64 追いかけましょう
窓の外を忌々しく一瞥したお姉様は、振り返るとすぐに公爵に近寄る。
「公爵閣下! 馬は借りれるかしら?」
「あ、あぁ。えっと、ステラ案内を…」
「はい。こちらです」
お姉様の有無を言わさない迫力に、公爵は素直に応じる。
ステラさんに案内され、お姉様を含む四人はそのままごく自然な流れで厩舎の方へ走って行った。
アマベルさんは無力化した敵を他の護衛と共に縛り上げていた。
「恐らく、これで逃げることは出来ないでしょう」
お姉様達が馬で追っているから、時間の問題だと思うけど、さっきの悲鳴の時からソフィアの顔が青くなっている。何か心配事でもあるのだろうか?
何かを盗んで一目散に逃げたのだから、もう屋敷内にはいないとは思うけど。こんな使い捨ての駒を使ってまで盗むのだから、きっと何か重要なものなんだろう。女性が盗んだものは鉄道の資料。蒸気機関を利用して何かを作ろうとしてるのかしら?
とすれば、あと一人は何を…。
そこまで考えたところで、ソフィアが一目散にどこかへ駆け出したので、後を付いていく。
どうやら、ソフィアの自室だったようだ。自室の前には座り込んだメイドさんが居た。
「あ、あぁ…、ソフィア様…」
「大丈夫? 怪我はない?」
「はい。私は大丈夫ですが、見慣れない男がソフィア様の自室から鞄を持って走って行きました」
「⁉️」
聞き終わるや否や、自室へ駆け込み部屋の隅を見て頽れるソフィア。
「ないわ…」
どうやらソフィアにとって、何か重要なものの入った鞄が盗まれたらしい。
しかし、こんな時に抱く感想ではないが、以前入った時より随分と部屋の中が様変わりしたようだ。
壁を埋め尽くすように置かれた本棚には背表紙の分からないくらい薄い本がぎっしりと詰められている。また、横長のチェストの上には私のフィギュア。壁にはタペストリーと、中身の入ってない抱き枕カバーが飾ってあった。全体的に水色だ。
今はそんなとこに突っ込んでいる余裕はない。「どうしよう、どうしよう」と震えているソフィアに声を掛ける。
「そんなに心配しなくてもお姉様達なら、きっともう捕まえてる頃だと思うけど」
「そ、そうよね。そうよね!」
そんな感じで自分を鼓舞するソフィア。
しかし、部屋に駆けつけたシフォンさんからの言葉でまた狼狽えてしまう。
「あ、ソフィア様。先ほどの泥棒ですが、街からの連絡で駅の方に向かっているそうです」
どうやってその連絡を得たのかわからないけど、この街のことだ。電報なり、電話なりあるんだろう。
「どうしようクリス…」
すっごい気弱になっている。きっとソフィアには重要なものだったんだろう。もしかすると、外に出たらまずい研究の資料とかだろうか? でも、そんなもの研究室の方においてあるんじゃないの? でも、昨日今日来た人間が研究室の存在なんて分かるんだろうか? そんなこと考えても仕方ないので、ソフィアをなんとか立たせる。
「……ょう…」
「え? 何? 聞こえない」
「追いかけましょうクリス」
「今から? どうやって。私たちの身長じゃ馬に乗れないし、馬車じゃ追いつけないわよ?」
一分一秒でも惜しいのか、ソフィアはニィっと笑うと、応接室へと向かった。
*
部屋に入ると、襲った賊はギッチギチにロープで縛られていた。
「レオーネ! レオーネはいる?」
「はい。お嬢様。私めはここに」
「ソフィア、突然どうしたんだ」
「お父様、追いかけるのよ」
「えぇ……、危ないからやめなさい」
やんわりと嗜めるように止めるが、ソフィアは一歩も譲らない姿勢だ。
「いいえ。多分このままだと戻ってこないかもしれません。レオーネ、アレを出して!」
「アレですか。わかりました…」
「レオーネまで…。誰か止めるものはいないのか?」
公爵の嘆き虚しく、執事のレオーネさんを連れて部屋を出て行ってしまった。
「クリスティーヌ嬢、ソフィアを頼んだよ」
「はい」
なんか私信頼されてる? まぁいっか。とりあえず、ソフィアを追いましょうか。
部屋を出ようとしたところで、アマベルさんに呼び止められる。
「クリス様、もしかしたらまだ何かあるかもしれませんので私はここに残りますが、大丈夫そうですか?」
「そうね。こっちはお姉様とかいるから大丈夫よ」
私がアマベルさんにサムズアップすると、アマベルさんはモザイク必須のハンドサインで返してきた。こういう時はふざけないで、普通に返してきなさいよ。
*
ソフィアについていくと、屋敷横の倉庫のような所に来た。
レオーネさんが、倉庫のシャッターをガラガラと開ける。
「これ車じゃん」
蒸気車とか木炭車とか飛び越してガソリン車っぽい。電車ではなく機関車を選んだことから多分そういう趣味なんだろう。前世であったようなものでなくクラシックカーの形をしている。
「これ走るの?」
「まだ試作車だけど、ちゃんと走るわよ」
自信満々に答えるソフィア。レオーネさんが管理しているのか、倉庫脇のラックには整備用の工具からワックスにオイルなど置いてある。やたらピカピカしているのは毎日手入れしているからなんだろう。
「で、エンジン掛けるのに回さないの?」
「何それ? そんなことしなくてもエンジンかかるわよ?」
腕をグルグルと回す仕草をするが、ソフィアには通じなかった様だ。
よく見たらクランク棒差すとこないや。そういうとこは今風なのね。
先に乗り込んだレオーネさんが車内からエンジンを掛けていた。やっぱ右ハンドルだよね。
ソフィアが助手席に、私が後ろに乗り込むと、横にさも当然といった感じでレオナルドも乗っていた。
「レオ様…。なんで来ちゃったんですか?」
「何言ってるんです? クリスがまた危ないことしそうなので、私が守ろうと…」
いつも守ってるのは私なんだよなぁ。なんで護衛の人は送り出しちゃったのかなぁ…。
「もしかして、勝手に来ました?」
「な、何を言ってるんです? ちゃんと言って了承を得ましたよ?」
きっと、ちゃんと理由を説明してないんだろうな。あとでメチャクチャ怒られるぞ?
まぁ、怒られるのは私じゃないからいいけど、後で連帯責任とか言わないでね?




