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彷徨うモノ 中編06

 ワタシは旅芸人。ただ言葉を受け止め、そのまま風に流す(さかい)の者。

 意見など、求められてはおりません。鬼奴子(きなご)の反抗を許す者はおりません。ワタシは、己の身の上を十分理解したつもりではいたのですが。


「どうしました、杏華」


「確認でございますけども」


 ワタシは、それでも月牙様を遮って言葉を続けました。


「月牙様は、町の皆様に配慮した報告を行うとおっしゃいました。それ即ち、外部に伝わった際に都合の悪い情報は、先に解決して伏せるという意図でございますね」


「……」


 否定も、肯定もなし。視線のみで続きを促され、ワタシは頷きました。


「月牙様、あなたは術式をお使いになる際に、己が生命から生み出す竜沁や、様々な道具をご使用になられます。情報を伏せるおつもりなら、それらの費用はどこに請求するおつもりなのでございますか」


「それは……」


「解決には、決して少なくない労力がかかると見たでございます。貴方の雇用主、つまり社を頼らず行動を起こすのであれば、損失は決して少なくないはず」


 自らも驚くほどに、(あふ)(なが)るは怒涛(どとう)語彙(ごい)

 話すうちに頬が上気し、言葉が荒くなるのを感じて、その理由を理解いたしました。



「──そもそも。病の事を報告に上げる、埋葬地の改善に動く、タタリモッケを討伐する。全て、この町の為に行う事でございます。月牙様が一方的に働く前提というのは、おかしいではありませんか。交渉になっていないでございますよ」


 

 そう。月牙様が町人に求めたのは、あくまで「こちらが自由に動く事を許して欲しい」という同意。

 今も不調に見える、月牙様のお怪我。我々が不在の中、時雨ちゃんが町人に取り囲まれ、(いわ)れのない扱いを受けかけた事。それらを受けてなお、月牙様が下手に出たという事が理解できなかった。理不尽を怒っていたのでございます。


「……何が言いたい、嬢ちゃん」


 宿の大将に、ワタシは言葉を弾き返しました。


「簡単な事でございます。皆様で、月牙様をお雇い下さい(・・・・・・)


 古い、泥に汚れた衣を纏う町人達の空気。それがピンと張り詰めるのを、皮膚で感じました。


「法外な要求をするつもりはございません。ただ、月牙様はあなた方の為に身を切ると仰っているのです。相互の働きがあっても良いと思うでございます」


「これは大人の話だ。子供が口を挟むんじゃない」


「先ほど、ワタシ達全員の事を子供だと仰ったではありませんか」


 町人に対して、自身が意見する。それは、当時のワタシの価値観ではとんでもない恐怖で、重罪でございました。それでも。


「皆様から見れば、月牙様も子供なのでありましょう? であれば、大人である皆様から配慮があっても良いのではございませんか」


 反抗したいという欲を抑えきれず。実際、ほとんどの言葉を吐き切ってしまいました。町人の顔に苛立ちが浮かび、その口が開きかけた所で。


「──杏華。良い加減になさい」


 月牙様に低い声で制され、ワタシも町人も、言葉を詰まらせました。


「連れが大変失礼いたしました。後で言って聞かせますから、どうかご容赦下さい」


 続けて。青年はワタシより前に出て、深々と頭を下げました。

 ──まとまりかけていた空気を、乱してしまった。月牙様に謝罪をさせてしまった。しかし、自身が間違った事を言ったつもりもない。

 ワタシの幼く、生意気な……しかし収まらない怒りを示す態度に最初に応えたのは、大将でした。


「まぁ、嬢ちゃんの言っているこたぁ真っ当だな。散々非礼をかましておいて、頼み事だけするってのも目覚めが悪い」


 道が復旧するまでの宿代は不要。まず宣言してから、大将は申し訳なさそうに続けました。


「悪いが、この町は見ての通り、金や物に余裕がない。他に必要なものがあれば、つど教えてくれ。可能な範囲で手配はする……すまないが、それで」


「十分です。ご配慮、痛み入ります」


 代表者同士の和解が済んだ所で、一件落着。月牙様が指定なさった道具の所在確認やら、今後についての話し合いやらで町人達が席を外した所で──


「さて杏華。毎年恒例、仕置きたくあんアタックの時間です」


 ──月牙様が時雨ちゃんからたくあんを取り上げたので、ワタシはうなだれました。


「……申し訳、ございません」


 普段のワタシであれば、「妙な恒例行事を捏造しないで下さいまし」などと返したのでしょうが、そのような心持ちには到底なれず。

 青年は、ワタシがうなだれ続けるのを見て、言葉を和らげました。


「冗談です。昼食の支度をしましょう」


 黄大根(おうだいこん)にこびり付いたぬかと泥を軽く払い、青年は淡々と洗い場に向かいました。少しすれば、包丁の規則正しい音が静かな台所に響き始めます。


「……交渉事は、正直言って僕も得意ではありませんが。言葉の在り方は、料理によく似ています」


 味にこだわるのは勿論だが、見た目も飾る必要がある。食べる気にさせる外見を用意し。様々な味付けの中に、自分が与えたい調味料を一滴、気付かれぬように忍ばせる。


「料理の場合は、器や盛り付けを美しく整える事によって、相手にその気になって貰います。同じく、特定の言葉を食べさせたい(・・・・・・)時は、僕達自身が器であり、盛り付けである事を意識する必要がある」


 容姿、肩書き、言い回し。条件を整え、本音を建前(たてまえ)に忍ばせる。全てを愚直(ぐちょく)に伝える必要はない、と。

 泥を落とした漬物を、美しく皿に盛り付けながら青年は続けました。


「己の意見は、己の容姿(うつわ)と、得意な演出(もりつけ)に合わせて扱いなさい」


「……よく、分からないでございます」


 正論を正論と言って、何がダメなのでしょう。怒りが収まらぬワタシに、青年は穏やかに続けました。


「僕は男なので、交渉の場には立ちやすい。しかし同時に、性別や年齢が邪魔をして、巫師としての信用は得にくいという弱点があります。君は女で旅芸人だから、交渉の場に出る時点で不興(ふきょう)を買ってしまう」


「……」


「だけどね。人々の懐に入り、情報や協力を引き出すのは、僕よりきっと得意だと思います」


 使える手札は、人ごとに異なる。己の立場や身の上を、うまく使いこなせと青年は告げました。

 理解はできました。納得もいたしました。それでも、素直に頷けない己がいるのは何故なのか。ぐっと唇を引き結んだワタシに、青年は困った表情をいたしましたが──


「杏華。月牙が怪我したのが、こわかったんでしょ。原因を作った、町のひとに怒ってるんでしょ」


 ──時雨ちゃんの言葉に、胸をつかれた気がいたしました。

 確かにワタシの思考には、師父を殺した怪物への恐怖が深く根付いておりました。

 身内を、怪物によって失うかもしれない。過去に近い状況が生み出された事で、普段は抑えている感情が引き摺り出されてしまったのでございます。


「時雨も怒ってると、思うように動けないことはある。だから、なるべく大人しくしてる。月牙は逆に怒らなさすぎて、見ててイライラするよね。走ってて口に入った羽虫とか、顔にクモの巣が当たった時に匹敵するいらだち」


「そこまで言います?」


 不満そうな青年を無視して、時雨ちゃんはワタシに微笑みました。


「だから。さっきは代わりに怒ってくれて、ありがとうね」


 舌ったらずの言葉で労われ、ワタシは息を詰まらせました。


「申し訳ございません……」


「君がしおらしいと、調子が狂います。いつもの狐好娘(こずむすめ)っぷりはどうしたのです」


「誰が狐好(こず)コンコンのうさんくさ娘でございますか。ワタシは、真っ当な旅の歌い手でございます」


 無理やりおどけて返しましたが、己が感情を乱した事への驚きが抜けきらず。覇気の無いワタシを見て、青年は嘆息しました。


「君には、僕が一方的に許しを乞うているように見えたのかもしれませんがね。僕だって、そこまで愚直ではありませんよ」


「えっ?」


 顔を上げたワタシに、青年は味噌汁を混ぜながら続けました。


「皆さんには、この町の実情を伏せると言いましたが。それはこの地域を管轄する大社に対して、という話です。僕の所属大社、即ち任務の報告先は、この地域の管轄を担当していません」


「……んん? つまり、どういう事でございますか?」


「埋葬地の実情を伏せるのは、この地域の担当に対してだけです。直接の報告先には、ありのままの情報を報告します。ここでの経費もしっかり請求できるので、安心して下さい」


 つまり。社に後ろめたい事は黙ってあげるよとは言ったけど、黙っておくのは町人が直接関わる部署にだけ。別の所にはしっかり記録として残る、と。


「エエ⁈ 大丈夫なのでございますか⁈ 情報が漏れたと分かれば、約束を反故(ほご)にしたと言われかねません!」


 驚くワタシに、青年はひょいとおたまを振って見せます。


「この地域の社に伝えて貰う際には、人手が足らず埋設が不十分だったとか、土砂崩れの頻発で遺骨が露出してしまったとか、そういう風に丸めて貰いますよ。タタリモッケの発生原因自体は隠せませんが、表面上はどうにでも言い換えられます」


 先手を打って改善を行い、その状態を適切に維持し続けたのであれば、無理に隠し立てする内容でもない。しおらしいフリはしていたが、自分の取り分はしっかり守っている。

 並べ途中の食器を中途半端に持ったまま、月牙様をしばし見つめ。思考回路を無言で回し。


「お、大人って汚いでございますーっ!」


 ワタシは、満面の笑みを浮かべる月牙様の前で地団駄を踏みまくったのでございました。


「褒めてもたくあんしか出ませんよ。一切れ増やしてあげましょう」


「どうもでございますが褒めてねぇです!」


 おにぎり、たくあん、野菜の端切れが浮かぶ味噌汁。昼食が膳に揃ったところで、月牙様は表情を改めました。


「さて。あらかた情報は揃いましたが、当事者である大将とは話しそびれていますね。彼と話をしたら、討伐と対策に向けた最終方針を立てますよ」

◇顔にクモの巣が当たるレベルの苛立ち

 クモは風通しが良くて、ひらけた所に巣を張ることが多い。人が通る道の、顔面位置なんかはちょうどその条件を満たすらしい。

 筆者は幼い頃、自分の顔よりデカい沖縄のクソデカクモが顔面に張り付く経験をしたので、巣を作るクモは苦手。

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