれい)を祀る霊棚と思しき位置で、映像が安定いたしました。このケモノ、しっかりとワタシや時雨ちゃんの言葉を解し、月牙様を追って部屋に入ったようです。


「まさか、白鼻丸がここまで賢いとは思わなかったでございます」


 ワタシの呟きに、時雨ちゃんは肩をすくめました。


「竜沁を扱えるケモノは、頭が良い子が多い。白鼻丸は、赤ちゃんの時から時雨達と一緒にいるから、その影響もきっとある」


 霊棚に来てからは微動だにせず、安定した映像を観測し続ける白鼻丸に驚く間にも、月牙様達の会話は進んでいきます。


『いつまで経っても連絡が来ないって、デューラーが心配してうちに伝話(でんわ)寄越してたぞ。うちの伝話機巧(でんわき)使って良いから、連絡してやれよ。これ、デューラーから預かってた荷物な。お代は本人に会った時で良いって』


 エバさんは、厳重に包装された木箱を月牙様に手渡しました。わずかに箱を開けて中身を確認すると、月牙様は続けます。


『ありがとうございます。今、彼女(・・)は国内に?』


『おう。国境のアマクスにいるってよ。これ、異国人宿(ホテル)の伝話番号。今週中は滞在してるから、ここに連絡くれってさ』


『準備良いですね……ありがとうございます』


 言葉とは裏腹に。月牙の声音は、やや引きつっておられました。エバさんも月牙様の声に滲む感情に気付いたのでしょうか。肩をぽん、と叩くと踵を返しました。


『俺、席外すから。伝話終わったら声かけろよ』

 

 エバさんが部屋を出ると、客間は沈黙に包まれました。畳の上に絨毯を敷き、背の高い机を置いた変わった装いの部屋。その壁に取り付けられた伝話機巧に手を伸ばしては下ろし。やがて青年は、決心したように受話器を取りました。


『五〇六号室のイリス・デューラーに繋いで下さい。はい、はい……』


 異国人の名を指名し、しばらく沈黙。やがて、伝話口に相手が来たのでしょう。受話器からぴゃっと一瞬だけ耳を離し、青年はすぐに話し始めました。


『オオゴエ──。ハイ、──、──。ニモツハ──』


 しかし、言語はまさかの異国語。触りを少し習い始たばかりのワタシには、ほとんど聞き取る事ができませんでした。

 しかし、青年が紡ぐ言葉や表情は流れるようで、相手との意思疎通には支障がないようです。

 最初は澄ました表情。その後は穏やかな笑み、苦笑や焦りを浮かべたり。気の知れた相手なのでしょう、ころころと表情が変化しておりました。しかし、どこか緊張しているような様子はずっと見受けられまして。


『ハイ、デハ──また後日に』


 最後、締めの挨拶を朔弥語で終えた後は、安堵と疲労の表情で額を押さえてしまわれました。


『エヴァ。終わりましたよ、エヴァ』


『あいあい。で、何事もなく?』


『以前、言いつけを破って義眼を壊しかけたので、出張点検をお願いしたんですが。怒られました』


『当たり前なんだよなぁ』


 エバさんと肩をすくめ合う様は、非常に気さく。ワタシに接する時よりも年頃らしい態度で、青年は続けました。


『それと、新品の武装機巧(ぶそうきこう)の作成を頼んだのですが、君に計測器を借りて、竜沁の測定記録を予め送るようにと指示されました。後で準備をお願いしても良いでしょうか』


『後でと言わず、今測っちまっても良いけど』


『いえ。作りたいのは僕ではなく、同行者……弟子……? に、与える道具なのです』


『そこ疑問系なの?』


『いや僕にも分類が分からないので。いろいろあって、着いてきちゃったんですよ』


『ふーん。男の子? 女の子? 』


女子(おなご)です。旅装も貧相なので買い揃えてやりたいのですが、武装の買い替えをすると、手持ちだけでは心許(こころもと)ない』


 と言うわけで、と。青年はエバさんに向き合うと、気まずそうに後頭部に手をやりながら続けました。


『君のところの仕事で、僕にできるものはありませんか? 以前は、本の翻訳を依頼して来たでしょう』


 月牙様が、こういった事を頼むのは珍しかったのでしょうか。エバさんは目を瞬かせました。


『そりゃ、頼めるならやって貰いたいこたぁあるけど……旅装代くらい、事情話して支給して貰えば良いのに』


『同行を許したのも、面倒を見るという判断も、僕個人の事情ですから。それに……』


『それに? 』


()には、あまり借りを作りたくないのです』


 沈黙。青年二人が黙り込むと、時計の音がカチカチと大きく響くようになりました。ワタシ達の目となっていた白鼻丸は、二人の様子を、身じろぎせずに見下ろしていたのでございますが。


『──エヴァ。君、いまこの部屋で機巧を動かしていますか?』


 ふいに。月牙様が動きをこわばらせ、周囲を見まわし始めました。絡繰を回す竜沁の気配を、悟ったようでございます。


『いや、動かしてねぇけど……』


 エバさんが言う間に、月牙様はぱっと霊棚を見上げ。白鼻丸を見つけると、すっと目を細めました。


『白鼻丸。何してるんですか』


『……』


 白鼻丸、答えるわけもなし。無言で見下ろすだけの白鼻丸に痺れを切らしたのか、月牙様はほら、と両手を差し出しました。


『降りて来なさい。お前を怒りはしません』


『……』


『素直に降りて来たら、今日はおやつ増量してやっても良いですけど。来る気がないなら仕方ない。お前のおやつは僕が食べ──いたたた噛むな! 髪を引っ張るな!』


 どってん、ばたん。青年の腕──否、頭上に飛び降りた白鼻丸と、髪を噛まれ引っ張られた月牙様の抗争が数秒続いた後。月牙様は、鏡に顔を映しながら嘆息しました。


『時雨、杏華。小鏡の映像が届く範囲にいるのでしょう。隠れていないで、店に入って来なさい』


 ワタシと時雨ちゃんは、顔を見合わせ。


『今出て来ないと、杏華は一週間の課題を増量。時雨はおやつ減量にします』


 月牙様の脅しに屈し、諦めて店の表に回ったのでございます。

 

◇外国語のやりとり

 英文メールの作法がわからず辞書引きながら書いてたけど、先方が『Dear Thera-san, Arigato anatano mail』と返して来て以降、細かい事を気にするのはやめた。筆者は未だに翻訳ソフトとお友達。

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