63 違和感
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屋敷の前へ馬車が停車すると、アンバーレイク公爵閣下と、執事のレオーネさんが待っていた。
「いやぁ、レオナルド殿下、お久しぶりです。話は伺っていますよ」
「あ、はい。お久しぶりです…」
これ絶対覚えてないやつだわ。ちょっと失礼すぎないかしら?
応接室に案内され、奥のソファに公爵とソフィア。向かいのソファにレオナルドとエリーが座り、後ろにプロフィアさんと文官三人が立つ。横のソファに私とお姉様が座り、後ろにアマベルさんとエペティスさんが立っている。まぁ、私たち付き添いだしね。
レオナルドの護衛は部屋の中で等間隔に立っているが…。あれ? なんか違和感を覚える。気になってお姉様に確認する。
(ねぇ、お姉様?)
(あら、クリス何か分かったのかしら)
(えぇ。一人足りなくないですか?)
(それもだけど、あと五人おかしいわよ)
え? あと五人…。そう言われてレオナルドの連れてきた人たちを見るが、お姉様みたいに荒事に慣れてるわけじゃないから分からない。
うんうん唸りながら考えていると、視線を感じた。新鮮の方を見るとお姉様がジトーっと見ていた。
(何ですか?)
(必死に考えてるクリス可愛いなって思って)
(そうですか。というか、全然分からないんですけど)
(んー。クリスにはまだ難しかったかぁ…。そのうち分かるわよ)
答えを教えてくれないのか。何だかモヤモヤするなぁ。そんなやり取りをしていると、公爵が鉄道に関する資料を取り出し、説明を始めた、その瞬間に風を感じた。
どうやら護衛だと思っていた人間が五人、それぞれ周りにいたレオナルドの護衛に攻撃を加えていた。完全に無力化出来てはいなく、膝をつかせる程度だ。
しかし、数名に攻撃を加えた段階でお姉様、エリー、エペティスさん、アマベルさん、プロフィアさんにあっという間に制圧された。
「ぐっ…、くそ。こんな筈では…」
「あら、誇っていいわよ? 数人といえど膝をつかせたんだから、ねっ…」
そういって、肩の関節を外すお姉様。容赦ないな。
まぁ、エリーに関しては、後頭部を掴んでそのまま机の角に顔面を叩きつけたんだから、まだ優しい方よね。机が半分粉々になってるけど、もっと穏便な方法無かったんですかね?
他の三人もそれぞれ、背中に手を回され呻いている。
何でみんなそんな素早く動けるの? 動けない私がおかしいのかしら?
いきなりの出来事で公爵閣下もレオナルドも両手で口を覆い「えっ、えっ」と戸惑っている。さながらその様子は乙女のようだわ。
ソフィアは目の前の机が吹っ飛んだためか、足ごとソファの上に逃げている。
しかし、お姉様がこちらをちらっと見て悔しそうにしている。何で?
「はぁ。私もまだまだね…」
その視線の先を辿るように見ると、公爵家のメイド服を着た女性が書類を持って立っていた。さっきまで公爵閣下の後ろに控えていた人だ。随分と落ち着いた、でもキツめの顔の女性だ。いつもの二人は入り口の方に控えているから、公爵閣下に付いているこの女性はメイド長かそれに準じる人だと思ってた。
誰も何も言わないし気付かなかったという事は、公爵家のメイドとして自然に溶け込んでいたという事だ。この人相当手馴れてるんじゃないだろうか? まるで映画や漫画のスパイのような。
そんな女性に公爵閣下は努めて冷静に問いかける。
「私としたことが、気づかなかった。君は誰だ?」
「あら、使用人全員の顔を覚えているのかしら?」
「あぁ。君は初めて見る顔だが、新しく誰かを雇ったという話は聞いてない」
「あら、そう。じゃあ、今だけ臨時で入ったメイドよ。でももう辞めるわ」
「では、その書類は置いて行ってもらおうか」
その問いかけに答えず、薄っすらと笑っている。まるで何かを待っているかのように。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
屋敷のどこかで女性の悲鳴が聞こえた。一瞬、その声のする方に視線を彷徨わせた時、「ガシャン」と窓の割れる音がした。
みんなの視線が離れた一瞬の隙をつき、さっきの女性が窓を割って逃げていったようだ。
窓の外を見ると、もう一人、執事の格好をした男が合流していた。馬車に繋がれた馬の手綱をナイフのようなもので乱暴に千切っていた。
そして自由になった馬に跨り、二人は門の方へと走り出していた。




