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彷徨うモノ 中編08

 食事を終えて、時刻は昼過ぎ。再び我々三人だけが残された台所で、ワタシは食器を洗っておりました。

 時雨ちゃんは、隣の食堂で白鼻丸にエサやり中。月牙様は土間に腰掛け、頬杖を突いた状態で口を開きました。


「さて、杏華」


「何でございましょう、月牙様」


「僕達、今日一日でいろいろと見聞きしてきた訳ですが。自分が得た情報の扱い方、把握できていますか?」


 水道を止め、食器を流しに置き。排水溝に吸い込まれる水を眺めつつ、ワタシは嘆息しました。


「困ったことに、だいぶ混乱してるでございますね」


「ですよね。間にたくあん事変とか挟まりましたし」


 肩をすくめ、月牙様は食堂に移動しました。手を拭きつつ後を追うと、青年は食堂の机に記帳を広げ、筆を出そうとしておりました。


「知識や情報は、持っているだけでは意味がありません。それらを扱うための理論も同じ。理想論のままでは、実用性を持ちません」


 知識のままで使えないのなら、知恵を絞って実用的な形に組み替える。一度にできる事に限界があるのなら、長期の対策を見据えて計画を立てる。

 淡々と語る青年が描いたのは、大きな三円を基本とする図案でございました。


「これまでに得た情報からタタリモッケの発生経緯、対策が必要な項目……為すべき事を、全て洗い出しましょう。大事なのは事前の情報、そして基本三項に沿った対策手順ですよ」


 紙に情報を洗い出し、優先順位を定め、実用的な対策を捻り出す。後に怪物三項図(けものさんこうず)と呼ばれるこの図案をワタシが用いたのは、リンドウの町が初めてでございました。


「まず、これまでの出来事を時系列でおさらいしましょうか。最初に、道中でクビカジリに襲われて」


「宿に着いた後、土砂崩れが起きたでございます。さらに、タタリモッケの襲撃を受けて月牙様がお怪我をされました」


 クビカジリによる旅人の襲撃、土砂崩れ、月牙様のお怪我に、タタリモッケの襲撃……と。この時点で情報過多でございますが、引き続き。


「町人達による道の復旧を待つ間、周辺の情報収集を行いました。宿付近、斎ノ社(いつきのやしろ)、埋葬地を巡り、タタリモッケの発生原因を掴んで戻った所で」


「たくあん事変の発生でございます。町人の皆さま、大将とお話しして、タタリモッケに対応する為の取引をいたしました」


「経緯はこんなものですね。問題は怪物以外にもありますが、僕たちが直接対応できて、かつ最大の問題なのがタタリモッケだ、という前提でここまで動いています。では次に、タタリモッケの情報をまとめていきましょう」


 月牙様はさらさらと日付を加え、ついでに妙に特徴を捉えた怪鳥の絵を落書きしました。


「では、対象となるタタリモッケの生態を教えて下さい」


「タタリモッケは、玲瓏鳥の変化した姿。屍肉から死者の記憶を得て、生者に執着する怪物でございます」


 人面の鳥が爪を大きく広げ、大きな翼で闇夜から舞い降りる。おどけた絵の横に流暢な筆文字が綴られていきます。


「主な被害として想定されるものは?」


「まずは特定の人間に対する執着、果てに襲撃。初めは慎重な態度を示しますが、その攻撃性は徐々に上がるとか」


 今は女人のみに執着していても、時間経過で怪物としての食性を身に付ければ、誰彼構わず襲うようになる恐れはある。宿が襲われない根拠はなく、また逃げ場のない山道で襲われる可能性もある。現状を提示すると、月牙様は小さく頷きました。


「怪物対策、基本三項を覚えていますか?」


「え、ええと。まずは怪物の襲撃を受けず、安全に対策を考えられる場を整えるでございます。防御ノ……」


「防護ノ陣。惜しいですが合っています。次は?」


「寄セ物除去。怪物を引き寄せている原因、今後も生み出す要因があれば、それを排除するでございます」


「ケモノが好む食物や、住み着く場所への対応がこの項に含まれますね。もう一つ」


「そして狩獲管理。現時点で討伐が必要な怪物への対応や、ケモノ全体の監視を行うでございます」


「端的にまとめるなら?」


「入れない、寄せない、捕獲する。でございます」


「ばっちりです」


 淡々と言葉を落とし、月牙様は筆を紙の下半分へと移しました。


「では、怪物の基本三項に沿って、廃鉱町における現状を推測して下さい」


「防護ノ陣は、保たれていますが不安定。社の結界は機能しておらず、月牙様が設置した護符のみが頼りでございます。この均衡が崩れた時は、第一の項が欠けた状態になるでございます」


「防護ノ陣が弱いのは不安要素ですね。しかし、襲来場所が確定しているのは好機でもあります。事前に備え、迎え撃つ事ができます」


 これまでに邂逅した怪物たちに対して、月牙様は炙り出し、罠などを用いてきました。月牙様には「安全な対策方法」とやらを人々に見せる意図があったようですが、あのタタリモッケに同じ手は使えるのかどうか。

 悩む間にも、月牙様の手は情報を紡ぎ続けます。


「では、討伐をできたとしましょう。その先に見据えるべき問題は何だと思いますか? 町人達に禍根を残さず。第二、第三のタタリモッケをこの地に生み落とさない為に、必要な対応要素です」


「まず……玲瓏鳥(タタリモッケ)の本来のエサは岩跳鹿。そして人の死体。それは間違いございませんね」


「ええ」


「となれば、埋葬地に岩跳鹿が溜まっている状況は好ましくありません。岩跳鹿が集まるのは風鳥葬の影響で……いや、そもそも、彼らが何らかの病気だという話もございましたね。となれば、大元の対策は、ええと」


「具体的な対応を考える前に、事実のみを洗い出しなさい」


 思考を遮るように、鼻先に筆が突き付けられました。


「全て洗い出せば、自ずと優先順位も定まります。風鳥葬の死体と、怪物化の進行した岩跳鹿。その両方が、タタリモッケに対する寄セ物になっていました。次は?」


土壌(つち)の悪さ。埋葬地の鎮魂樹が枯れていたり、土砂崩れが起きていたり。採掘の影響かもというお話でしたが」


「こればかりは、土や水を本格的に調べないと分かりません。調べるにも道具が必要でしょうし、土を他所から運ぶ等の対応も要求されるかもしれませんね」


 さらさらと文字が綴られていく様を、火の爆ぜる音が彩ります。


「風鳥葬は、すぐ止めていただけるものなのでしょうか」


 風鳥葬は、皇国では推奨されていなかった行為です。主張に正当性はあるとはいえ、死者の弔い方に口を出すのは勇気を要する行為でございました。


「──こちらで一時的な対応はできても、町人の皆さんが自主的に埋葬方法を改めて行かなければ、根本の解決にはなりません」


 長期的な話は、この地域を管轄する大社の領分になる。本格的な調査が必要な部分にも踏み込めない。月牙様は机上で紙を滑らせ、ワタシに寄越しました。


「さぁ。要素はおおよそ揃いましたね。これまでに出た要素の中には、僕たちがすぐに着手できる作業と、僕たちでは解決できない問題が入り混じっています。両者を明確に分けていきましょう」


 窓の外。灰色に曇り出した空から、また雨が降り始めておりました。また土砂が崩れては大変ですから、町人たちも早めに戻って来る事でしょう。


「あの、月牙様」


「どうしました」


「考える事、多いでございますね」


 紙に躍る文字の量に、思わず口がへの字に歪みました。頭から湯気を出しかけるワタシに、月牙様は筆を差し出してきました。


「今回は特に、難しい要素が多いと思います。全ての要素を踏まえた上で、我々の限界を……力が及ぶ範囲を見極めなさい」


「月牙様でも、やれない事はあるのでございますね」


 ワタシの感想に、青年は嘆息しました。


「当たり前でしょう。僕は通りすがりの巫師でしか無いのですから」


「事実なのに、この釈然としない感じはどこから? 」


「情報を整理しきれていない、君の脳みそからです。さぁ、()く対案をまとめなさい」


 ──その時のワタシは、あくまで試されているのだろうと、その言葉に意識を向けませんでした。しかし、今思えば、月牙様は自信をお持ちではなかったのです。


 すべきことは知っている、一人で行える事は分かる。ですが、知識や技術を他者と共有し、どのように用いるべきかについては模索の最中であり。また、己の考えを裏付けする他者の意見も、密かに欲していたのです。


 月牙様がこの時、ワタシの前で本音を出すことはありませんでしたし、ワタシもまた、月牙様の真意に気付くには時間が必要でした。


 ただこの時は、月牙様に鼻で笑われてたまるものかと頭を悩ませ。議論を重ね。今後の具体的な対案を叩き出したのです。


【怪物三項図】

 杏華が洗い出した情報を、月牙が基本三項に沿って図解したもの。情報や対策の選択肢が多く複雑な際、優先順位を付けるために使用される技法のアレンジ。筆者のセンスが追い付かず、ごちゃついている。(なろう版では挿絵未投稿)

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