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彷徨うモノ 中編07

 

「大将。奥方を呼んでいただけませんか?」


 町人達が作業に戻り、大将が台所の戸を潜った直後。月牙様が発した言葉に、大将は肩をこわばらせました。


「あいつは、人前に出せる状態じゃあない」


「であれば、なおさら。怪祓の必要がある方とお会いするのが、巫師の役目ですから」


 青年に、引き下がる気がない事を理解したのでしょう。大将は渋々といった表情で奥に引っ込みました。床板を軋ませる足音が遠ざかるのを待ち、ワタシは月牙様を振り返ります。


「……大丈夫なのでございますか?」


 青年の身体を懸念する意図はございませんでした。異常さえなければ、月牙様が一方的に害されるような状況にはならないでしょう。

 どちらかといえば、精神的な要因でございますね。戦闘中の人間に洋燈(ランプ)を投げつけてくるような者を、なぜ呼ぼうとしたのか。唇を尖らせるワタシに、青年は苦笑を返しました。


「いざタタリモッケと相対した時、後ろから刺されてはたまりません。極力、穏便に済ませたいのですよ」


 それを聞けばまぁ、普通は頷くではありませんか。ワタシも顔はしかめつつ、宿屋夫妻と月牙様が向き合って話す様子を見ていたのでございますが。


「まずは謝罪を。あなた方への配慮が足りず、申し訳ありませんでした」


 月牙様が、急に深々と頭を下げたものですからびっくり仰天。絶句するワタシをよそに、青年は淡々と言葉を続けました。


「風鳥葬の残る地域であれば、細かい話は不要でしょう。あの鳥はタタリモッケ。あなた方の子の亡骸を摂食し、その残留思念に沿って行動を行っています」


 タタリモッケ。死者を食らう事で姿を変じる怪物。古い言い伝えの通りに、この地の人々の風鳥葬(ねがい)の通り、あの鳥は死者の声を運んできたのです。

 しかし、あの怪物(とり)に宿る思考は、死者の反響に過ぎません。過去の記録をなぞるだけで、友愛を示す事は無い。人に害を及ぼし始めた今、確実に討伐する必要がある。

 穏やかに話しかける青年の事を、やつれ髪の奥方は静かに見つめておりました。その目が、鬼奴の血を宿すであろう桃色の瞳が爛々と輝く中で、青年は言葉を重ねます。


「この地でこれまで、タタリモッケによる問題が起きなかったのは。亡くなったという鬼奴の術師が、あなた方に害が及ばぬよう工夫し、埋葬地を管理していたからでしょう。万が一、タタリモッケが生じたとしても、あなた方が知る前に、送り還していたのだと思います」


 鬼奴の古い風習においても、死者の声を運んだ鳥は送り還す──討伐の実施までが弔いの儀となっている。


「だから。僕もこれから、あのタタリモッケに対して鬼奴の流儀……鬼術(きじゅつ)に沿った葬送を試みます。あなた方のお子さんの事を、最大限の敬意を持って送り還す。その許しを、親であるあなた方からいただけませんか」


 青年の発言に、大将は眉を顰めました。


「皇国の巫師が、鬼術を使うのか?」


「あくまで効果の模倣だけです」


 完全な再現は難しいが、最大限の敬意を払う。月牙様の言葉に、夫妻はしばらく沈黙しました。冷めかけた茶から、名残のような湯気が流れていきます。


「あの怪物が死んだら、うちの子供は水源(みなもと)に還れるんだな」


 静かな問いが、月牙様に投げかけられました。消えかける細い湯気を手で遮り、月牙様は湯呑みを口に運びます。


「今の在り方から解放されれば、始まりの風に導かれて、在るべき場所に還るでしょう。あの怪物を討伐し、弔い直す事ができれば、あなた方の子供が生者を害する事はなくなる」


 言葉を聞く間、大将の拳は強く握られておりました。沈黙。気まずい時間が流れた後、最初に動いたのは奥方です。

 

「月牙さ……っ!」


 咄嗟(とっさ)に月牙様の前に飛び出しかけたのを、片手で制されます。奥方は立てた指で左右の眉の上を示し、喉に当て、最後に胸に手を当て礼をしました。

 この奇妙な仕草は、鬼奴の民に伝わる、信頼と約束を示す儀礼でございました。それを見た月牙様は、安堵の表情を浮かべます。


「ご協力、感謝します。死者を送る者として、あなた方の祈りに、最大限の礼を尽くしましょう」

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