65 駅までのチェイス
「では、出発いたしますので、ちゃんとシートベルトを締めてください」
レオーネさんに丁寧な口調で言われる。この人の運転で本当に追いつけるんだろうか?
しかし、ちゃんとシートベルトついてるのすごい。信頼性がどのくらいか分からないけど。
締め方がわからないのかオロオロしているレオナルド。引っ張って金具にカチッと締めてあげる。
「ありがとうございます」
「外す時は、ここを押してくださいね」
「どうして知っているんです?」
その答えを言う前に、車はスキール音を響かせながら急発進した。あまりのGに座席に押し付けられる。
え、運転荒くない? もっと静かに発進するものだと思ってたわ。やっぱり、半クラとか難しかったんだろうか? 静かに発進したらエンストとかするんだろうか? そんな疑問がいっぱい頭の中に浮かんだけど、それを考える前にどんどんと車が加速していく。芝生が抉れる抉れる。くっきりと轍ができているわ。
倉庫から門まではそれなりに距離があるけど、もう3速まで入れてる。
開きっぱなしの門をそのまま通るのかと思ったら、2速に落とし、サイドブレーキを引いて車体を真横にしてドリフトしながら通過した。滑るように道路の左側へ滑り込む。そのままのスピードで馬車を一台、二台と抜いていく。御者のおっちゃんがぎょっとした目で驚いていた。
下が石畳だからか、結構振動がすごい。
「わ、わ、わ、わ、わ」
横を見るとレオナルドが跳ねながら驚きの声を上げている。シートベルトをしていても子供だし、上半身は揺れる揺れる。何かに捕まればいいのに。
細っそいタイヤでよくドリフトできるなぁ。アニメで見るような動きをしているが、外れないんだろうか?
しかし、カウンターを最小限に抑えているからか、滑りながら曲がってもちゃんと前に前に進んで行く。この執事の人運転荒いけど上手いなぁ。子供乗せてする運転じゃないけど、一応緊急事態だからだろうか? ソフィアは特に文句を言っていないからこれが普通の可能性も有り得る。
凄く早く感じるけど何キロくらい出てるんだろう。メーターを覗こうとするが、見づらい。えーっと、35キロくらいかな?
「ねぇソフィア、これってキロ? マイル?」
「マイルなんて欠陥単位使うわけないじゃないの」
だよね。ということは、マックスで40キロくらいしか出ないのかな。だから、速度の落ちないような運転しているのか。納得。
エンジンの甲高い音がずっと鳴り響いている。こんな運転してたら燃料減るの早くないんだろうか?
「ねぇソフィア、ガソリン大丈夫なの?」
「こんなときにする質問じゃないでしょうに。えっとね、ガソリンが手に入りづらいからバイオ燃料使ってるわよ。そっちのが手に入りやすかったのよ。もう舌噛むから黙ってなさい」
「はい…」
微妙にハイテクな技術使ってるんだな。このままいったら完璧な電気自動車とか先に作っちゃいそうね。というか、ガス欠しないかを聞いたんだけどな。
そんな感じで進んで行くと、前方にお姉様達が乗っているであろう馬群が見えた。
その遥か先頭に泥棒の姿が見えた。
「お嬢様、左から曲がっていけば、丁度駅の前で挟み込めるかと…」
「えぇ、それでいきましょう」
クイッと左へドリフトしながら曲がる。そしてすぐに右にハンドルを切り真横に車体を傾ける。左前方にスライドをし、一際大きな通りに出た。
そのままアクセルを踏み込み駅へ向けて走り出した。
しかし、これまでの荒い運転に車体が耐えきれないのか、先ほどからカタカタ、キシキシいっている。走ってる途中で分解とかしないよね?
途中で静かになったなと思って、思い出したようにレオナルドを見ると、青い顔で下を向いていた。これ絶対やばいやつだわ。
レオナルドがギブアップするのが先か、駅に着くのが先か、ものすごくハラハラドキドキする。頼む。頼む保ってくれぇ…。
*
駅の前にスライドするようにドリフトし停車する。
停車と同時にレオナルドが飛び出すが、どうやら堪えたようだ。こんなとこで粗相されても手に負えない。
ソフィアも車から降りると同時に、車の車輪が外れ、ボンネットから煙が上がった。他にも車の部品が外れそうになっていたり、落ちているものもある。ギリギリ保って良かったぁ。
中でレオーネさんがハンドルにがっくりと凭れ掛かっている。まぁ、石畳の上であんな運転してたらそりゃあ壊れるよね。横転しなかっただけマシよね。
ソフィアは「改善の余地があるわね」なんて言っているけれど…。
しかし、まだ駅の方には到着していない。もしかしたらここに向かっていたわけではないのかもしれない。
「レオ様、大丈夫ですか」
「な、なんですかアレは…。拷問器具か何かですか?」
「違うわよ、失礼ね」
普段の用途と違うからしょうがないね。レオナルドにはまた一つトラウマが出来たようだ。
そうこうしていたら、ちゃんと泥棒がやってきた。先回りは成功ね。馬を降りたらとっちめましょうか。と、思っていたら、馬に乗ったまま駅の構内へと入っていった。
「嘘でしょう…。普通ここで馬から降りる筈でしょ?」
後から追ってきたお姉様達もそのまま突っ込もうとしたらしいが、私たちを見てギョッとして馬を止め、降りて近づいていきた。
「どうしてクリス達が先にいるのよ。ちゃんと待ってないと危ないでしょう?」
「いや、まぁ…。はい。そうですね。でも、こんなとこで話し込むより追いかけないとまずくないですか?」
「分かったわ。帰ったらお説教よ?」
そう言いながら、全員で走って駅の中へ向かった。
ドレスなんて着てくるんじゃなかった。動きづらいったらありゃしないわ。
スカートの下の方を持ち大股で走る。
「ク、クリス、そ、その女性がそのような格好で走るなどと…」
「今はそんなこと…」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう? 嫌ならここで待っていてもいいわよ?」
私に被せるようにソフィアがレオナルドに文句を言う。まぁ非常事態らしいので、ここは大目に見てもらいたい。
先に行ったであろう泥棒は既に客車の中に乗り込んだようだ。近くに馬が二頭、申し訳なさそうにしている。
駅員さんがどうしようかと、戸惑っているが、そんなのに構う暇はない。だって発車のベルが鳴り響いているんだもの。
改札口をそのまま飛び越え、滑り込む。気分の悪いであろうレオナルドもなんとか乗り込んだようだ。しかし、ソフィアはまだ乗り込めずに列車に並走するように走っている。
まだ、速度の上がっていない汽車。なんとか手を伸ばし、二、三手に触れた後、ソフィアの手を掴んで引っ張り上げる。重い。
「あ、ありがと…」
「いいえ…、どう、いたしまして…」
重いソフィアを引っ張り上げた方が息が上がってしまう。まぁ、重いのはドレスの方なので、ソファイが重いと言ったら車外にほっぽり出されてしまうかもしれない。




