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幻惑の村 後編02

 事が起きたのは、たらいの水を捨てようと、社の外に出た時でございました。背中にとすんと衝撃が走り、ワタシは思わず顔を顰めました。


「いった」


 足元を見れば、竹製の矢が地面に転がっておりまして。

 

「よっしゃー!当たった!」


 振り返れば、村の子供達がはしゃいでおります。そのうち一人の手には、竹をたわめた玩具の弓が握られていました。


「いくらワタシが相手で、おもちゃの矢だとしても、矢を人に向けてはダメでございますよ。いかがなさいましたか?」


「月牙の兄ちゃん見なかった? 作ってもらった矢、チャンバラしてたら岩に当たって折れちゃったんだ」


 子供の手には、ワタシに当てられたのと同じ竹製の矢が一本。昨日、余った竹で月牙様が子供達に(こしら)えていたものでございます。


「月牙様は今、村長や大人の皆様とお話しされているでございます。夕刻また来ていただけますか?」


「ちぇー。わかったよ。夕飯、お前にも団子焼いてやるって母ちゃん言ってたよ!良かったな!」


「それは楽しみでございます。お母様によろしくお伝え下さいまし」


 駆け出す子供達の背中を見送り、周囲が静かになった時。


『御神鏡洗いを認めず、作った絡繰もお使いいただけない。その理由をお聞かせ願えますか?』


 社の中、戸の向こうから聞こえる月牙様の声に、ワタシは静かに耳を立てました。社には月牙様と村長の他に、数人の村人が座しており。


『確かに見慣れぬ構造の絡繰かもしれませんが、誤って使用者が術を受けたとしても、生命に問題はありません。それに、機動器を同時に二つ押さないと術式が発動しない仕組みになっていますから、安全面には配慮してありますよ』


『だが、巫師の御技が──神聖巫術(しんせいふじゅつ)が、誰でも扱えるようなもののはずがない』


 村長の言葉に、他の大人達がぼそぼそと反論する声が聞こえました。

 この時代、竜沁術式を利用した道具といえば、護符や符水など、昔ながらの術師が作るものが一般的。

 一般人に扱えぬ術式を内包し、万人の使用を可能とする竜沁絡繰(りゅうしんからくり)は、存在が知られ始めたばかりの新しい道具でございました。

 街への出入りがある村人は絡繰の存在を認知しており、月牙様が作成した道具が絡繰に過ぎないと理解していた。しかし村長含む一部は許容できず、疑い続けていたのでございます。しかも、事態はより複雑でございまして。


『あんたは、ただの旅人じゃあない。その事実は認めよう。病人の正気を取り戻させた事も、怪物を捕まえるまでの手際も素晴らしかった』


 しかし、と。村長の声がみるみる熱を孕みます。その熱は拳を地面に叩き付ける音に変わり、老人の怒声が後に続きました。


怪物(かいぶつ)鬼奴(きな)の娘に触れさせる者が、水源の巫師だとは到底思えん!巫師に化けた、鬼術師という事もあり得るじゃろう!』


 村長の怒声に、しん、と社が静まります。沢の音、枝葉と共に揺れる木漏れ日。それらに視線を落としていると、若頭の声が響きました。


『村長。確かに杏華は鬼奴子(きなご)だが、身内みたいなものじゃあないですか。それに月牙様だって、俺らが怖がって怪物に触りたがらなかったから、杏華を使った(・・・)わけであって』


『万が一があるから、最初は鬼奴子で試した方が良いと思って下さったんだろう? 鬼奴子は、怪物に近い分穢れに強いと聞くし』


 月牙様を擁護する声がやいのやいのと響く中、ワタシは嘆息いたしました。

 鬼奴目(きなめ)鬼奴子(きなご)。端的に言えば、ワタシの容姿を指す言葉でございます。怪物によく似た朱色の瞳。死の国を象徴する土と火の色の髪。

 生と流転を司る水源と対極を為す、死と停滞の国に属する者たち。朔弥皇国における賎民、『鬼奴(きな)の民』の容姿を、ワタシも色濃く宿していたのでございます。


『……僕が彼女に絡繰を持たせたのは、非力な者であっても扱える構造だと証明したかったから。あの娘の容姿は関係ありませんよ』


 青年の淡々とした声に、ワタシは俯きました。実を言うと、月牙様が絡繰を拵えていた昨晩の時点で、ワタシはこうなる事を予測していたのです。

 この穏やかな青年は、いかにも世間知らずな態度の青年は、ワタシのような存在を知らない。だからこそ、同行したいと言っても殺されるような事はないだろうと考えたのです。

 だから、言い出せませんでした。自分を使う事は、村人に安心感と不信感を同時に与えるかもしれない、などと。


『身分を示す鑑識札がある……と言ったところで、信じてはいただけないのでしょうね』


 青年の穏やかな声の後、紙の掠れる音が響きました。


『僕が所属する大社(おおやしろ)任務免状(にんむめんじょう)です。目を通していただけますか』


 村人たちに免状──青年の立場を証明し、その任務を説明する証書が渡ったのでしょう。無言になる村人に、青年は続けました。


『この村の御神鏡は、状態が芳しくない。僕が不適だと言うことであれば、巫大師以上の者を代わりに派遣して対応します。術式絡繰の代わりとなる道具も、可能な範囲で手配しましょう。人員が限られるので、対応までに時間はかかってしまうかもしれませんが』


『ま、待て。お待ち下さい』


 村長が遮る声は、動揺で裏返っておりました。


『なぜこれを隠して……初めからお見せいただければ……』


 さぁ、非常に気になる展開になってまいりました。しかし、任務免状とやらを見た村長の声が、どんどん尻すぼみになっていくので、耳自慢のワタシもさすがに聞き取る事ができず。

 そこで壁に耳を付けようとしたのですが、何かに背中を押されたように身体が壁から離れてしまいました。


「えっ? 今、何が」


 慌てて振り返ると、そこには蜻蛉(とんぼ)の姿をした紙人形──月牙様の分身神(わけみがみ)がふわふわと飛んでおりました。目を瞬かせるワタシの前で、人形は人間なら口元に当たるであろう部位に、羽の先をぴたりと当てます。

 ……盗み聞きするな静かにしていろ。という意図のようでございます。


「その人形、喋りながらでも動かせるのでございますね」


 人形に急かされるまま建物から距離を取り、苔むした地面に膝を下ろします。人形も後を追って来ましたが、地面が露で濡れているのを確認すると、私の肩に乗って動きを止めました。

 風の音、日陰の涼やかな空気を楽しみしばし待機。社の戸が開き、戦々恐々といった表情の村人たちが帰路に着いた後、月牙様はまっすぐこちらに向かって来られました。


「君、こうなる事を予測していましたね?」


 分身神を己の肩に止まらせ、膝をつき、じとっとした視線をワタシに突き刺す月牙様。こうなる事、というのはワタシを行動させた事が、村長の不快を買ったという意味でございましょう。


「……。申し訳ございません」


「まぁ、君自身の問題ではありませんし、僕も君を利用しようとしていたので、お互い様ですが」


 素直に謝罪すると、青年は決まりが悪そうに首をかきました。


「君の外見と職種が、そこまで周囲に影響を与えるものだとは考えていませんでした。僕の配慮が足りませんでしたね」


 ──あぁ。本当にお育ちが良い御仁なのだな、と。改めて実感いたしました。

 嫌味ではございませんよ。この青年は、鬼奴子がどのように扱われる存在かは知った上で、自分には関係のない事だと考えてワタシに接していたのだと。それを改めて理解した事が、ワタシは少し嬉しかったのです。


「でも盗み聞きはダメです」


「ほあたぁ⁈ 」


 しかし、額にかまされた額面指弾(でこぴん)は容赦がございませんでした。額を抑えて悶絶するワタシをしばし眺め、月牙様は立ち上がります。


「僕と時雨はこれから、御神鏡洗(みかがみあら)い──結界の点検と整備に入ります。君は、社の入り口を見ていて下さい」


 誰も入れないように、と言い含める月牙様を見上げ、ワタシは首を傾げました。


「……よろしいので?」


「村の頭目達の許可は得ました。もともと頼まれていた事なのだから、不自然はないでしょう」


 空を仰ぎ、しばし沈黙する青年の横顔には、まだ幼さの名残が残っておられました。


「月牙様」


「何です」


「月牙様って、実はかなり高貴な身分のお方だったりいたしますか?」


 苔の中に指を沈めるワタシに、青年は空を眺めたまま返しました。


「そうだとして、君はそのうさん臭い態度を改めるつもりがあるのですか?」


 村人たちの表情を見ました。あの傲岸だった村長が萎縮する姿も。月牙様が免状とやらを出さなかったのは、村民の態度が変わるのが嫌だったからだろうという事は、容易に想像がつきました。しかしですね。


「ワタシは旅芸人、身分の外に在る者でございます」


 農民から貴族の皆々様まで、ただ歌や物語を届けるのが我らの役目。幸運の風とも、土地を持たぬ下民とも呼ばれる所以(ゆえん)は、身分に縛られない事に由来していたのです。

 だから月牙様を特別扱いする事はしない。それがワタシの旅芸人としての正しい態度であり、おそらくは青年が望む接し方でもございました。


「あと八割方は素で接しておりますので、急に態度を改めろと言われましてもねぇ。無理でございます」


「残り二割のうさん臭さは意図的でしたか」


 青年は呆れたように笑い、深くため息をつきました。


「御神鏡の状態を復帰したら、この村を離れます。まだ付いてくる気があるなら、旅支度をしておきなさい」


 踵を返し、無愛想に告げる青年の背中をしばし眺め──言葉の意図を理解したワタシは、立ち上がりました。


「承知でございます!」


 ──同情、哀れみの感情から同行を許されたのだと、当時のワタシは考えておりました。しかし、実態はより複雑で、歪んでいて。当時のワタシでは、到底察する事のできない事情が裏に潜んでいたのでございます。


 しかし、それはまだ先の事。ワタシは意気揚々と掃除用具を片し、月牙様と時雨ちゃんが御神鏡洗いを行う間、戸の前でハヤさんとお茶を飲みつつ待機しまして。

 

 夕刻になった頃、村人達が山ほどの食事を運んできたのを目撃して、苦笑いたしました。

 当時の村落には娯楽が少なく。みな、何かに付けて集まり宴会をしたがるものだったのでございます。


 

♢麻酔槍

 月牙のDIY装置のベース道具その2。注射器を先端に取り付けた槍で、動物を安全に眠らせたいときに使用する。作中ではファンタジー補正がかかってるけど、麻酔は命中しても10分は動き回る。他に吹き矢式や銃型の投薬機がある。

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