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彷徨うモノ 中編01

 

「坊主ども、朝だぞ! 起きろ!」


 ──朝の目覚めは、大将のヒゲ(づら)と共に。

 治療を終え、怪物もすぐには襲って来ないだろうと油断。ことごとく寝坊した我々が飛び起きたのを確認すると、大将は即座に膝を揃え。


「昨日はすまなかった。家内の事は、あんたらの前に出さないように気を付けておくから」


 月牙様に向けて、深々と土下座を行いました。月牙様は、寝起きで頭が回らなかったのでしょうか。首を傾げ、目を瞬かせ、ハッと肩を揺らすと。


「顔を上げて下さい。僕が怪我をしたのは、僕自身が判断を誤ったせいです。あなたのせいではありませんよ」


 慌てたように営業笑顔(うそくさえがお)に切り替え、大将の顔を上げさせました。


「その義眼()は、異国の技術か」


 土下座を解いた大将が、真っ先に視線を向けたのは月牙様の右目でございます。

 ワタシはこの時、大将が異国人を毛嫌いする様子を見せていた事。大将の奥方が、白く濁った目を持っていた事を思い出しました。

 月牙様は穏やかに微笑むと、首を縦に振りました。


「これは、見ての通り試験機で、一般に出せるほどの安全性はまだありません。視力を補う義眼の開発のため、患者として協力しているのです」


「……そうか」


 大将はそれだけ呟くと、即座に姿勢を正しました。


「昨日の土砂崩れだが、運河への道を埋めちまってる。あんたらが来た方の道は無事なんだが、あの道では、行方不明者(・・・・・)が何人も出ていてな。町の人間は、しばらくあの道を使ってない」


 町にはしばらく、物資が入って来ないと思った方がいい。大将は嘆息し、立ち上がりました。


「俺は道の復旧を手伝って来る。台所に飯を用意したから、勝手に食べておいてくれ。家内が勝手にうろついていても、外には出すな。理由は分かるだろう」


 好きに過ごしていて構わないが、地盤が緩んでいるから、山には近付くな。我々に言い残して、大将は部屋を出て行きました。

 三人で顔を見合わせ、支度を整え台所へ。そこには色の褪せた漬物と古米、野菜の切れ端が浮かぶ薄い汁が並んでおりました。


「道の行方不明者は、クビカジリの影響でしょうか」


「その可能性は高いですね。汎用(はんよう)とはいえ、旅守りの護符があっても近付いてくる位ですから」


「汎用、でございますか」


「旅守りの効果も様々ですが、対ケモノ用のものは、ケモノに対する嫌がらせ──忌避(きひ)の効果を発揮します。といっても、ケモノによって嫌うものは様々ですから、山路に強いもの、海路に強いもの、などの特化式が生まれるわけです」


 台所を出てすぐ、異国式の机が並んだ食堂に朝食を並べ、席につきます。月牙様は左腕を確かめるように動かすと、普段よりも慎重な動きで茶碗を持ち上げました。


「君が持っている旅守りは、あらゆる想定を組み込んだ汎用式、旅守りの中では最上級のものです。一部は劣化していますが、並程度の効果は発揮しているでしょう」


「……。そうでございましたか」


 薄い汁を飲み干し、薄くホコリの積もった机に戻します。椀に映る己を見つめながら、ワタシは、小さく微笑みました。


「……あれは、師父から譲り受けたものでございました。良いものを選んでくれていたのでございますね」


 口を歪め、顔を上げたワタシの前で。月牙様は、普段はあまり見ない表情をされていました。

 寂しそうな表情、が一番当てはまる。しかしそれ以外の、どこか優しいような、穏やかな日向のような感情を向けられていたように感じたのは一瞬。


「ま、君は竜沁が強い上に、夜の山を一人で突っ走るような無謀娘ですからね。持たせないと、早死にすると思ったんじゃないですか」


 しれっと言葉の鈍器で殴打され、ワタシはつんのめりました。


「エエン、否定できないのがまた」


「旅守りの新調はまた考えましょう。今は、この町でできる事をしなくては」


 ぱちんと箸を揃え、月牙様は立ち上がりました。質素かつ量の少ない食事でしたから、全員がほぼ同時に食べ終わり。手分けして食器を片付けると、月牙様は下駄を突っかけ、台所から裏庭へと足を進めました。


「長雨時だからどうなるかと思いましたが、晴れたのは幸いでございましたね」


 月牙様に続いて外に出ると、空は蒼く高く澄み渡っておりました。庭の紫陽花が朝露を帯びて、宝石のように輝いております。昨晩、おぞましい怪物が舞い降りた場所とは思えぬ美しさでした。


「今日は、町を探索したいと思います。地盤は相当に緩いでしょうから、油断はしないように。時雨は来ますか?」


「宿で見張って(・・・・)おく。白鼻丸もいるから平気」


 時雨ちゃんの頭巾から、ひょこんとケモノの尾が飛び出し上下に振れました。返事のつもりなのかもしれません。


「お前はちゃんと隠れてなさいよ」


 白鼻丸の尾を、指先でぺちんと叩き。バチンと反撃を受けた月牙様は鼻に皺を寄せましたが、苦笑いで背を向けました。

 

「では、行くとしましょうか。どんなケモノが相手でも、基本は環境を知るところから。アカナメの時と、要領は同じです」


 

♢鳥獣対策における「忌避具」

 その名の通り、嫌がらせをする道具。音や臭いなどの刺激で鳥獣を追い払う対策道具の事をそう呼ぶが、「嫌がらせ」にしかならないので、その気になれば突破される。要するにお守り。

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