第5話
こんな洞窟に竜がいるなんて驚きだ。
僕も竜騎兵を目指すくらいだから、竜の基本的な性質は心得ていた。狭い穴蔵よりも、広々と開放的な平地や空中を好む生き物だ。
また、若草に近い薄い緑やこの深い森みたいな濃緑色など程度の差はあるものの、肌の色は緑のはずだった。
ところが、この竜は黒い色をしている。最初は暗い洞窟の中だからそう見えるだけかと思ったが、近寄って魔導ランタンで照らし直しても真っ黒。漆黒や暗黒という言葉が浮かぶほどだった。
そうして観察しているうちに、竜の方でも僕の存在に気づいたらしく、閉じていた目を開きながら首を上げる。まるで蛇が鎌首をもたげるみたいで、思わず後退りしたくなる怖さだった。
黒竜は鋭い眼光で僕をにらみ、声をかけてくる。
『ほう、人間か。ちょうど良いところに現れたな』
「ええっ!?」
びっくりして大声を上げてしまう。腰を抜かすほどの驚きで、実際その場に尻もちをついたくらいだ。
でも頭の一部は冷静だったのだろう。竜の声には強い違和感を覚えて、それを具体的な言葉にも出来た。
だからすぐに立ち上がり、落ち着いて問いただす。
「今のは『声』じゃないですよね? 脳内に直接、響いてきたような……。もしかしてテレパシーですか?」
他人の頭の中まで言葉を届けられるというテレパシー。最上級の魔導士のみが使える特別な魔法だ。
卓越した使い手ならば、送信だけでなく受信も可能。相手が声に出さない脳内思考まで読み取れるらしい。しかしそれは他人の心に無断で踏み込む行為であり、固く禁じられていた。
もちろん人間のルールに過ぎず、竜には適用されないだろう。そもそも竜がテレパシーを使うこと自体が驚くべき話で……。
そこまで考えたところで、大切なことに思い至る。とにかく最初から奇妙な点の多い竜なのだから、まず尋ねるべきは包括的な質問だった。
だから竜が答えるより先に、急いで質問し直す。
「いや、それよりも教えてください。あなたは一体、何者ですか?」
僕は元々竜が好きで、実物の竜を見たこともある。その時は親しみを込めて「お前」呼びだったが、今この黒竜に対して「あなた」なのは、自然に敬意が生まれたからだろう。
そんな僕に対して、竜は平然と返してきた。
『見ての通り、我は竜だ』
「それはわかります。だけど……」
居場所や体色、テレパシーの件など。明らかに普通の竜とは違うからこそ、僕は尋ねたのだ。
『うむ、では名乗ろうか。我は……』
広かった洞窟が窮屈そうに見えるほど、大きく翼を広げながら、竜は悠然と告げる。
『……ゲイボルグ。汝ら人間が魔竜と呼ぶ種族の一匹だ』