幻惑の村 中編05
「この村の人達も、稲鼠や魚の捕獲はするのでしょう。罠の使用は身近ではないのですか」
「そうでございますねぇ……」
様々な仕掛け罠を用いて、村の近くに暮らすものを獲って食う。これらは身近な行動ではあったものの、基本的には穢れを得る行為だと捉えられておりました。
「水に属する魚、風に属する鳥は、水源から与えられる恵みでございます。抵抗のある方は少ないでしょう。ですが、獣は火と土の領分……鬼獄に属するものですから、穢れ仕事と捉えられる事が多いでございますよ」
これは、皇国独自の考え方でございました。水や風に属するものは神聖、火と土に属するものは穢れに近いものである。
毛のモノ、即ち獣は基本的には火と土に属するモノでございます。
特にネズミは、穢れを運ぶ者として嫌われておりましたが、それらを狩る鱗蛇や毛長猫は、『水源の意思を運ぶ使者』『獣でありながら、人ともに歩む者』として神聖視されたのでございます。
「もちろん、生活上ネズミ取りは必要ですけども。基本は猫任せ、自力で取るなら、収穫祭の際に怪祓をお願いする。この辺りでは、そう言った考えが一般的でございますよ。月牙様のいた地域では、違ったのでございますか?」
ワタシの言葉に、月牙様は一瞬目を泳がせました。しばし沈黙、男性にしてはほっそりとした指で竹筒を撫でながら、青年は言葉を落とします。
「……そうですね。僕の故郷にも、もちろん属性と穢れの概念はあります。しかし、罠の使用は一般的でしたし、ここまで忌避感を示されるとは思っていませんでした」
「そりゃあ、怪物を自身の手で殺して見せろと言われて、臆さない村民は少ないでございましょう。今は、相手の姿すら分からない状態でございますよ?」
こちらを喰らう気で襲ってくる怪物。それを一刀両断できる胆力を、平穏な地に住む者にすぐ身に付けろというのは無理な話でございます。
ワタシの指摘に月牙様はばつの悪そうな顔をしましたが、直後。
「その割に、君は平然としていますよね」
こちらを不思議そうに見つめて来たので、ワタシは肩をすくめました。
「ワタシは流れの旅芸人。身分に属さぬ境界の者ですから、穢れ云々を今更気にはしないでございます。それにワタシは、月牙様がカマイタチを討伐するのを一度見ております。対処法がある存在を、過度に恐れはしないでございますよ」
「なるほど。僕でなくても……巫師や武人でない者でも対処可能だ、と示すのが効果的。そういう事ですね」
「え? まぁ、はい。それは事実でしょうが……」
月牙様は、じーっとこちらを見ておられました。最初はワタシの顔を見て、その次に腕を見て。悪戯を思いついた子供のように、悪どい笑みを浮かべるのです。嫌な予感しかしませんでした。
「月牙様、月牙様? 何やら、良からぬ事を考えておいでではありませんか?」
「君が何を言っているのかさっぱり。さぁ、罠を作りましょう。それから、君の腕の長さも測りますね」
「なぜ、罠を作るのにワタシの体格が影響するのでございますか⁈ え、無回答で満面の笑み浮かべないで下さいましやだー!」
にゃーにゃー騒いで抵抗してみましたが、「うるさいですね置いて行かれたいんですか」と脅されれば、観念せざるを得ず。
ワタシは渋々ながら、青年が並べた罠の材料に視線を落としたのです。
♢中型獣の捕獲2
アカナメは屋内侵入だけを被害として出しているものの、現実の中型獣は人家侵入と同時に畑被害、山の希少種の食害なども同時に起こす。『捕獲だけでは事態が収束しない』『取り逃した獣から、畑や希少種を守る体制をつくる』という前提のもと、対策計画が立てられる。




