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彷徨うモノ 前編06

 

 何をするにしても、まずは現状の把握から。月牙様が繰り返しワタシに叩き込んだ、基礎の教えでございます。


 この時、我々を取り巻いていた問題は大別して三つ。

 一つ目は、月牙様の身体状況です。腕や腹部の怪我、不調の義眼。夜、退避した直後(・・)の段階では、月牙様の意識に問題はなく。また、義眼も調子を取り戻しておりました。時雨ちゃんが処置すれば怪我も残らないでしょうという事で、淡々と治療が進められました。


 二つ目の問題は、土砂崩れ。進路を塞がれ、別経路の有無すら判別が付かない状況でございました。しかし、夜間の探索を行う事は危険であり。また、宿そのものは崖や川から離れた位置にありましたから、この問題は朝になってからの着手が望ましいとの判断に至りました。


 そして、三つ目は。


「あの怪鳥(けちょう)は……怪物(ケモノ)は、本当に我々を追撃に来ないのでしょうか」


 嵐を切り裂くように現れ、幼子のような声を夜闇に響かせていた怪物の脅威でございます。あんな存在(モノ)が屋根を破壊し、上空から鉤爪を突き出して来たらと思うと、気が気ではございませんでした。


「彼らが建物の破壊を積極的に行う事は、確かに多くありません。家屋を破壊する、という考えがまず存在せず。そもそも、自分の体格では、破壊できないと思い込んでいる事が多いですから」


 しかし、自身に家屋を破壊する能力がある事に気付けば、破壊は容赦なく行われる。それは怪物の個体差、心一つ。たった一度の遭遇で、見極められるものではない。青年は続けました。


「それに、あの個体は玲瓏鳥の頃(・・・・・)の名残をほとんど残していない。『怪鬼(ケオニ)』と化し、生物としての本能を捨て去るまで、そう猶予はないでしょう」


「月牙様。怪鬼とは?」


「……」


 青年は、しばし沈黙しました。淀みに沈んだ葉のように、一瞬その感情が暗く沈み、直後。


「道中で語りそびれていましたね。『怪物』という言葉は、現在の皇国において、本来の意味で使われていません。曖昧なうわさ話や怪談を巻き込み、逸話や被害を誇張し続けた結果。怪物という存在を、曖昧で対策のできないモノなのだと誤認させてしまっているのです」


 奔流の(あぶく)に押し上げられたように、青年は口を開きました。


「獣も怪物も、本来は毛ノ物(ケノモノ)を語源とする言葉です。普段は名前すら知られない風生獣が、カマイタチとして人を斬り付け。大人しい事で知られる岩跳鹿が、条件によっては首を喰らう。(けもの)の大半は怪物(かいぶつ)であり、怪物(かいぶつ)は、(けもの)の枠組みからは逸脱しない。通常、彼らを明確に分かつ差異はないのです」


 しかし、野に在る獣のうち、一部は竜沁を扱う能力に長けており。身の内で、その能力を御せなくなった個体は、生存本能や本来の食性を無視してでも、人を襲うようになる。

 このような個体は『怪鬼』と呼ばれ、古の時代は明確な討伐の対象となった。


 ──青年の語る言葉は、まるでおとぎ話のようでした。時雨ちゃんの肩から飛び降り、近寄ってきた白鼻丸の背を、青年の指が優しくなぞります。


「魔物に近付いた獣の瞳は、後天的に赤く染まる事があります。これは、竜沁を扱う能力を得て、しかしその能力を適切に発揮できていない際に生じる成長障害(・・・・)です。成長過程で十分な竜沁を得て、その身体を使いこなすに至った獣は、瞳が本来の色に戻ると聞いています」


 現在の皇国では、人間と接触した(けもの)が、人に脅威と認識された場合に怪物(かいぶつ)と呼ばれている。

 人に害を為す獣は、魔物に近付いている場合が多く、瞳が後天的に赤く染まっている事例が多い。その為、赤い瞳が怪物の象徴と捉えられている。


「ここまで理解できましたか、杏華」


「ええ、まぁ、恐らくは」


 ワタシは、額を抑えながら言葉を紡ぎました。


獣/怪物(ケモノ)と呼ばれる存在に、本来は明確な違いはなく。しかし、人に害為した獣は『怪物』と認識され。ケモノとしての、自然な枠組みを外れてしまった個体──生存本能を無視してでも人を襲うモノに変貌した個体は、『怪鬼』と呼ばれる。このような認識で」


「間違いありません」


 月牙様の言葉を咀嚼し、噛み締め。


「そういう事で、ございましたか」


 ワタシはこの時ようやく、月牙様の言葉回しにずっと抱いていた違和感を解消する事ができました。

 月牙様の中で、(ケモノ)怪物(カイブツ)は同列の存在であった。だから、明確に言い分ける言葉回しをご使用にならなかったのです。


 彼らは通常の獣として生まれ、何らかの要因で形質を変え、一部は暴走する。その理屈を理解した上であれば、腑に落ちる事もあります。


 例えば、眼前で月牙様の腹の怪我を舐めようとして、首根を掴まれている白鼻丸。散々警戒しては来ましたが、奴がその母個体のように、明確な脅威を示した事は今の所ありません。

 

 道中の村で討伐したアカナメ。あれほど恐ろしい種が、皇国内で知られていないとは思えません。ですが、元々は別の獣として知られていたものが変化したなら、突如現れたように見えても不思議はないでしょう。


(ですが、皇国各地で怪物の話を聞くようになったのは、ほんの数年前からです)


 山には怪物がいる。鬼奴の民は、怪物に近い存在である。旅人からの伝聞や、噂でしかその存在を知らなかった皇国の民、そしてワタシが、怪物の在り方を知らないのは当然として。

 人里に現れるようになったのは何故なのか。彼らを防ぐ術、月牙様の知る技術は、どのような地ではぐくまれたのか。興味は、疑問は尽きることがありません。


「聞きたい事は、まだいろいろとございますが。月牙様の性格上、質問全てに答えを頂けるとは思えないでございますね」


「よく分かっているじゃありませんか」


「褒めてはおりませんよ」


 ワタシは唇を噛んだまま月牙様を見つめ、手負いの若者は、ワタシを見ぬまま、少し寂しそうに微笑みました。


「必要な事であれば、少しずつ教えますよ。君は知りたがりだから、放っておいても理解するでしょうが」


 夜闇に嵐。落雷が放つ閃光が窓から差し込み、そしてうす闇に戻ります。沈黙の後、月牙様は振り返りました。


「では、話を戻しますよ。僕たちは今、己を取り巻く現状の把握を進めましたね。この廃鉱町(リンドウ)の街で、僕たちを脅かしている直近の問題は三つ。最大の脅威は、かつて玲瓏鳥と呼ばれ、今は『タタリモッケ』と化したケモノである、と判断しました。ここからは、あのケモノに対する対策方針を考えていきましょう」

 

♢動物の思い込み

 壊せると認識していない、という動物の思い込みを利用する対策は存外に多い。逆に言えば、動物が学習を重ねると効かなくなってしまう対策が多いという事でもある。

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