61 みなさん朝から無駄に元気ですね?
* * *
約二週間後―――――
本日は、鉄道の視察に行くということで、レオナルドとエリーが来ています。
勿論、レオナルドには沢山の護衛と王城勤めの文官が数名。エリーはプロフィアさんが護衛として一人付いているだけ。
私はというと、メアリーですら今日は用事があるらしく、アマベルさんとエペティスさんの二人が付いてきている。今回は普通にメイド服で。そして、どこで聞きつけたのかお姉様もいる。
「なんか面白そうなことやるって聞いたんだけど」
ホント、どこで聞いてきたの? 情報が一致しないようですが?
お姉様には、今日は鉄道の視察に行くんですよ、と話したところ。
「面白そうじゃないのよ。私、まだ汽車に乗ったことないのよね。こんなの黙ってるなんてずるいわ」
と、軽く拗ねられてしまった。まぁ、別に来たいって言うならいいか。お姉様がいればレオナルドもべったりくっついてはこないでしょうし。
しかし、こんな朝早くにこんな場所で待たなくてもいいと思うの。
時刻は朝の五時半。オパールレイン領の港町、アルクス港。領内最大の港で、湾状の港は南北に長く、貿易港と漁港も兼ねている。
そんな私達は今、漁港の魚市場の飲食店のあるエリアが集合場所になっていた。
朝から魚介類を木箱に積んだ台車が何回も辺りを行ったり来たりしている。正直普通の貴族が来る場所ではない。だって、生臭いんだもの。
私とお姉様は慣れているけど、王城からの人は慣れていないようです。
先に駅で見学していいですか? と、レオナルドを置いて行ってしまった。まぁ、私たちがいるからいいんだけど、普通ならありえないことよね。
そう思って見ていたら護衛とかの人が何人か振り返りウインクしたりサムズアップしていた。なるほど。レオナルドに頑張れということでこの場を離れたようだ。
でもね、そういうのは私とレオナルドが二人っきりになるのが前提だから。現時点で離れたら職務放棄にしか見えないんじゃないだろうか?
レオナルドも軽くガッツポーズしているけどそういうのは私の見えないところでやるものよ?
そんなレオナルドの護衛達と入れ替わるように、やっとソフィアが来たらしい。
いつもは一番最初に来るのに今日は遅いなと思った。まぁ、ここ二週間程会っていないので、もしかしたら前より太って動くのが遅くなってるのかもしれない。
「誰だ君は!」
「なんで分かんないのよ! 二週間も会わないうちに忘れちゃったの?」
「いや、もっと丸くて太くて重そうな…」
「何言ってんの! ちゃんと痩せて可愛いソフィアちゃんになってるでしょ! もう失礼しちゃうわね」
「自分で可愛いって言っちゃうんだ…。しかもちゃん付け……」
「勿論、一番可愛いのはクリスだから安心してね」
「あっ、はい…」
驚いた。たった二週間で元どおりに痩せている。一体どんな魔法を使ったらこうなるのだろう? 後学のため是非とも知りたい。
「一体、あれだけの脂肪をどうやって減らしたの? すっごく気になるんだけど……」
「あー……。えっとね、食事療法と運動とサプリで痩せたわ、頑張ったわ」
「いや、内訳を……」
「うちの領内の食事を摂って、ヨガやらストレッチやらランニングなどして、あとは私が作ったサプリを飲んだだけよ。自分でもこんなに効果あるなんて信じられなかったけどね」
「へぇ……」
腎臓とか肝臓に物凄い負担がかかってそう…。しかし、痩せるほどまずいんだな。ダイエットツアーとか組んだらふくよかな貴族の方から応募とかありそうだけど、やらないのかな?
「しかしソフィア嬢、随分と見違えましたね」
「私はぁ、この姿のソフィアちゃんはぁ、初めてだから新☆鮮」
「ふふ。そりゃそうよ。だって、クリスの服が着れなくなったら困るんだもの!」
どういう理由だよ。
「クリスの服を貸し借りしているんですか?」
「えぇ、そうよ」
こっちを羨ましそうにみるレオナルド。何? レオナルドも女装したいの? 別にいいけどさ。
「残念ねぇ。私の体のサイズには合いそうにないわぁ」
でしょうね。お気に入りの服を、目の前で破かれたら流石に私も怒るからね。
「別にレオナルド殿下も着たかったら着ればいいんじゃないですかぁ? 女装に抵抗なければですけどねっ!」
「ぐぅ…」
それは、私に対する当てつけかなソフィアさん?
「ねぇ、クリス。私もそれ初耳なんだけど」
お姉様はすぐ服を汚すから貸したくないんですよね。
「お姉様は、服のサイズが合わないので……」
そっと、自分と私の胸元を見る。
「そうね。仕方ないわね」
別にお姉様だって、そんなに大きくないでしょうに。どっちかというとこっち側のサイズだと思うんですよね。
そんなこんなで、みんな集まったので、そろそろ出発するのかと思っていたが。
「とりあえず、腹ごしらえをしましょう」
「あら、いいわね」
「え? 今すぐに行かないんですか?」
「何言ってるの? 朝一の海鮮丼屋さんに行きたいから、この時間に指定したのよ?」
「ふふ。流石ね。分かってるじゃないの」
「お褒めいただきありがとうございます」
「えぇ……」
何か、私よりこの街の飲食関係詳しくなってない?
ソフィアとお姉様が、さも当然みたいにしているけど、本来はレオナルドの方の反応が正しいと思うの。
*
ということで、一行は飲食店の立ち並ぶエリアの海鮮丼専門店にやってきたわけだが、ここは、最初にご飯か酢飯を選んで、好みのネタを選ぶシステムなんだけど、生の魚って大丈夫かな? 抵抗とかないかしら?
そんなこんなで選んで席に座る。ソフィアが私の丼の中身を覗いてきた。
「クリスは何を選んで…って、光りものばっかりじゃないの」
アジ、イワシ、シメサバにコハダ。申し訳程度にしらす釜揚げを乗っけたけど、別にいいじゃない。好きなんだから。
そんなソフィアはこれでもかとマグロ赤身とビンチョウマグロとマグロたたきを乗っけていた。たたきの上にはウズラサイズの卵黄がトッピングされていた。
「ソフィアだって、私とそんな変わらないじゃないのよ」
「いいじゃない。マグロ好きなんだもの」
他の人は何を選んだんだろう?
お姉様はやっぱり予想通り、大盛りの器にいろんな種類を山ほど乗っけていた。まぁ、いろんな味楽しみたいものね……。
レオナルドは店員さんに勧められるまま、高いネタばっかり選んでいた。
エリーはというと、なぜか貝づくしだった。
「エリーだって、貝ばっかりじゃない」
「あら、ホントね」
「ふふ。貝は歯ごたえがあるからね。リアムきゅんのだと思うと、歯ごたえもひとしおよねぇ。あら、こんなとこにも二つあるわね。囓ってもいいかしらぁ…」
「やめてください」
「あ、はい。ごめんなさぁい」
エリーのセクハラ発言に素で拒否をすると、エリーも線引きしているのか深入りせずに素直に謝った。うちのメイドもこうだといいのになぁ。
そんなうちのメイドさんやソフィアのところのメイドさんも慣れたように好みの海鮮丼を作って隣のテーブルに座っている。一番気になるのはプロフィアさんだが、意外や意外。内地の人だから生魚ダメかと思ったら、普通に乗っけているわね。見よう見まねで乗っけたのかしら?
「こうなるとやっぱりサーモンといくら欲しいわね」
「そうね。あと、ホタテも欲しいわね」
「あら、いいわね。ウニはあるのにね」
「分かったわ。私が探してきてあげるわ」
「「えっ?」」
「二人がそんなに言うんだもの美味しいんでしょう? お姉ちゃんに任せなさい。探して、ここに卸してもらえるよう交渉するわよ。他に欲しい魚ある?」
「初めて、お姉様を尊敬できそうです!」
「えぇ。お義姉様、期待していますわ」
「何か複雑な気持ちだわ…」
「むー……」
そんなやりとりをレオナルドが頬を膨らませて拗ねたように見ていた。
レオナルドはいきなり顔を近づけ、真顔で囁いてきた。
「僕は、クリスが食べたいですね…」
何言ってんだこいつ?
言った張本人が、顔を真っ赤にしてあわあわしている。恥ずかしいならそんなキザなセリフ言わなければいいのに。
レオナルドは恥ずかしいのを誤魔化すように、丼を持ってかきこむが、わさび醤油で噎せたのか、ゴホゴホと咳をしている。
エリーが背中をポンポンと叩くと、私が叩いと勘違いしたのか、苦しみながらも笑顔を向けてきた。
「ありがとうございます…」
「いいえー。気にしなくていいのよぉ。ちゃんと落ち着いて食べなさぁい」
「……………」
「そうよ、ちゃんと噛んで食べないと喉を詰まらせるわよ?」
「はい……」
すごくションボリとしている。だって、しょうがないじゃない。エリーのが早かったんだから。
「もし、詰まらせたらどうするんです?」
「人工呼吸するしかないんじゃない?」
「なるほど…、キスですね…」
「「⁉️」」
小さく呟くようにレオナルドが言うが、キスじゃないからね? もし口つけてもノーカンよ? そんな事を考えていると、対面に座ったお姉様とソフィアが態とらしく苦しみだした。あなた達は蛇みたいに食べ物を丸呑みするような食べ方してるから詰まらせる事なんてないでしょうに……。
「うぐっ、く、くるしいわークリス…」
「あらー、喉が詰まってしまったわ、クリス…」
飲食店でやっていい冗談じゃないぞ?
全く仕方がないなぁ…。
「エリー大変よ。二人とも喉が詰まってしまったみたい。人工呼吸してあげてくれない?」
「「⁉️」」
「あらー、困ったわねぇ…。私、男子としか口づけしないって決めてるのよねぇ…」
頬に手を当て困った顔をするエリー。
「なら、大丈夫よ。二人とも男勝りな性格だから…」
「ちょっと、聞きづてならないわねクリス。今まで私の事そう思っていたの?」
「へぇ……、クリスったら随分と失礼な事言うのね?」
二人とも喉の詰まりが取れてよかったじゃない。
ちなみに、人工呼吸は意識がない時で、意識がある時は、背中を叩いたりして咳させたほうがいいとエリーに真顔で指摘された。




