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彷徨うモノ 中編05

時雨(しぐれ)たくあんあたーっく!」


 まず謎の必殺名に鼓膜を揺らされ。右から左へ、流星のように吹っ飛ぶ町人の男が視界に映りました。鼻腔を突くのは、時雨ちゃんが持つ芳醇な沢庵(たくあん)の香り。その町人は、壁沿いの道具をどんがらがっしゃんと落としながら沈黙し。


「目が、目がぁーっ!」


 そちらとは別に、目を押さえて悶絶絶叫(もんぜつぜっきょう)する町人も一名。彼を取り囲んだ人々による、たらい水かけの謎儀式も進行中。それが、宿に帰った我々が目の当たりにした光景でありました。


「杏華。どうやら僕たちは、入る建物を間違えたようです」


「そのようでございますね」


 我々は一歩後退し、台所に続く引き戸をすすーっと閉めようとしたのでございますが。


「月牙、杏華。扉、閉めようとするな」


 時雨ちゃんに呼び止められ、しぶしぶ扉を開け直しました。


「時雨。これは一体、どういった状況なのですか」


「この人たち。急に来たと思ったら、荷物を調べさせろと言ってきた。やめろっていうのに無理やり月牙の荷物あけようとしたから、目潰し絡繰に引っ掛かった」


 土間で顔に水をかけ続けている町人を一瞥(いちべつ)。時雨ちゃんは、たくあんを振りながら言葉を続けました。


「で、なんか怒ってきてうるさかったから殴った。解説おわり」


「なるほど……」


「納得する要素ございましたか?」


「何も分かりませんが、たくあん暴力が振るわれた理由については把握しました」


 阿鼻叫喚(あびきょうかん)の町人達を諦観(ていかん)の目で眺める青年を見上げ、ワタシは言葉を続けました。


「それと月牙様。本当に、荷物に罠を仕込んでいたのでございますね……?」


「貴重品入れには一応ね。君が触るとしても外側だけだし、問題はないでしょう? 無理に開けたら爆発するので、第一段階の目潰しだけで踏み止まったようですが」


 荷物全体を触っても問題はないが、貴重品を開けようとしたら目潰し発動。自身が意地汚い好奇心を持ち合わせていなかった事に、感謝した出来事でございました。


 さて。町人達にビクつかれながら最低限の治療を施し、無言の膠着状態(こうちゃくじょうたい)に陥ったところで、騒ぎを聞きつけた大将が帰還。状況整理をいたしますと、次のような展開であった事が理解できました。


 ──まず、この地は昔から鬼奴の呪術師と、朔弥人の社守が同時に祭事に関与してきた土地であり。十年ほど前、呪術師が暮らしていた近隣集落が土砂崩れで滅んでからは、社守のみが残っている状況だった。


 社守が流行病で亡くなって以降、行政院に要望を上げても社守が派遣される事はなかったため、社は廃墟と化し。

 町に流行する病について訴状を出した町人、病状を診察した薬療師(くすし)までもが『事故』で亡くなった事から、疑心暗鬼に陥っていたと。


 そんな中、急に小綺麗な青年が現れ、社や埋葬地を調べ始めたものだから、役人が理由を付けて町人を訴えようとしていると勘違い。

 宿に乗り込んで、素性を正そうとしたところ社関係者の礼装を発見。続けて荷物を改めようとしたあたりで目潰し発動、悶絶昏倒(もんぜつこんとう)


「社関係者だから疑ったというよりは、行政院の息がかかった諜報者(ちょうほうしゃ)と思い警戒した、という事ですね。その点については安心しました」


 月牙様の結論に、ワタシは肩をすくめました。


「ハァ、なるほど。経緯は分かりましたけども……」


 宿の大将にすら確認せず、そこまでやりますか。というのがワタシが最初に抱いた感想でございました。

 対する月牙様は少し沈黙した後、非常に穏やかな声で町人に話しかけます。


「僕は、この地域の役人とは一切の関係がありません」


 もし、役人に頼まれて諜報していたなら偽装した。わざわざ礼装を着て来る必要がないし、宿に無防備に置いていったりもしない。月牙様の主張に、町人たちは気まずそうに顔を見合わせました。


「また、常識的な社の関係者が、この規模の町の社守不在や、流行病を放置するとも思えません。この町の情報が、近辺管理を行う大社に伝わっていないのであれば、迅速に対応する必要があります」


 中には、月牙様の怪我に気付いたのか、腕の包帯に視線が移る方もいらっしゃいましたが。青年は構わず、言葉を続けました。


「僕の任務は、社が関与すべき問題の記録と、可能な範囲での解決です。病に関する記録は、この地の行政院を介さず、大社に直接報告しましょう。必要なら、施薬院にも調査団派遣を依頼する事が可能ですよ」


 当時の朔弥皇国において、人々を癒し看取る薬療師は、鎮魂や浄化を執り行う巫師と密接な関係にありました。大社を介して施薬院に連絡を行うというのは、ごく自然な形だったのでございます。


「……坊主。そんな事を、約束できるのか」


 それでも、信じ切る事はできない。そんな、大将のかすれた言葉に、青年は微笑みました。


「信じていただけるかは、皆さん次第ですが。僕は、皆さんに不利益のないように行動したいと思っています」


 青年の浮かべる笑顔、言葉。それは、ワタシの目から見れば取り繕った振る舞いでございましたが、言葉に宿る優しさは真摯であり。人々を(ほだ)す、不思議な温度を宿しておりました。

 空気を満たす敵意、警戒心が緩んだ──ワタシがそう感じた直後、青年は表情を改めました。


「しかし。大社に報告を上げる前に、解決しておきたい事が二点あります。ひとつは埋葬地の環境改善。もう一つは、この地に現れている怪鳥──タタリモッケの討伐です」


 我々は町を出る事ができないから、当面の脅威となるケモノは排除する必要がある。道が復旧し、大社に現状を訴えられたとしても、皇国の適正な埋葬法を行っていない墓地の状態を咎められる可能性は高い。


「この二つの解決に同意いただけるのなら。病の実態に関する記録が、この地を管轄する大社に適切に渡るよう調整しましょう。いかがなさいますか」


 青年の笑顔に、人々は顔を見合わせました。風鳥葬──死体を晒す埋葬法を行っていたのは、それがこの地域における、古くからの流儀だったからでしょう。タタリモッケを積極的に排さなかった事も、死者の声を運ぶあの鳥を、我々とは違う目で見ていた者が一定数いた為です。


「……」


 人々が議論する様を眺め、目を細め。彼らの交わす言葉に棘が生まれ始めたのを見て、青年は鈴を手に掠めました。

 リインと響く冷涼な音が、水の波紋のように、人々の声を鎮めた時。


「──どうやらこの町には、伝統の民が多い。社の流儀を一方的に押し付けるかもしれない人間が、埋葬地に干渉する。その状況を疑い、不安に思うのは当然でしょう」


 差し出したのは、巫師の証。人々がぎょっと身を竦めるのを視界に収めつつ、青年は淡々と言葉を続けました。


「僕は社遣手(やしろて)ではなく、巫師です。社から人を派遣する事なく、僕の判断で、鎮魂の儀を執り行う事が許されています。あなた方の理想の埋葬とは異なるかもしれませんが、御遺体については、適正な扱いをお約束しましょう」


 いかがですか。再度の確認に、町人たちは沈黙しました。大半は、青年の言葉に納得したのではなく。猜疑心(さいぎしん)に囚われた、自分たちが犯した行為が。絶対的な力を持つ社を、敵に回す行為だった事を理解し、震え始めたのです。


(……月牙様は、立場で態度を変えられる事が、お嫌いな様子ですが)


 それでも、手札として冷静に扱う事ができるお方なのだなと。この時のワタシは、青年の横顔を感心して眺めておりました。


「その坊主は、昨晩うちに来た化け鳥から、うちの家内を守ろうとして怪我したんだ」


 宿の大将の言葉に、町人たちは振り向きました。


「そこの鬼奴っ娘(きなっこ)の扱いも悪くない。だいいち、こいつらはまだ子供だぞ。俺らが心配しているような相手じゃあないだろうさ」


 町人たちが『確かに』と頷く中で、月牙様は目を瞬かせました。ワタシや時雨ちゃんはともかく、自分まで子供扱いされた事が、意外だったようでございます。

 居心地悪そうに後頭部をかこうとして、腕が痛んだのか膝に下ろす。青年がその動作をする間に、大将が姿勢を正しました。


「坊主、嬢ちゃん。家内や町のもんが迷惑かけてすまなかった。許してくれ、この通りだ」


 大将の土下座は真摯なものでしたが、不自由な足を曲げられず飛び出しているせいで、いびつに歪んでおりました。


「……顔を上げてください。疑われるのも仕方がない状況でしたから、怒ってはおりませんよ」


 また、穏やかな笑み。町人たちの群れの中、目潰しをくらった方の顔が引き攣っておりましたがさもありなん。まだ、表情筋が仕事をしていなかったのでございましょう。


「では、決まりですね」


 しかし、ですね。雰囲気が良い感じに纏まりかけたその時でございました。


「僕は、この町の病について報告を上げ、施薬院からの応援を要請しましょう。その代わり、皆さまにはタタリモッケの討伐および、埋葬地の改善に同意いただきたいと思います」


「──月牙様。その条件、少しお待ち下さいまし!」


 ある事に思い至ったワタシは、慌てて月牙様の前に飛び出しました。

 

◇肩書きって大事だよね

 本人は不要と思っていても、肩書がないと信じてくれない層というのは一定数いるので仕方がないね。

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