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幻惑の村 前編02

 我々が招かれた「社」というのは、正確には斎ノ社(イツキノヤシロ)と呼ばれていた施設でございます。我らが皇国の守り神を祀る神聖な場であり、小さな村落では人々が集う集会所の役割も兼ねていました。

 町場の中程度の社ならともかく、小さな村落で巫師を滞在させることは難しいですから、こういった村落の社では、たいてい村の年長女性や薬療師(くすし)社守(やしろもり)をしています。


 この村でも高齢の女性が社守をしてたはずなのですが、社で出迎えたのは若い娘がひとりだけ。

 似合わぬ礼装に身を包み、ひどく疲れた顔をしていたものですから、隣村に嫁いだ人の娘だと気付くまで、少し時間がかかりました。


「貴女が社守ですか?」


 月牙様の穏やかな問いに、少女はくしゃりと顔を歪めました。


「いえ、その。あたしは違くって。この村の社守の人は別にいるんだけど、」


旅人さん(・・・・)、その話は中で」


 村長が声をひそめたのは、村人たちを気にしての事のようでした。月牙様は小さく頷くと、笠を外して一礼。斎ノ社に上がりました。

 ワタシも続いて入りますと、香のにおいが鼻腔を満たします。太い木製の柱、端々を彩る透かし彫り。最奥部の祭壇には御神鏡(みかがみ)と、建国奏歌(けんこくそうか)を描いた掛け軸がありました。

 しかし、なんでしょうかこの違和感。見た目は普通の社なのに、長く留まりたくないような、飛び出したいような。背筋を走る悪寒と焦燥感に、ワタシはたじろぎました。


「この村では今、原因不明の憑き物にかかるもんが増えております。憑かれたもんは、鬼みたいな形相になって、他のもんに襲い掛かるのです」


 扉が閉まると同時に、村長は絞り出すような声を上げました。


「本来の社守は、最初に憑かれたうちの一人でしてな。今は、他の者と共に社の地下(・・)へ隔離しております。この子は社守の血縁で、社守の代理と、地下の者たちの世話をやっております」


 地下というのは、座敷牢の事でしょう。とんでもないとお思いになるかもしれませんが、当時は気の病への理解は浅く、また怪物が引き起こす(・・・・・・・・)症状も知られておりませんでした。時代の性、常識という事で、我々は納得せざるを得なかったのです。村長は地下に続く階段を一瞥してから、淡々と言葉を続けました。


「何度か町の巫師をお呼びしたんじゃが、それでも被害は続いとる状況です」


薬療師(くすし)には診せましたか?」


 医学的な治療の結果を聞かれた村長は、鼻を鳴らしました。


「身体には異常がないので、憑き物の影響だろうと。巫師は、怪祓(けばらい)の儀は成功していると仰っておりました」


 打つ手がない。そう呟く村長の声には、あきらめと失望の色が滲んでいました。病を治す薬療師、穢れを祓い、神聖な場を守る巫師。彼らに頼ったところで、状況は変えられないまま悪化していく。狂う者が増え、人手も足りなくなっていく。あの村は、そんな絶望的な状況だったのでございました。


「……お話、ありがとうございます」


 月牙様は、村長の言葉を聞いても落ち着き払っておりました。顎に手を当てながら、静かに質問を重ねます。


病人(・・)の方々ですが、主な症状は錯乱し、他者に攻撃性を示す。声をかけても通じない……という事で間違いなかったでしょうか。他に共通する特徴はありましたか? 例えば、直前に不安を訴えていたとか、身体的な不調があったとか」


 月牙様は、部屋の隅に視線を移しました。先ほどの女性(オニババ)は座布団の上に寝かせてありますが、腕をやわ布で縛った状態でございました。


「こんな状況だから、村のもん皆が不安がっとるよ」


 村長は、暗い顔で答えます。最初の一人を発端に、気付けば会合に姿を見せなくなり、畑にも出て来なくなったと思い声をかけにいけば、錯乱し襲い掛かってくる。疑心暗鬼になってしまい、互いの状況を把握できていない。村長の言葉に頷いた月牙様は、社守代理の少女を振り返りました。


「彼らの世話をしているのは君でしたね。何か気付く事はありましたか」


 月牙様の声に、社守代理は可哀想なほど肩を跳ねさせました。


「知っている事は試したよ……じゃなくて。試したんですけど、原因は分からなくて。でも、地下にいてもらうのは、もっと良くない気がするっていうか」


 少女が言いたいことは、ワタシと同じなのではないか。この建物に感じる形容し難い気持ち悪さを、彼女も感じているのではないか。そんな気はしたのですが、仮にも社守の代理を務める者が、社を貶める事を言えるわけもないでしょう。

 少女が俯いてしまったのを見て、月牙様が言いました。


「……村長。そちらの女人と、社を調べる許可をいただいても? 無論、社守の許す範囲で構いませんから」


「構わんがね。あんたが本当に巫師だというなら、まず最初に御神体……御神鏡(みかがみ)の浄化をお願いできるかね」


 村長が振り返って示したのは、社の最奥、祭壇に祀られた鏡です。大いなる水源の力、神威(しんい)を宿し、常に淡く輝いているはずの御神体ですが、その光は弱弱しく、季節外れの蛍のように明滅しております。


「普段は竜創祭で浄化をお願いして、一年くらいはもつんだがね。すぐに光が弱って、加護が消えかかる。儀を繰り返しても、すぐ消える。その繰り返しなんじゃ」


 やれるものならやってみろ、と。挑戦的な言葉の中に、強い諦めと拒絶の気持ちがにじんでいるのがワタシでも感じ取れました。

 村人たちの変わり果てた様子、村長の擦り切れた様に戸惑いはありましたが、ワタシは身を乗り出し、口を挟みました。


「村長、村長。御神鏡洗(みかがみあら)いは、巫師でも高位の方をお呼びして執り行うもの。巫師様はもちろん、村の側でも、それなりの道具や準備が必要なものとお見受けしますけども」


 村側の準備。端的に言えば供物の準備と謝礼金でございます。こういった祭礼の準備は一年かけて、村を上げて準備するものと聞いておりましたし、祭りにいらっしゃる巫師様がたも美しい礼装に身を包んで現れておりました。

 そういった祭事を、いかにも旅の途中ですといった様相の方に「今ここでやってみろ。ちなみに無料でな」というのはさすがに失礼が過ぎるのでは、と。そんな意図での発言だったのですが。


「良いですよ」


 青年は、あっさりと頷きました。


「月牙様、大丈夫なのでございますか?」


「儀礼部分は略式になりますが、一時的な神威(しんい)の回復なら手持ちの装備でも可能だと思います」


「いえ、そういう事ではなく……」


「え、御鏡洗い、やってくれるんですか!」


 渋るワタシを押しのけるように、社守の少女が身を乗り出しました。


「嬉しいです! 言われた通りの管理はしてるんだけど、あたしじゃどうしようもなくて。詳しい人に見て貰えるんだったら!」


神鏡(かがみ)が弱っている原因を解決しなければ、一時的な解決にはなりますから。そこはご承知おき下さいね」


 問題ありませんか、と優男が微笑みます。まさか首を縦に振るとは思っていなかったのか、村長はかなり悩んでいる様子でしたが、やがて諦めたようにため息をつきました。


「この村に旅籠はないので、ここに泊まっていただく事になります。社守の許可する範囲で検分してくだされ。御神鏡洗いの御饌(みけ)と、あなた方の食事は、後で持って来させます」


「ありがとうございます」


 月牙様が深々と礼をしましたが、時雨ちゃんは明後日の方向を眺めておりました。村長はそんな彼女を見咎めるでもなく、踵を返します。戸が閉まり、沈黙が一瞬挟まれた直後。


「いちおうお伝えしておきますが。今の時刻なら、村を抜けて一気に宿場に抜ける事も可能でございますよ」


 ワタシが言い放った言葉に社守代理が「なんでー⁉︎ 」と叫び、月牙様は苦笑しました。


「君、意外と気が強いですよね。ありがとうございます」


 しかし、と。青年は祭壇に向き直ると、表情を改めました。


「今回もケモノの害のようですから、宿場に向かうのは対策を終えてからにします」

♢斎ノ(イツキノヤシロ)

 朔弥皇国における神社。御神鏡と呼ばれる、加護を宿らせたいわゆるご神体が祀られている。この国では旅人の仮宿、公民館や座敷牢を兼任している場合がある。扱いもうちょっと考えようよ。

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