表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/87

幻惑の村 中編03

 

 ──さて翌日。病人の皆様の面倒は時雨ちゃんとハヤさんに任せ、我々は斎ノ社(イツキノヤシロ)の外に踏み出しました。社の周囲には小川の涼気が漂い、露をよく含んだ植物が足元を濡らしておりました。


「来る時も思いましたが、社周りの見通しが少し悪いですね。沢も近く、ケモノに好まれる地形です」


 月牙様は、木立を見て顔をしかめました。

 我らが皇国、そして村々の聖域たる斎ノ社では、庭に巨石や針葉樹、それに水場などを組み合わせて聖域を表現する風習がございます。ですが、この辺りは谷の底。霧深くなる上に、苔や羊歯(シダ)、地衣類なんぞが樹々を覆ってしまうようです。


「沢沿いだと、怪物(ケモノ)が水を飲みに来るのでございますか?」


「水もですが、ケモノにとって沢沿いは非常に歩きやすく、エサも手に入れやすい場所なんですよ。冬でも雪にほとんど埋まらず、貝や魚も手に入りますからね。この村は裏がそのまま山に繋がっているので、ケモノの侵入経路が多いはずです」


「はぁ、なるほど」


 ワタシが周囲を見渡すのを待って、月牙様は社の壁に手を添えました。


「ここ、見えますか。建物の角に沿って、五本の傷が並んで刻まれている。柱や壁を登るのはカマイタチと同じですが、カマイタチは身軽ゆえに、微かな泥汚れしか残さない。対するアカナメは体重が重く、踏ん張りながら壁を登るため、爪痕が濃く残ります」


 指された箇所に顔を寄せれば、確かに白く細い傷が無数に刻まれておりました。何度も同じ場所を登ったからでしょう、傷が重なり合ってしまい、きれいな五本線はそう多くありません。


「んー。言われてみれば、分かるかもしれませんが」


「そのうち見慣れますよ」


 肩をすくめ、月牙様は村落の方向を振り返りました。


「社が大きな拠点の一つなのは、間違いありません。ですが、例えば向こうに見える家。茅葺(かやぶ)き部分に、穴が空いているのが見えますか」


 指差さした先には、参道沿いに並ぶ民家が一つ。屋根をきっちりと覆う干草に、なるほど小さな穴が空いておりました。


「あそこも恐らく、アカナメが入り込んだ後です。今から社の屋根裏に分身(わけみ)を飛ばしますが、屋根裏にいなければ」


「あそこか、その辺の茂みか、また別の家にアカナメが潜んでいる、と」


「ええ。彼らは幻惑能力で、自らの姿を隠します。今この瞬間も、家から家に堂々移動していてもおかしくはないのです。また、襲われた村人の数からして、複数(・・)のアカナメが潜んでいる可能性もあります」


 その言葉に、ワタシはぎょっと身を引きました。


「この小さな村落内に、複数頭でございますか⁈ 文字通りの悪夢でございますよ」


「ええ。ですので、取り逃さぬよう、この村にいるアカナメの最大数を確認します。その上で、今回は確実に捕らえるためにワナを仕掛けましょう」


 今、怪物がいない屋根は香を焚いて締め出し。アカナメの行動範囲を絞った上で、捕獲を試みる。

 方針に沿った行動のため、村長に調査の交渉と、ワナの材料調達を行います……と。ワタシの理解が追い付く前に動く月牙様に促され、ワタシは参道を降り始めました。


 ──その後はもう、とんとん拍子という奴です。

 関わりたがらない村人が大半だとはいえ、村を束ねる長の声には誰もが従います。警戒や罵倒、はたまた賞賛や感謝。どのような声を浴びせられても、青年は笑顔を崩さず、慣れた様子で事を進めておられました。

 屋根裏に分身神を飛ばし、村の地図を淡々と塗り進め。できる事はあるかと身を乗り出す、一部の村人達から協力を取り付け。夕刻には、村のほとんどを踏査し終えておりました。


「家に置いて回った護符は、怪物避けでございますか?」


 春の終わりが見え始めていたとはいえ、日が落ちれば涼やかです。夕暮れの道を歩きながら訊ねると、月牙様は振り返りつつ頷きました。


「ええ。即席結界ほど強力な効力ではありませんが、一晩襲われない為には十分な品です。結界を同時にいくつも展開するのは難しいので、一晩はあれで凌いでいただこうかと」

 

「なるほど。もう一点、質問よろしいです?」


「ええ、どうぞ」


 黄昏に灯るは竜沁が放つ淡い光。月牙殿の周囲に羽ばたく分身神です。


「家の周りをぐるぐるしないでも、最初からその子を使えば良かったのでは? その術式、視界を共有しているのですよね」


 見ていれば、月牙様の分身神は幻惑の影響を受けず、屋根裏にも容易に入り込めるようです。そんなものをぷかぷか浮かせながら、自分の目で家の壁を舐めるように見てたのですから、まぁ、手間に思えますが。


「僕一人ならそうですが。それだと、君や村民がアカナメの見切(みき)りを覚えられないでしょう」


「みきり」


「痕跡を追う、という意味です」


 分身神を外套の裾に匿い、月牙様は続けました。


「分身神は使用できる者が限られますが、ケモノの爪痕なら、村民にも分かりやすい証拠になるでしょう。痕跡の区別は、ケモノ対策における基礎情報。今後も僕に同行したいなら、見分けがつくようになりなさい」


「自信はありませんが……はぁい、承知でございます!」


「元気でよろしい。次は、もう少し信用しても良さそうな顔で言いなさい」


「エエ……ワタシはいつでも信頼と安心の歌運びでございますぅ」


 まだ稲穂も若い春の道。田んぼが水鏡となって、そよぐ若草とワタシたちを映しています。

 怪物がすぐそばに潜んでいるとは思えない、穏やかな一日の終わりでございました。

 さてさて。単調な作業の話を聞いていてもつまらない、と。あなたの顔が仰っておりますので、異なる話もそろそろ混ぜてまいりましょう。


 ニッケイ村への滞在、三日目の出来事でございますね。ワタシの記憶に深く留まったのは、月牙様の影のように寄り添う幼子、時雨ちゃんの事。そして、当時は大変珍しかった、『ケノ罠』の製作についてでございます!

 

♢個体数の確認

 この地域に何頭の動物がいるか。正確に把握するのは正直難しくて、勘以上のデータが欲しければ道具や分析などの技術が必要になる。月牙は分身神をびゅーんと飛ばしたらなんとなく分かるらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ