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幻惑の村 後編04

 やがて宴が終われば、村人たちは各々の家へ。飲み残しの酒は隅に追いやられ、我々も社に戻ります。村人たちが引いてしまえば、社は穏やかなせせらぎの音に包まれました。


「月牙様、月牙様。お休みの前に、お水を飲んでおかれた方がよろしいのでは?」


「君まで僕を二日酔いにしようとするとは……もう騙されませんよ。それ、水と見せかけて火が付く液体でしょう」


「人間不信ならぬ、水不信こじらせないで下さいまし」


 無理やり竹筒を押し付ければ、月牙様は薬草を吟味する薬療師(くすし)のように精査してから口を付けました。

 日中はきっちりと結えられた髪が背中に流れていると、青年の顔の輪郭に残った幼さが目立ちました。


「……杏華」


「はい?」


「君、建国奏歌を歌っていて、思う所はないのですか」


 ワタシは質問の意図が読めず、首を傾げて見せたのですが、青年は無言でこちらを見据えるのみ。


「ええと……朔弥皇国の歴史を語る歌でございますから、一言一句誤らぬようにと身が引き締まる思いでございますよ」


 ワタシが答えれば、月牙様はしばし口を閉ざしました。窓から差し込む月光に、小さな埃が舞う様をしばし眺め。青年は「そうですか」と呟きました。


「まぁ君は色気がないので、恋の歌とかよりは歌物語の方が受けが良いかもしれないですね」


「は? もう一度おっしゃって下さいまし? 喧嘩でございますか? ガン無視して布団に入るのやめていただけます⁈ 」


「耳元でにゃーにゃー騒がないで下さい。頭痛が悪化します」


「にゃーにゃーにゃーにゃー」


「音量上げるなやかましい!」


 売り言葉に買い言葉、互いに火花を飛ばしかけた時でございました。


「ふたりともうるさい」


 ゴインッ! としか形容のできない殴打音が近くで鳴るのと同時に、視界に蓮花色の布が被さりました。布がどけば、時雨ちゃんが澄まし顔で仁王立ちしており。月牙様は、頭を抱えて悶絶しておりました。

 ……どうやら、時雨ちゃんがワタシと月牙様に対して、同時にゲンコツを降らせたようでございます。威力はだいぶ異なったようでございますが。


「杏華、鎮魂の儀をしてあげるから外に出て。アカナメ殺したぶん」


「時雨、こんな夜遅くにやらなくても」


「酔っ払いは水飲んでねてろ」


「はい」


 時雨ちゃんに額を押されて、月牙様はすんなり引き下がりました。招かれるまま外に出てみれば、時雨ちゃんの周囲には、彼女の操る竜沁の光が踊り始めます。


「アカナメを埋めたの、あの方向。地面にお酒を撒いて、風を呼ぶ。それで、死者の竜沁を連れて還るようにお願いする」


「ヒトと同じ作法ですね。了解でございます」


 死者の魂を迎えに来てもらう為、風を呼ぶ。古くからの祈りを捧げていると、ぽつぽつと、ワタシの周囲に竜沁の光が灯り始めました。


「今は遠き水源(みなもと)よ。遥か彼方の同胞(はらから)よ……」


 どうやら、術式もかけてくれているようです。ワタシは至って健康体、てっきり形式的な行為のみだと思っていたので目を瞬かせていると、時雨ちゃんは嘆息と共に教えてくれました。


「鎮魂の儀はね、ふたつ意味があるの。ひとつは、こころの問題。しっかり弔いをして、死んだものとお別れをするため。もうひとつは、実用的なところ。身体についた、よくない竜沁を払うの。怪祓と似たような効果だよ」


「よくない竜沁、でございますか? ワタシはもう、幻惑などの影響はないと思っていたのですが」


「いちど身体症状として発症したら、それは病気として治療する。怪物を殺したときにする鎮魂は、ちょっと意味が違う」


 首を傾げるワタシに、時雨ちゃんは言いました。


「竜沁は、生命そのもの。願いを受けて、形を変えるもの。『生きたい』って意思が宿った竜沁は、依代(よりしろ)が無くても少しのあいだは形を保つ。死んだときに、いろんな竜沁を宿せそうな、ちょうど良い身体(よりしろ)があったら、纏わりつこうとするやつもいる。悪い竜沁が溜まったところで体調崩す人が出るのは、そういうこと」


 さわさわと、かすかな風が足元を通り抜けて行きます。竜沁が山の方向に流され、消えるのを見送ってから、時雨ちゃんは嘆息しました。


「杏華は、たぶん『寄セ者』。ケモノの死魂を寄せやすい、同調しやすい体質に見える。鬼奴の民だから、穢れに強いとかじゃないの。怪物を手にかけたら鎮魂の儀を毎回した方がいいし、そもそも襲われない為の怪物避け、旅守りも持つのがだいじ」


「なるほど……って、うわっ⁈」


 不意に、何かが纏わりつく感触を覚え飛び退きます。慌てて足元を見下ろすと、そこには茶色の体毛を持つカマイタチが鎮座しておりました。


「お前ですか。食べ物は無いでございますよ」


 話しかけてはみますが、怪物が理解するはずがありません。無視してどんどん近付いて来る怪物に、ワタシは顔を顰めました。


「はくびまるは、単に杏華に甘えたいだけ」


「はくびまる?」


「こいつ、鼻筋が白いでしょ。だから白鼻丸」


 改めて視線を落とすと、カマイタチ──改め白鼻丸は、小首をちょこんと傾げて見せました。ワタシが蹴飛ばすと疑ってもいない、小動物然とした態度です。


「一つ、質問でございます」


 腰を下ろしながら、ワタシは訊ねました。


「こいつを初めて目の当たりにした時のワタシは……この村の人々が怪物を語る時と、同じような顔をしていたのでしょうか」


 時雨ちゃんはしばらく沈黙して、穏やかに言いました。


「どうしてそれを聞くの?」


「ワタシも旅暮らしをしてきましたから、怪物が嫌いになるだけの経験はしてきました。ですが、日々を純朴に過ごしてきたはずの小さな村の人々が、何かを憎み、怒りに狂う様子を見るのは……少し悲しいと思いまして」


 そう。ワタシが目の当たりにしたのは、我々に酒を振る舞ってくれた村人達の、同じ人間の持つ感情とは思えぬほど強い憎しみです。

 平和な世であれば。怪物に遭わなければ、彼らはこれまで通りに生活を営み、皇姫に祈りと感謝を捧げて一日を終えていたのでしょう。あのような暗い感情を抱く事は、きっとなかったのです。


「杏華、見た目より真面目だね」


 ワタシの言葉に、時雨ちゃんは少しだけ笑いました。白鼻丸を抱き上げ、頭巾に戻るよう促しながら、微笑みます。


「取り敢えず、杏華は白鼻丸たちに対しては、必要以上に攻撃しようとしない。だから時雨は、それ以上の事に興味がない」


 だからもう寝よう。大きな袖に飾り帯を引っ張られ、ワタシは社に戻る事となりました。


 翌朝、月牙様は多くの村人に惜しまれ、一部の村人には安堵されながら村を出立いたしました。

 しばらくは旅路に何事もなかったのですが、長く行動を共にすると見えてくる事もございます。


 第一に、月牙様は身分に似合わぬ料理好きで、台所の使える安宿に敢えて泊まる変わり者であり。また、『道中で稼ぐ』という概念を全くお持ちではなく。

 そして、教育となると苛烈極まる情報量を強制的に流し込んでくる鬼教師である、という事などでございます。


 次に怪物と遭遇する事になった廃鉱山の町『リンドウ』、この町での物語を語る前に、我々の旅路の一端、青年の人となりについての記憶もお聞かせするといたしましょう。

♢けものの弔い

 地域ごとの作法はいくつかあれど、水や酒を使うやり方が一般的。獣魂碑の前で鎮魂祭をしたり、死体を処理する前に酒をまいて、けものの故郷の方面へ祈りを捧げたりする。宗教というより慣習に近い。

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