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風を鳴らすモノ 前編01

 それでは早速、出会いの物語でございますが。

 ワタシも多くの人々と同じく、怪物(けもの)による騒動に巻き込まれた所を月牙様に救われ。

 同行を願い出たのですが断られたので、山道で尾行を行い。

 (ののし)り合いを夜空に響かせた挙句に、月牙様と、同行していた時雨(しぐれ)ちゃんと旅の(ともがら)になりました。


 ……という所から、話を始めたく存じます。

 え? 端折(はしょ)り過ぎて、経緯が全く分からない。もう少し詳しく説明しろ、でございますか。

 承知いたしました。それでは、もう少し丁寧に。事が起きた順に、語りを始めるといたしましょう。


 ──彼らと初めて出会った場所は、交易市場(こうえきいちば)外れの旅館でございました。

 木立に囲まれた温泉や、山菜やきのこの天ぷらは高級料亭(こうきゅうりょうてい)に匹敵するというのに、旅人に優しいお手軽価格。夕餉時(ゆうげどき)に旅芸人を招き、芸を(さかな)に食事を楽しむ趣ある温泉宿です。


 ワタシはその厨房(ちゅうぼう)の片隅で、芋をひたすら剝いておりました。

 ……ええ、聞き間違いではございませんよ。ワタシは当時、旅芸人をしておりまして。しかし座敷で芸を披露する事が叶わず、厨房に置かれていた。その状態から、邂逅(かいこう)の物語が始まったのでございます。

 料理の下ごしらえを終え、刃物を洗い、頭巾を目深に被り直して洗濯物の片づけへ。同年代の少女たちを横目に作業をしていると、彼女らの会話が耳に飛び込んでまいりました。


「ねえ、さっき女将のお客人にお茶を運んだんだけど。その人、なかなかの優男でさ……」


 宿で働く少女の中には、常連客に嫁として貰われる者も多くおりました。優れた容姿の客を見る度、会話に花が咲かせるのが宿娘たちの日常です。

 ワタシは会話に混ざらず、今日も賑やかだなァなどと思いながら聞いていたのですが、会話の主は、眉をひそめながら続けました。


「その人、男なのに巫師(ふし)だって言ってたの。確かに巫師の恰好をしていたし、見習いっぽい女の子も一緒だったけど」


「聞き間違いじゃないの?」


「本当だって。でさ、女将が依頼してた内容なんだけど」


 そこまで聞いた時、部屋の戸が開き女将が入って来たので、少女たちは慌てて作業に戻りました。

 ワタシは自分の手元にあった手拭いをたたみ終え、次の作業に移ろうとしていたのですが。


杏華(きょうか)。あんたに会わせたい人がいるから、着替えて客間に来な」


 女将に呼び止められ、ワタシは目を瞬かせました。


「ワタシに? 師父(しふ)たちの知り合いでございますか」


「いや。私が呼んだお客人だよ。腕が立つって噂の巫師(ふし)様でね。あんたに会って話したいって仰ってるんだ」


 くれぐれも失礼が無いようにと言って、女将は踵を返します。噂話をしていた少女たちが一斉にこちらを向いたので、ワタシは苦笑いを称えながら部屋を後にし、お客人がいるという客間に向かいました。


「お客様、大変お待たせいたしました。杏華でございます」


 声をかけ、返事を待って襖を開ければ、中には女将と、二人の客人がいらっしゃいました。

 一人は目深に頭巾を被り、銀灰色の長い髪を背に流した幼子(おさなご)。もう一人が──


月牙(げつが)です。初めまして」


 ──噂されていた、巫師の青年でございました。年は十九、二十歳あたりといったところでしょうか。なるほど確かに整った容姿の持ち主で、初夏の青空のような、柔らかくも凛とした気配を宿しておりました。

 しかし、右目を裂くように刻まれた傷跡、腰の刀は、神職として穢れなき姿を保つ巫師には似合わぬものです。いえ、そもそも……


(本当に男性で、巫師なのですね。若すぎるような気もしますが)


 当時の皇国において、高位神職を司るのは女性でありました。その時点で、月牙様は特異な存在だったのですが、加えて年齢。

 厳しい修行を終え、強い力を持つ者として認められた巫師というのは、大体が三十歳とか、それ以上の年齢に見える方々ばかりでした。なので、ワタシより四つ、五つ上程度の青年が巫師を務めているというのは、かなり疑わしいというか──まぁ、うさんくさい状況ではあったのです。

 しかし、青年が持つ鑑識札は、間違いなく正式な地位を示すもの。何より女将の指示でありましたから、ワタシは用意された席に座り、おずおずと言葉を紡ぎました。


「ええと、女将。ワタシが呼ばれたという事は、つまり」


「このお方に、あんたの怪祓(けばら)いをお願いしようと思ってね」


 予想通りの回答に、ワタシはがっくりと肩を落としました。


「ですよねえ。しかし、ワタシは本当に心当たりがないのでございますよ。ただ、いつも通りに座敷に上がって、それで」


「待った。僕たちは、まだ女将から詳しい事情を聞いていません」


 ワタシを制し、青年は穏やかな笑みを浮かべました。


「良ければ、君の口から事の経緯(いきさつ)を聞かせて下さい。なぜ、君に怪祓い──憑き物祓いの術が必要という話になったのでしょうか」


 一瞬の沈黙に煙がたなびき、囲炉裏(いろり)の炎がぱちりと爆ぜました。ちらりと女将の様子を伺いますが、軽く顎で合図されるのみで、助け舟は出そうにありません。


「本当に、お聞かせするのが情けない話でございますけども……」


 夕暮れの淡い光が床を照らす様を眺めつつ、ワタシは、ここ数日の出来事を語り始めました。

♢囲炉裏の煙

 昔の日本家屋は、煙で燻すことによって虫除けをしていたものの、虫害は相当酷かったらしい。筆者は調査地の布団のノミダニを回避するため、全身に虫除けを塗って寝袋に入って寝ていた。それでもやられた。

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