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幻惑の村 中編06

 竹筒に針金、釘やバネ。それらを加工する為の小刀や(きり)(のこぎり)などなど。


「そして最後に、ちゃぶ台を用意します」


「今どこからちゃぶ台出したでございますか⁈ 」


 ドンっと良い音を立てて鎮座したちゃぶ台は、明らかに月牙様の荷物の大きさにつり合いませんでした。ちゃぶ台を覗き込んだり、構造を調べようとするワタシの額を指で弾き、青年は鼻を鳴らします。


「荷物から出したに決まっているでしょう。質問するなら、もっと建設的な事を聞きなさい」


「ちゃぶ台が急に生えて来たら、普通は出所を聞くでございますよ……?」


 とはいえ、ワタシがどれだけ騒いでも澄まし顔をかまされ続けるものですから、言及する気も失せまして。諦めたワタシは、罠の材料の方に視線を移しました。


「ワタシ、魚用のカゴ罠しか使った事ないでございますが。急に怪物の罠なんて作れるでしょうか?」


「良い子は真似しない方が良いですね。小動物用と違って、ケモノ用罠の不備は死に直結しますから」


「やだぁー。月牙様ったら初心者に優しくないでございますぅ」


 真面目な話、動きを封じ込めるためのワナが脆ければ、怪物が正面から飛び掛かってくる可能性があるワケで。ワタシは少々及び腰だったのですが、月牙様は構わず準備を進めていきます。


「僕も最後に確認しますから。つべこべ言わずにやってみなさい」


「うぇえ……まぁ、できそうならやりますけども」


 しぶしぶ頷き、作業を始めましたが悪戦苦闘。竹筒に小刀を当てれば手元が危なっかしいと小言を言われ、腕力が足りずに(きり)を握り込んでいると、無言で罠を渡すよう促され。ようやく大半の作業を一人で進められるようになった頃、月牙様が口を開きました。

 

「ところで。ケモノ用の罠というと、どのような形が浮かびますか?」


 ワタシは少し考えると、答えました。


「紐が付いた餌を取ると石が落ちてくるみたいな、アレですかね」


「エサと罠の引金を結び付ける。大半の罠が有する構造の基本型ですね。今回も君が想像しているものと近い、誘引式の構造を利用します」


 月牙様は鼠取りのバネを曲げながら、淡々と言葉を紡いでいきます。

 

「ケモノ用ワナにおいて、最も安全な構造は金属製のオリ罠です。餌を引っ張ったり、特定の部分を踏む事によって作動し、オリの中に完全に閉じ込める。この構造なら、捕獲者が攻撃を受けずに済む可能性が高いでしょう。ただ、ケモノを完全に閉じ込められる頑丈な資材を揃えるとなると材料費がかさむし、一度に持ち運べる量も少ない。あと、猫ちゃ……猫が入る恐れがあります」


「いま猫ちゃんって言いかけました?」


「気のせいです」


 こほんと咳払いして、青年は続けました。


「本当なら安全を期して、捕らえると同時に石で押しつぶす構造にしたい所なのですが、猫が入ると困る。万が一を考えると、死に直結する構造の罠は使えません。かと言って、材料が安価な木製の脆いオリ罠に閉じ込めるだけでは、アカナメが自力で破壊してしまう可能性がある」


「んー。月牙様の話をまとめると……」


 確実な手はオリ罠の中で速攻始末ですが、誤って他の獣を殺したくないのでなし。有り合わせの材料で閉じ込めるだけだと、アカナメは自力で罠をぶっ壊してしまう。つまり。


「アカナメを殺さず動きを封じられる構造なら、完全に囲えずともなんとかはできる。という事でございますか?」


「正解です。そして、動きを封じる絡繰がアカナメにしか効かない構造であれば、なお素晴らしい」


 青年は時雨ちゃんが並べた薬草を選びつつ、顎をさすりました。


「今回は竹筒と針金、バネを主な材料として使います。筒の中の餌を取った瞬間、餌に仕込んだ麻痺針が腕を刺す。同時に、アカナメの腕を針金の輪で縛って固定する仕組みです」


「ふんふん」


「竹筒の底に通した針金に餌を刺しその針金の先端を輪にして竹筒の入口に垂れるよう設置します構造としてはかなり急造かつ針金が筒の角で引っかかる危険があるので材料があれば滑車とバネを用いて速度と確実性を」


「説明が長いでございます」


「……」


 細かい構造はさておき、主旨は次の通り。

 竹筒は針金を混ぜてよった太縄を使って、木や丈夫な杭に括り付け固定しておきます。そして、竹筒の中にある餌をアカナメが取ろうとした瞬間、同時に二つのことが起こる。

 ひとつは、『餌』に仕込まれた麻痺毒によってアカナメの動きを封じる。もうひとつは、腕の上部を固定する事で確実にその場に留めさせる。という感じらしいです。


「構造はおおよそ理解できました。ですが、どうして竹筒(それ)が『アカナメにしか効かない機構』と言い切れるので?」


「竹筒にこう、良い感じにアカナメの腕が入るのです」


「良い感じ……?」


 月牙様は少し考えると、薬草と謎の軟膏を混ぜている時雨ちゃんを振り返りました。


「時雨。カマイタチは起きていますか」


「起きてるよ。なに?」


「少し協力して下さい。もちろん、社の中でね」


 村人たちに見られぬよう扉を確認してから、時雨ちゃんはカマイタチの子を取り出しました。

 頭巾から顔を覗かせる様は可愛いと言えなくもないですが、爛々と光る目は何度見ても慣れません。


「お前、敵意なく僕を噛みに来るの何なんです?」


 月牙様の耳に噛みつこうとしたところを捕獲され、地面に降ろされる怪物の子。片手で怪物をあやし、もう片方の手で干し果物を取り出しながら、青年は続けます。


「カマイタチは、猫や犬に近い構造の身体を持つケモノです。指先で地面を蹴るような構造ですね。俊敏に走り回ることができる反面、肩や腕の可動域は狭く、筒の中で指を曲げる動作もできません」


 月牙殿は竹筒の中に干し果物のかけらを落とし、カマイタチの前に差し出しました。

 カマイタチは目の色を変え鼻面や腕を筒の中に入れようとしますが、なるほど。たしかに肉球の終わりくらいで腕が詰まって、それ以上の動きはできないようです。

 

「対するアカナメの腕は、僕たちと構造が似ている。肩を回したり、肘を曲げたり、物を掴んだり。この構造を持つケモノは限られているので、我々もアカナメだけに作動する罠の準備が可能……と言うわけです」


 真面目に解説する月牙様の膝上で、怪物の子は竹筒に抱きついて遊び始めます。青年はちゃぶ台を引き寄せ、怪物の子が作業の邪魔にならないようにすると、再び部品を手に取りました。


「では、それぞれの部品の接続をしましょうか。罠を作り切ったら、狙いを付けた場所にかけに行きますよ。その後も、少し工作を続けます」


「ありがとうございます。ところで、再度質問なのですが」


「何でしょうか」


「このちゃぶ台、どこから出したでございますか?」


「荷物からです」


「答えに! なっていないでございます!」


 さて。奇妙なやり取りを経て完成したケノ罠。最奥部に甘く香りの強い花蜜玉──花粉と蜜を混ぜた菓子です──と、ワタシの血を混ぜたエサを刺し、各家の軒先、木陰に潜めて設置すれば。


 翌朝にはもう、村を恐怖に貶め、ワタシを襲ったケモノの正体があらわになっておりました。


 

♢罠の構造

 アライグマの器用な動きを利用したトリガーの箱罠は、通常中型獣用の箱罠の追加機構として設計される。

 腕だけをくくるアライグマ用罠は、当たりどころによってはアライグマが自らの腕を噛みちぎって逃げたり、無事な方の腕で人間に反撃を試みたりという危険もある事から、現代日本では使用が規制されている事の方が多い。


 ちなみに野生動物への毒餌は現実では違法(ネズミ除く)。これはファンタジーの怪物退治ゆえに毒っぽいものを使っているだけなので、決して現代日本で真似してはいけない。

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