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風を鳴らすモノ 前編02

 


「ワタシは近隣の村々を巡りながら、まじない歌や歌物語を語る者なのですが、この宿は馴染みの職場でして。毎年この時期にお邪魔させていただいております」


 旅館の人々は顔なじみ、お客人も半数程度は知った顔。慣れた環境なのですがと前置いて、ワタシは大きく嘆息しました。


「今年も、さぁ例年通りにお仕事を……と座敷に入らせていただいたのですが、歌ってみたらまぁ大変。ワタシが歌えば天井が軋み、客の酌をしようとすれば、盃がパリンと真っ二つ! ワタシが座敷に出た夜に、覚えのないケガを負ったという客が一定数いたりと……どうにも縁起の悪い事が連続するものですから、座敷に出る事は控えていたのです」


 しかし、旅芸人は風に乗ってふらりと現れ、幸を運ぶもの。不幸を起こすという噂を纏った状態では、よそに流れる事もできません。


「というワケで。ほとぼりが冷めるまで、裏方として雇っていただいていたのでございます。歌えぬ旅芸人なぞ、野垂れ死ぬ以外の道を選べない外法者。尊き神話を歌って身を清める事も叶わず、喉はしおれていく一方。意気消沈の日々を過ごしております」


 ……と。そんな感じで経緯を語れば、青年は数秒黙りこくった後、苦笑いたしました。


「君、だいぶ面白い話し方をしますね」


「いや、いや。口から生まれてきたと、もっぱらの噂でして」


「その口が封じられているのが、現状という事ですね。理解しました」


 青年は少し考える素振りを見せると、女将に視線を移しました。


「このような事は、以前から?」


「今回が初めてですよ。宿の連中も、すっかり怯えちゃってね」


 以前は旅芸人として接してくれていた同年代にも距離を置かれ、やや寂しい毎日ですと愚痴るワタシを適当にあしらい、青年は私の脈だとか目を調べ。ワタシの手に謎の紙包みを持たせて何事かを行った結果、困ったようにため息をつきました。


「君、旅守りの類は持ち歩いていますか? できれば小社(こやしろ)ではなく、大社(おおやしろ)から授かったものがよいのですが」


「今は持っておりませんけども、手元にはございますよ」


「後で見せて下さい」


「はぁ。承知いたしました」


 ワタシが釈然としないまま頷くのを見届けて、青年は女将に向き直りました。


「今日はもう夕刻ですから、本格的な調査は明日から行います。宿の外周を中心に調べますが、場合によっては屋根裏に香を焚かせて頂くかもしれません」


「え? しかし巫師様、杏華の怪祓(けばらい)は」


「怪祓は、憑き物払いの術。この娘は至って健康体ですから、施術は不要ですよ。怪奇現象の原因は、恐らく別の所にあります」


 とはいえ、と。ワタシを振り返り、青年は肩をすくめました。


「君は強い竜沁(りゅうしん)の持ち主──端的にいえば、巻き込まれ体質のようですね。君がいた方が解決が早そうなので、明日以降の作業を手伝っていただきたいのですが……構いませんか?」


 この状況下で、断る選択肢があるわけもございません。ワタシが即座に頷くのを見て、青年は微笑みました。

 

「ありがとうございます。僕も最大限の助力をしますから、汚名を払拭しましょうね」


 ……穏やかな方だと思いました。優しそうにも見えました。

 しかし、その笑い方だけは無機質な陶器のようで、嘘臭くて。少し、気持ちが悪い(・・・・・・)と思いました。


(巫師様に対してこんな事を考えるのは、失礼が過ぎるという自覚はありますけども……)


 しかし一度抱いた印象は変えられず、悶々と唸る日暮れ時。話も一旦終わった事だし、ひとまず与えられた離れに戻ろうか。いやいや布団の準備が先だったか、等と考えながら歩いていた時でございました。


「杏華。この後なんだけど、布団の準備じゃなくて配膳に回ってくれるかい。実を言うと、今日は人手が足らないんだ」


 女将に声をかけられ、ワタシは眉を顰めました。


「ワタシは構いませんが、皆様がご不快ではありませんか?」


「あんたが原因じゃないって事は、他の子らにも伝えておくよ。良いから厨房に行っとくれ。ただし、頭巾はしっかり被っておくんだよ」


 ワタシが言葉を返す前に、女将は廊下の奥に忙しなく消えてしまいました。


「原因ではないからと、言われましてもねぇ」


 ただ巫師様がそう仰って下さっただけ。真の原因が判明したわけではなく、もちろん状況が変わったわけでもない。

 そんな状況で人前に立ちたくはなかったのですが、女将の命とあらば遂行せざるを得ません。


「客に知り合いがいない事を、祈るしかございませんね」


 独りごちて、厨房に移動。ずらりと並んだ膳を、夕餉に集ったお客様方へと運びにかかったワケですが。


 

♢脈拍の測定

 手首で測るイメージが強いが、首の頸動脈で測る方が筆者は得意。動物の場合、耳の後ろあたりをごそごそして測ろうとすると耳で叩かれる。

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