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風を鳴らすモノ 前編04

 

 まじない歌は、ただ歌うだけでは成り立ちません。

 この世界を構成する最小単位にして、祈りによって世界に干渉する力、竜沁(りゅうしん)。我らの身に宿るそれを歌に乗せる事で、形為(かたちな)した祈りを人々に届ける。これがまじない歌の原理でございます。

 まじない歌が歌えるかどうかは、竜沁を扱う才能の有無で決まります。使える者とそうでない者がおり、幸いな事に、ワタシは才に恵まれていたのです。


 目を閉じ、呼吸を整えれば、火打石の放つ火花のように微かな──しかし確かな温もりが、ぱちぱちと湧き上がります。


(竜沁は、血と共に我らの身体を巡るもの。願いを宿す、生命の欠片)


 さぁ、胸の奥から心臓へ。心臓から血管へ。血を伝って、身体を満たすように。己の身体が熱を帯び、膨れ上がったその瞬間。ワタシは、声を発しました。


 歌と共に弾ける、夕陽色の光。それらは線香花火のように舞い落ちて、人々に等しく降り注ぎます。着慣れた衣、震える喉の感覚、月光と祈り花が織りなす、美しい光の(あや)

 あぁ、やはりこれこそが自分の本領。窮屈な作務衣と頭巾からの解放感も相まって、ワタシはまじない歌に意識を傾けていたのですが。


「──っ!」


 リィンと涼やかな鈴の音が響き、巫師様(ふしさま)が身を翻した。そう思った次の瞬間、ワタシの視界を投げ刃が掠めていきました。


「えっ」


 思わず歌を止めた直後。室内にも関わらず、背後に空気が吸われ、強風が吹き抜けました。思わず振り返れば、そこには投げ刃が突き立てられた押し入れの戸がひとつ。

 中から響いたのは『ギャッ!』というくぐもった悲鳴、そして何かがドサリと落ちる音です。


「反応したのは、一体だけですか」


 冷静に呟く青年の身体は、初夏に咲く花々のような、薄紫色の光を纏っておりました。そして、風が収束した先には、青年と同じ色に輝く光の壁がございます。竜沁によって形成されたであろう結界が、投げ刃に取り付けられた布を起点に発生していたのです。


「皆さん、動かないでいて下さいね」


 青年は淡々と周囲に言い含め、鞘に入ったままの刀を腰から外しました。商隊の面々が肩を縮める中、青年は構わず幼子に話しかけます。


「時雨。押し入れを開けていただけますか」


「うん」


 淡々と会話しながら、巫師様達は押し入れに近付きました。青年が光の壁の内側に入るのを待って、幼子が引き戸を静かに開けた──その瞬間の事です。


『──ッ!』


 金属を擦り合わせたような音を響かせながら、何かが、青年に飛びかかりました。しかしその正体が完全に分かるよりも先に、青年が素早く鞘を突き出します。


『ギッ……』


 どさり、と。畳の上に転がったのは、茶色の毛並みを持つ動物。いいえ、怪物(けもの)でございました。

 鋭い爪、刃物のように大きく湾曲した尾。そして何より、人に害を為す怪物の特徴とされる、血色の瞳。理性なく人を喰らうと噂される怪物の登場に、大きさなぞ関係ありません。

 その場にいた人々が恐れ慄き、動く事ができない中、青年は素早く怪物に覆い被さりました。巫師衣装の白い外套が翻り、怪物の姿を隠す一瞬の間。素早く振り下ろされた刀の鞘が怪物の首にかかるのが見え、小さな悲鳴と同時に、不快な金属音が絶えました。

 

「……。風生獣(カマイタチ)ですね」


 青年は、動かなくなった怪物を刀の鞘で転がしました。怪物の姿勢が(いびつ)なのは、首の骨が折れている為です。


「彼らが発生させる風の刃には、硬度の高いものでも傷付ける強度があります。屋根裏に住み着くうちに、まじない歌を聞く事を覚えてしまったのでしょう……まじない歌をケモノも好むという事は、まじないの効果が確かだという事。見かけ倒しで無い、良い歌い手の証ですよ」


 ワタシに集まっていた視線を否定する青年の言葉に、周囲が気まずそうに顔を逸らしました。それでも、自分の歌で怪物が反応していたなどとと言われては、冷静ではいられません。


「で、でも。今までこんな事は一度も無かったでございます」


「この辺りにケモノが来た事自体、最近の事なのでしょう。でも、今後は対策が必要でしょうから、君は格の高い旅守り──ケモノ避け(・・・・・)を身に付けるようにしなさい。まじない歌も、範囲を絞る練習をした方が良さそうですね」


「範囲を、絞る……?」


 歌の音量を変えろという事なのでしょうか。理解が追いつかず、首を傾げるワタシに、青年は「その辺は、まぁ、後日にでも」と気まずげに肩をすくめました。


「まずは、原因であるケモノの対策を済ませましょう。杏華、君にも手伝って頂きたいので、汚しても良い衣を準備しておいて下さい」


 青年の言葉に、女将は首を傾げました。


「しかし巫師様。杏華を使わずとも、怪物なら今倒したじゃありませんか」


 討伐なら済んだ。なのにまだやる事があるのか、と眉を(ひそ)める面々に、青年は怪物の腹部を示しました。


「この個体は、子育て中の(めす)です。独り立ちが近い幼獣が、近くに留まっていると思います」


 怪物の濡れた毛並みをよくよく見れば、腹を汚しているのは白い液体でした。それが母乳だと気付いた我々の目の前で、青年は怪物の死体を拾い上げました。


「目に見えるモノを討伐するだけでは、怪物の害は防ぎ切れないのです。少し予定がずれましたが、明日は幼獣の対応を行いますね。成獣のような力は持たないので、夜に襲われる様な事はないでしょう」


 安心していただいて結構ですよ。そんな青年の微笑に、言葉に、人々は困惑と不安を露わにしながらも、それぞれの部屋に帰って行きました。

 加護を祈る聖句を、廊下にぶつぶつと響かせながら夜を過ごしていた人々とは反対に、現状から抜け出す希望を見つけたワタシの目は、星の様に輝いていた事と思います。


「きっと、これは好機(こうき)です。師父が下さった、外に再び旅立つ為の好機でございます」


 この日の夜。ワタシは、何食わぬ顔で雑巾同然の作務衣(さむえ)を用意する──ふりをしながら、密かに荷造りを始めました。

 この時のワタシは、慣れ親しんだこの土地を飛び出したくてたまらなかった。きっかけとして、理由として、あの人が良さそうな青年を利用(・・)しようとしたのです。ですがまぁ、ワタシの打算の話は後ほどにいたしましょう。ややこしい事情が含まれていたのです。


 という訳で、日が変わりまして翌日。巫師礼装(ふしれいそう)を脱ぎ、簡素な服装で現れた青年が始めたのは、正月のような大掃除。そこでワタシは、()との出逢いも果たしたのでございます。


 

♢里山四獣

 タヌキ、アナグマ、ハクビシン、アライグマ。被害の内容は近いが、ハクビシンやアライグマは特に家屋侵入や衛生面の被害、爪痕や糞尿による文化財の破損などより大きな被害をもたらす可能性がある。獣種に応じて対策方法が微妙に異なるが、ぶっちゃけ外見はよく似てる。

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