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幻惑の村 前編01

 ニッケイ村は、水が豊富な谷の村。ワタシが居候(いそうろう)していた宿から、山を越えた位置に存在しておりました。主街道からも少し外れ、人通りの多くないこの村落を目指した理由は、月牙様いわく「立地が気になるから」。

 当時は言葉の真意をいまいち理解できませんでしたが、ワタシにとっては馴染みの土地のひとつでございました。なので、少しでも月牙様のお役に立って、好感度を得ようなどと考えていたのですが。


「ああ、あ、あああぁあッ!」


 道に出た瞬間、村人が脳天めがけてナタを振り下ろしてくる猟奇的な土地に変わっていたとは想定外。髪を振り乱し、奇声を上げ、叫ぶ老婆の表情は狂乱でいて虚無。まるで、何者かに操られているような有様でございました。

 顔見知りの狂った様にさすがに動揺しましたが、このまま頭で瓜割大会(うりわりたいかい)を開かれてはたまりません。何とか迎え撃とうとしたその時、横をふわりと風が吹き抜けました。


「下がりなさい」


 清流のような白と青が視界を埋めます。それは、月牙様が翻した外套(がいとう)の色でした。

  突き出されたナタを危なげなく躱し、竜沁を纏った手刀をふわりと首根に触れさせる。力なく倒れた女性を支えるまで、ほんの一呼吸の間でございました。


「か、感謝でございます」


 さすが刀を下げているだけはあって、無駄のない美しい動作でございました。動揺の収まらぬ中、恐る恐る青年を見上げると。


「……なぜ世の女性は、怒るとナタを持ち出すんですか?」


 ワタシに勝るとも劣らないびびり顔で、老婆の事を見下ろしていらっしゃいました。


「いや、主語が大きいです月牙様。ワタシ、怒ってナタを振り回した経験なぞございませんし、今回が初遭遇でございます。そんな頻繁にオニババ襲来する人生なんてございますか?」


「……」


 緊張をほぐそうと放った冗談に対して、絶妙に目を逸らされました。月牙様にとって、オニババはその辺に生えている物だったようです。世界の広さを感じた第一歩でございました。


「──あんた、大丈夫かね!」


 そんな会話をしていると、慌てふためいた様子の村人が駆け寄って参りました。陽光にきらめくのは皇国の守護神、水竜を模した首飾り。この村の長です。


「申し訳ありません、突然の事でしたので……少しすれば、目を覚まされると思います」


「いや、いや。旅人さんにお怪我がなくて何よりじゃが」


 村長は周囲を見渡しました。家から顔を覗かせる人々は、みな一様にやつれた顔をして、青年を暗い目で見つめております。

 よそ者として警戒されているというよりは、単純に村に入って欲しくないような。いやな感情が渦巻き、空気が張り詰めておりました。


「申し訳ないが、いま、村では憑き物が流行っておる。山越えしてきた旅人さんを、追い出すような真似はしたくないのだが……」


 村から出て行ってくれ。その言葉が、村長の口から飛び出す前に。


「村長、お久しぶりでございます!」


 ワタシは月牙様の影からひょっと顔を出しました。驚く村長にひとつ頭を下げ、ワタシは青年を手で示しました。


「この方は年若くも優秀な巫師様でございますよ。ワタシ、女将の依頼でこの方を案内してきたのです」


 村長と月牙様の表情が同時に「何を言っているんだ」と言っていましたが、あえて無視。小さな村で信用を満たすのは、公文書よりも見知った人間の口コミです。なんだなんだと集まってくる人々に向けて、ワタシは笑顔のまま続けました。


「その証拠に、この方は旅館の怪異事件を解決してきたばかり。依頼完了を証明する証文集にも、女将の印がございますよ。月牙様、もし問題がなければ証文集を村長にお見せして……」


「──いや、いい」


 村長は眉をひそめ、しかし村人に老婆を預かるように指示し、我々に手招きしました。


「こんなところで立ち話もなんじゃから、我らの(ヤシロ)へ。巫師だというなら、その方が落ち着くじゃろう」


 本当に巫師なら、社への礼を欠かさない。詐欺師ならボロが出るだろう。端的に言えばそういう意図でございますね。口調はともかく、だいぶ失礼な物言いにでしたから、ワタシはひやひやしながら青年を見上げたのですが、青年は慣れたふうに肩をすくめたのみでした。


 ──こうして我々はひとつ目の村に辿り着き、新たなケモノと退治する事になりました。

 いや、しかし、村々の中に入り込み、勢いを増した怪物の所業は恐ろしい。ワタシはこの村で、ケモノの恐ろしさを初めて味わったのでございますよ。

♢水系依存

 川沿いに移動する傾向が強い動物に対して使う単語。特にアライグマに用いられる。ただ、たいていの動物は歩きやすい河畔林沿いに移動するのを好むので、川があれば大型動物の移動経路とみなす場合も多い。

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