彷徨うモノ 中編02
月牙様が最初に確認を行ったのは、タタリモッケが襲来した宿の裏庭でございます。崩れかけた塀、枯れた苗木、壊れた荷車の残骸。血の跡は、夜の雨で流れたようでございました。
「まずは当事者から話を聞きたかったのですが、復旧の邪魔はできません。大将からは、折を見て話を聞くとしましょう。おおよその原因なら、現段階でも推測がつきます」
「原因とやらは、昨日話しかけていた『タタリモッケの生態』に由来する。そうお考えでございますか?」
「では、昨日の続きを話しましょう」
風は静かに草を揺らし、錆びた鉄柱を、雨の雫が伝って落ちます。水たまりに揺れる波紋を見下ろしながら、月牙様は続けました。
「玲瓏鳥は夜行性。小動物や、動物の屍肉を食べて暮らす鳥です。普段は人間に接触する機会の少ないので、人に害為す存在としては認識されていません」
しかし、彼らは成長に必要な竜沁が豊富な地域では巨大化する傾向があり。
高い知能を持った動物の屍肉を喰らう事で、その屍肉の記憶を一部だけ学習する。そのような特性を有していたのでございます。
「身体が大きくなり、知能も上がれば当然、必要な餌の量も増えてきます。庭鳥や牛を襲うようになり、怪物として認識される場合もありますが……厄介なのは、今回のように人間の屍肉を喰らった個体が現れた場合です」
屍肉に残された記憶、残留思念。それが純粋な感情を宿すほど、玲瓏鳥に取り込まれる記憶は強化されます。
高度な思考能力を持つ人間、その中でも純真な心を持つ子供の屍肉は、玲瓏鳥にとって強烈な経験を与えるエサとなるのです。
「人の屍肉に宿る記憶は、玲瓏鳥には強すぎる。人肉を喰らった玲瓏鳥──タタリモッケの行動は、死者の記憶に引きずられるようになります」
月牙様を追っていたワタシの足が、何かを踏み付けました。拾い上げたそれは、素焼きの粘土で作られた小さな面。子供の玩具としてよく使われる、泥面子でした。
昨晩は気付きませんでしたが、裏庭の隅には小さな竹馬、泥だらけの鞠などが押しやられています。
「たとえば、愛されて亡くなった子供の記憶を取り込んだタタリモッケは家に焦がれ、遺族の元に現れるようになります」
子を失い嘆く親の元、夜にふわりと現れる巨大な玲瓏鳥。その口から溢れるのは、子に歌って聴かせていた子守唄の旋律。既に亡き子らの記憶がそこにあると、多くの親は悟るといいます。
「しかし。タタリモッケは、あくまで人の感情に惹かれているだけ。取り込んだ記憶を模倣はできても、死者本人として反応したり、成長できるわけではない。彼らが行うのは遺族への抱擁ではなく、死者が焦がれ、大切にしていた物を喰らって取り込む殺戮行為です」
胸に空いた穴を埋めるように、愛する者の屍肉をも取り込む。最後には生き物としての生存本能すら忘れ、ただ夜を駆ける魔鳥と化してしまう。
もたらす形はどうあれ、死者と生者を引き合わせる黄泉の鳥。不完全な記憶に振り回され、己の生を歪ませてまで死者を模倣する。その在り方は、
「おぞましい上に、悲しい怪物でございますね」
このケモノの末路は、人の屍肉を喰らった時点で決まっています。
町人もよく知る野の鳥から、憎み恐れられる怪物に成り果て。死者の記憶に操られるように行動し、淡い希望を抱く家族を喰らった上で、最終的には生物としての理性、生存本能を失った魔物に成り果てる。この連鎖は、誰も何も救わないのでございます。
「タタリモッケは、死者の声を運ぶ霊鳥。子の霊を守護する精霊の使いと、崇められた時代もあったそうです」
月牙様は、泥面子を投げ上げて言いました。
「死者の声を運んでくれた彼らをもてなし、魔物化する前に水源に還す儀式を行う。その儀式を経て初めて、死者の魂は安らぐと考えられていたとか」
「そのような話、初めて聞きますが」
「鬼奴の民の、古い言い伝えです。一般的な内容ではありませんよ」
落ちてきた泥面子を掴み、青年は肩をすくめました。
「泥面子だけでは、考察材料が足りませんね。次は郊外、斎ノ社と埋葬地の周辺へ。この町の人々がどのように弔われているのか、それを確認してみたいと思います」
◇情報収集
ファンタジーなので怪物は直接姿を現し相対しているが、実際の獣は慎重・狡猾なので姿を見せない事の方が多い。焦って動く前に、情報収集する事が大切。被害の規模が大きい動物ほど、調査する範囲も広くする必要がある。




