番外編、そのエルフは何年生きたのか
「なぁ、エメラルダ。突然でなんだがお前の年齢って幾つなんだ」
俺は不意にこの数か月ずっと気になっていた疑問をパーティのエルフへと投げかけた。
突然の問いを投げつけられた彼女は少し困った顔をしている。
「ショーター……それは、えっとね、それはどういう意味?」
いや、これは、少し怒っている。
「待ってくれ、この質問にそういった意図はないんだ。あくまでも個人的な疑問に答えが欲しくて」
「ショーター疑問とはなんだ、興味がある」
同じくパーティのドワーフであるダイアンが話に食いついてきた。
「ああ、解った、とりあえず疑問について共有する前にまず前提となる話をしよう」
「よし来た、苦黒水の準備をする」
「私ミルク入れてね」
このパーティはこの手の流れが速い、ダイアンは飲み物の準備を始め、エメラルダはみんなの椅子を準備し始めた。
「手を動かしながら聞いてもらって構わない少しずつ話していく。まず俺が以前いた世界ではエルフという存在は実際にはいなかった」
「うん、それは以前聞いたね」
「そうだ、主に創作物の中の存在であって基本的な人種というのはここで言うヒューマンに限定されていた」
「ちょっと待って前提から話の腰を折っちゃうんだけど、それってちょっとおかしくない」
「なにがだ?」
「ううん、ちょっと言語化しにくいんだけど、エルフは実在していないのに物語上では存在しているってことでしょ、絶滅したとかではなく元々いないものが物語上にはいるのって少しおかしくない? ニュアンス伝わってる?」
言いたいことはなんとなくわかるが言語化しにくい。
「そうだな、ちょっと整理すると俺の世界の一般的なエルフというイメージは、13……あー……700年前ぐらいの神話が原典になっていて、それを50年前ぐらいの作家が改めて形にしたものをさらに近年の作家が拾っていったものが広がっているんだ、もちろんそこにはこういった異世界が存在していたっていう前提は無い。まぁ、もしかしたら700年前にここのエルフが俺たちの世界に行っていてモチーフになっていた可能性はある……が、基本的にここのエルフと、俺たちの知っているエルフは異なる起源から発生したにもかかわらず似通っている概念、として捉えたい……大丈夫?」
「……まぁ、解った」
「うむ、理解できる」
「でだ、現代、俺のもといた世界の現代で広がっているエルフという種族は基本的に耳長、長命、美形、そういう感じの種族だ。森に強めの執着を持っている物も多い」
「おおむね私たちの特徴と類似しているね」
「うん、ただ長命とは言うんだけど、その年齢設定は結構ムラがあって数百年生きる者から、数千年も生きている奴もいる、それらは作品ごとによってだいぶ異なっているというのが正直なところだ」
「そこに今回の疑問とやらが潜んでいるわけだな」
ダイアンは話が早く助かる。
「そう、俺の疑問は大きく分けて二つある。一つにそんな長命である生き物が持つパーソナリティや人間性が……言葉を選ぶんだが割と幼いことが多い、年齢に対してということだけどこれにはとても違和感がある。もう一つにそんな長寿の生物が同じ文化や文明を維持したまま長期にわたり文明を維持……これは衰退もそうだけど発展もしないで維持しているという事に疑問がある」
「ちょっと待ってくれ、一つずつ整理していこう」
ダイアンは苦黒を口に含み、全体の流れを整えた。
「まず一つ目の疑問に焦点を絞ろう、一つ目の疑問はショーター、お前にとってエメラルダは年齢のわりに幼すぎるのではないかという話で間違いないか」
「ああ、彼女がその表現に腹を立てている事を除いておおむね問題ない」
「ちょっと、ちょっと待って」
「寿命に応じて何歳相当……ええと種族がヒューマンの何歳程度に相当するという概念があるのはまぁ理解できるんだが、それはそれとしても1年の長さは変わらないだろう、数百歳生きている高度な知性を持った生物が同じく数十年生きた生物と同程度の人間性しか持っていないというのは明らかにおかしいと思う」
「それはワシも感じていた。仮にエメラルダが100歳としてもそこには少し違和感が生ずる。それが仮に森にこもっていて閉鎖的な生活をしていたとしてもだ。ワシは124歳だが年齢の近い相手とは思えない」
「違和感は感じるんだが残念なことに俺の世界にはヒューマン以上に長寿の知的生命体は存在しなかった。なので感覚的にそれを理解することが出来ない、違和感があるというのはちょっと誇張した表現であって、正確には違和感があるような気がしている、程度の内容なんだがそれがずっと気になっていた」
「お前の世界でもそういった疑問を持つ者はいなかったのか」
「居た、なのでそこにいろいろな物語設定が付随した。さっき言った森の中の極度に閉鎖的な種族だったり、宗教的な協議に強く縛られていたり、生物的に外部への興味が目立って希薄だったりと色々なんだが、それでもなんか釈然としていないんだ。あと、この世界での設定を知りたい」
「設定いうな。解った、解ったから待って、ちゃんと説明するから」
何か言いたそうにしていたエメラルダが俺たちを遮る。
「一応聞いておくけど二人はポリモルフ実験を知ってる?」
「いや」
「知らんな」
「じゃあその説明からするね、ポリモルフはいわゆる変身術の一種なんだけど、基本的には同一種族の別人物への変身が基本とされているの、というかそういう魔法なの。でっ、それは別に別種族への変身が出来ないという事ではなくて、それが危険だから禁止されている。その禁止されるインシデントになったのがポリモルフ実験ね」
「解りやすい、続きを頼む」
「ん、ポリモルフ実験はポリモルフ魔法の完成から間もない時期に行われた臨床試験の俗称なの、基本的に魔術が世の中に出るまでにはその安全性や危険な利用法について十分な基礎研究が行われた上でそれが行えないように呪文を調整したうえで流通する形式をとってる。だから今私たちが使えるポリモルフは言ってみれば調整版ポリモルフであって、本物のポリモルフ呪文は本当に限られた一部の人物しか扱えないようになっていて、もちろん唱えることは許されていないし、持ち出すことも、当然取り寄せることもできない、これらに反した場合は基本的に死罪になるから気を付けてね、本物のポリモルフの内容については本当に最重要の秘匿だから口外しないでね」
「なんでそんなこと知ってるんだ」
「それでそのポリモルフ実験とは具体的に何なのだ」
「うん、ポリモルフ実験は非常に多岐にわたる変身実験が行われたの、他種族、あるいは非生物への変身など、その過程で判明した存在が『大いなる時間』の存在」
「大いなる時間?」
「平たく言えば生物種ごとに流れている時間が異なるという概念ね、それまではその生物の体格や体重などによって時間感覚は定められているとされていたのだけれど、ポリモルフの開発によってそれが異なるかもしれない可能性が生まれた。それが大いなる時間」
「まだ具体性が見えない、もう少しかみ砕いてくれ」
「例えば短命のフェアリー種が空を飛んでいるとき、私たちはそれを目で追いかけたり捕まえたりするのって相当に困難でしょ」
「そうだな」
「フェアリーも私たちと普通にコミュニケーションが取れているから時間感覚に大きな差はないと思われていたんだけど、ポリモルフ実験によってそれは間違いだとわかった、端的に言えばフェアリーに流れる時間は非常に早く、結果として言えば周囲の物は一種のスローモーション状態で見えていたってこと、その早いか遅いかの感覚の差異が種族ごとに異なっている、正しくは感覚どころではなく生き物は種族ごとに流れている時間が違うという事が解ったってこと」
「見えてきたぞ、つまりエルフにとって周囲はすごく早く見えているという事か」
「少し待ってくれ、それは、少しおかしくないか?」
「なんで?」
「だって、そんな時間間隔に差があったら種族間でのコミュニケーションに問題などが出ないだろうか、それにそんなに差があったら種族間のコミュニケーションでもっとその大いなる時間は早い段階で明るみになっていたと思うんだが……」
「そう、それはまぁ、もっともなんだけど、この感覚は基本的に生まれつきのもの、例えばショーターは自分が感じている時間間隔に疑いを持ったことはある? 鳥の飛ぶ速度や魚の泳ぐ速度そういった物がこの速度はおかしいのでは、と思ったことは?」
「……ない、な」
「そういう事なの、エルフにとってもフェアリーにとってもそれが速いもの、遅いものだとは感じた事はなく、そういうものとして生きていた。私もこの事実を知るまでは、それまではそういうものだとして特に気にすることは無かった。ポリモルフ実験は不幸なことにその大いなる時間を飛び越えてしまった初の事例だったの、被験者はどうなったと思う?」
「あまり考えたくないな」
「んふ、寿命が比較的近い生物はまぁ、何とか順応することが出来たんだけど、エルフになったヒューマンは周囲が凄まじい速度で進んでいくことに耐えられずあっという間に廃人になったそうな」
「まぁ、そんなところだろう」
「古い研究にマムル種の心臓の鼓動は種を問わずおおむね一生で同数であるというものがあるの、これもつまるところは大いなる時間に連なる事象とされていて、流れている時間によって心臓の動きが異なるとされているの」
「それちょっと聞いたことあるな、俺の世界でもな、哺乳類の心臓のやつだ。エルフもマムルなのか?」
「厳密には違うんだけど、大いなる時間の指標としてヒト型の心臓を持つ生物はそれをひとつの指標にできるという感じかな。もちろん例外もいるらしいでけど。ちなみにエルフの拍動はとてつもなく遅いの、だから私が意識を失っていても心拍で生きているか確認するのは辞めてね」
「そうしよう」
「結局のところエメラルダが子供っぽいのは相対的に経過している時間が少ないからという事で良いのだろうか」
「一部復唱しかねるけどおおむねそういうこと、ちょっと夢を壊すようなことを言うと他種族がクールと思っているようなタイプのエルフは基本的に周囲の情報を拾い切れなくてそもそも無視してる……というか追いかけるのが疲れるし追いつけないからボーっとしているだけなんだよね」
「それはあまり聞きたくなかったな」
「私は自分で言うのもあれだけど比較的マメで社交的なタイプのエルフなの、周囲の情報を必死に受容しようとするとエルフの時間間隔だとてんてこ舞いになっちゃうんだよ」
「ああ、なるほど、なんとなくわかる気がする」
「頑張っているのだな」
「だからってあんまり子ども扱いするのは……」
そして無事一つ目の疑問は片付いた。
話に夢中になりすぎて苦黒が冷めていることに気が付く。
有意義な時間だ。
「それでは、もう一つの疑問に移ろうかの」
「そうだな、改めて説明しよう」
「長寿の生物が同じ文化や技術水準を維持したまま長期に渡って文明を維持していることに疑問がある、解りやすく説明したいんだがこの世界で明確に寿命が解っている長寿の生命体の個人はいるか?」
「適切なのは聖教皇だな、彼は竜族であり中央正教会のトップの座に2000年以上君臨している」
「それは判りやすいな、俺が元々いた世界は一人の聖人の誕生を起点に一つの歴が始まっていて俺はその2020年にいた。2000年前というのは今のこの世界の時代より文明的に劣る状態だったが、この2000年で様々な部分で文明は発展した。以前見せたタブレット……ええと、あの映像板もその一つだ。ただこの世界はおそらくその2000年前から大きく社会的な基盤や生活風習などが変化していないのではないだろうか、それが事実ならそれはなぜだろうか、という疑問だ」
「なるほどな、確かに教皇の説教を事実とするならばこの世界は3000年間同じような生活を続けている、人々の多くは農業に従事し、あるいは魔物を討伐して生きている、貧困は減ってきているものの生活をやりくりするだけで多くの人々の人生は終わる、生きるための人生がその多くであり学問などを志せる人間は極僅かだ」
「魔物の存在が発展を阻害しているんじゃない? ショーターの世界に魔物はいなかったんでしょ?」
「俺もそれは考えた、でも俺は人間ってのは常に進歩や生活を豊かにする努力を惜しまない生命体だと思っている。それがたとえ異なる世界であっても長い歴史があれば文明は発展し豊かになると思う。それは魔物を討伐する技術にだって言える、争いや生命を守ることは特筆して技術を進歩させる要因となるからだ。だがここは2000年間中世ヨーロッパだ、それは少しおかしくないだろうか、何らかの関与があるのではないか」
「ヨーロッパってなに?」
「うむ、それについてはワシが少し答えを持ち合わせている」
「ぜひ話してくれ」
「もちろんだ、ただそこには一度この世界の歴史を説明する必要がある」
「大戦の記録ね」
「その通りだ、500年ほどさかのぼる話になるがこの世界を二分するような大戦があったとされている、細かいことは端折るがドワーフ族はその大戦で魔王側につきそして敗れたのだ」
「魔王側だったのか」
「そこも色々と面倒でな、元々は魔王などとは呼ばれていなかったのだが、戦後当時の聖王が敗戦国の王にその名を与え歴史に記したらしいのだ」
「ああ、そういう……」
「話を戻すとドワーフはその後の戦後処理で多くの技術を没収、正しくは破棄させられた、二度と軍事転用できないようにという部分もあるが、聖王国や魔法王朝には理解できない、扱えないものが多かったんだろう、彼らにも理解が出来た魔道具の生成や鍛冶産業などは生き延びたが、機械細工などを作る技術はその時点でほぼ完全に失われたのだ」
「少し話が見えてきたぞ」
「聡いな、技術というものは大樹のようなものだ。いきなり何もないところからは生まれず既存の技術があってこそ次の枝葉が増えていく、そしてその進歩は指数関数的に加速していくが、焼かれてしまった木はそれ以上伸びない。以前お前が話していたがお前の世界では鉄の箱が空を飛び、地を走り、海の上を泳ぐそうじゃないか、それはおそらく我々ドワーフがいずれ生み出すハズであった産物なのだろう。だがこの世界でそれはもう生まれない。代わりに転移魔法の開発からテレポーターの技術が発展しそれなりの学を持った人物なら杖一つでどこへでも行ける時代が近づいている。それは大きな変革となるだろう。農作物を移動する時間が大きく減りその時間で人々は学問をすることが出来る。学問を行うことが出来る人間が増えればより多くの人が技術発達に参入しその速度は加速していくだろう。人工石造りの巨大な建物も、星の海を進む筒も、そしてその板もこの世界ではもう生まれない、だがいずれ遠回りかもしれないが魔法がそれを成すだろう」
「この世界はこの世界なりの方法で同じように2000年発展を続けていたってことなのね、見栄えは変わんないからあんまり意識しなかったな」
「そうか……この世界は種族によってある程度技術の得手不得手がある、技術進歩が種族やその風習によって縛られているんだ……俺の世界にも戦争はあったがそれはどちらもヒューマンの争いで、仮にどちらかが敗れても、仮に相手を根絶やしにしたとしてもその技術体系すべてが失われるようなことはなかった、過去の戦争でも両陣営にドワーフがいればどうはならなかったかもしれない」
「だがそうはならなかった。当時のドワーフ技術は完全に失伝した、今でこそ教皇の力添えによりドワーフの地位は回復しつつあるが、それでも自由に職に就くことなどはできず部分的に差別はいまだ続いている」
「俺が機械工学に詳しければ……」
「ショーターよ、それはよそう、正しいあり方ではない」
「……すまない」
「そうさな、さっき技術は指数関数的に伸びていくと言ったが今魔法王朝では魔法人間というものが問題になっているらしい、魔力によって生み出され人よりも賢く強い存在だそうだ。最先端のゴーレム技術の結晶と言うが、ワシはどうにも恐ろしさを感じる。何らかの破綻が迫っているのかもしれないな」
「いや、それはシンギュラリティが迫っているんじゃ」
こうして少し湿っぽくなりながらもふたつめの謎にもなんとなく答えが出たような気がした。
あくまでもこの世界での設定ではあるが、それが解った事だけでも大きな前進でありこういった回答が用意されていることに喜びを感じた。
冷えた苦黒がいつもよりも少し苦く、それでも心は晴れやかだ。
「ああ、楽しかった、おかげで疑問にもだいぶ整理がついた気がする」
「それは良かった、ワシもこういった話は大好きだ。また疑問に思うことがあればぜひ議題に上げてくれ」
「そうね、私もいくらでも付き合うから」
「ああ、頼もしい。ところで話を戻すんだが結局エメラルダは何歳なんだ?」
「ア゛ッそれまだ引っ張る?」
「ならワシが良いものを持っている、この今見の遠見筒は対象の年齢を可視化することが出来る、ちなみにショーターは24歳だ」
「正解だ」
「ぎぃえ!? や、待って、待って! 絶対に見ない方がいいからダイアンのためだからっ、見ないで! 見なッ!!」
「ヤダ」
ダイアンがその筒でエメラルダを覗き。
そして動きが止まる。
「……え」




