60 鉄道作ってあげたら?
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屋敷内の応接室でみんな集まり、お茶とお菓子を楽しむ。
さっきは、あまりの戦闘に見入って誰も手をつけなかったため、ゆっくりと会話を楽しもうと屋内に移動したのだ。
ウィリアムは勿論、エリーの真横だ。ぴったりとくっついている。
それをおかしいと思わないあたり、まだまだウィリアムは経験が少ないらしい。
どのお菓子が美味しいとか、何と一緒に食べると美味しいとかをエリーに説明している。エリーもそんなウィリアムが愛おしいのか、黙ってにこやかに聞いている。
その横側のソファでは、レオナルドと王妃様が二人並んで座っている。
私はエリー達に向き合うように、大きめのソファにお母様とソフィアに挟まれる形で座っている。
「それにしても、レオちゃんはどうして家出したのかしらぁ」
「家出ではありませんよお母様。早め早めの行動を心がけたら前日に泊まる結果になっただけです」
言い訳としては随分苦しくない?
「それにしたって、無断で外泊はダメよ。そもそも外泊する理由なんてないでしょう?」
「で、でも、だって、そうしないと、ソフィア嬢にクリスを奪われてしまって…」
でもでもだってって、乙女かよ。
「ソフィアちゃんはどうして、そんなに早く来れるのかしら?」
「え、えっと早起きしてるから?」
急に振られると返しが下手なソフィアは疑問系で答える。
「ふーん。そうなのね。じゃあ、エリザベスちゃんはここまでどうやって来たの?」
今度はエリーに質問する。確かにどうやって来たのか気になる。
「あらぁ、そんなの簡単よ。走って来ただけですわぁ…」
へぇ。すごい体力あるんだな。近いのかな?
「え? 走ってここまで? 本当に?」
「えぇ、三時間くらいあれば着きますわよぉ」
王妃様が素の反応で戸惑っている。確かに普通は馬車とかで来るもんね。走ってくるなんて、どこぞの少年漫画の主人公くらいだろう。
エリーが走ってくるってことは、プロフィアさんも走ってくるのか。付き合わされて大変だなぁ。
「クリスあんまりピンときてないでしょう?」
「うん。まぁ」
「エンジェルシリカ領からここまで、間に大小五、六くらい領を挟んでいるのよ。普通に馬車で来たら、三、四日くらいかかるのよ」
ソフィアとお母様にステレオで説明される。いや、正直この国の地理とか分かんないからピンとこなかったのよ。しかし、そんな距離を走ってくるなんて飛脚以上じゃないか。ホントに人間なのかな?
「そんなに走ってくるなんて大変ね」
「そうでもないわよぉ。全力出せばこの半分以下の時間で着くわよぉ」
「汽車より早いじゃないの」
「「汽車?」」
レオナルドと王妃様が仲良く小首を傾げる。
「あっ、バカ!」
ソフィアが慌てて私の口を塞ごうとするが、もう遅い。王妃様の目は既に怪しく光っている。
「ふふ。一体何を隠しているのかしら。私、とーっても気になりますわぁ…」
穏やかな口調なのに、威圧感が凄い。肌がピリピリしてる。
「そうですよ。きっとそこに何か秘密が隠されているんですね?」
うちのお母様は「しーらない」とばかりにそっぽを向いて手に顎を乗っけて明後日の方を見ている。ずるい。
「もうさ、鉄道作ってあげたら?」
「鉄道? 鉄道とは何ですか? それがソフィア嬢の速さの秘密なんですか?」
「あー、もう。何で言っちゃうのよ」
「どっちにしろもう隠せないでしょ。ほら、説明したら?」
「分かったわよ。えーっと、汽車ってのは火の粉と爆煙を撒き散らしながら爆音で爆走する鉄の塊よ」
「「え?」」
「間違っちゃいないけど、間違ってるわよ。態とやってる?」
「何よ。本当のことじゃない!」
仕方がないので、ソフィアに変わって汽車の説明をする。終始不満そうな顔をするソフィアだが、いずれバレるんだから。早いか遅いかの違いじゃない?
「なるほど。どうりで私が夜明け前に出発しても負けるわけですね。ずるいです。断固抗議します」
「抗議したからなんだってのよ?」
「うっ……」
ソフィアさん強気ですね。でも、王妃様がニコニコしているうちに了解した方がいいんじゃない?
「確かに、これがあるとイベントの出演も時間に余裕を持てるわね」
「お母様?」
うちのお母様もそうだけど、王妃様も自分の趣味に振りすぎじゃない?
「分かったわよ。作りますよ。作ればいいんでしょ? でもね、うちの領以外だと難しいわよ。土地とか、資金とか」
あぁ、確かに。地盤の問題やら、通すルート上の土地の所有権とか、鉄や木の資材とかね。
「出すわよ。王都の範囲内なら出すし、間にあるところもちょっと脅せば大丈夫よ。任せなさい」
うわーすっごい頼りになるぅ。臆せず脅すって言う辺りが逆に頼りになるぅ。
「じゃあ、ルートととしては、うちの駅から王都、辺境伯領までまっすぐ横に引けるわね」
「待ってください。王都から、ここまで直で引けないんですか?」
「そしたら、私が先につけないじゃない」
ソフィア曰く、レオナルドが汽車に乗ったら、報せが行くシステムにするそうで、レオナルドの汽車を各駅停車。ソフィアの汽車を特急にするそうで。いやはや何とも。
「それはずるくないですか?」
「じゃあ、自分で作りなさいよ」
「くっ……。分かりました。その条件で呑みます。それで、どのくらいで出来ますか?」
「んー、そうねぇ。ルートの選定、地盤の調査、土地の測量などやってからだから二十年後くらいかしら?」
「はぁ? 嘘でしょう。そんなにかかるんですか?」
(ねぇ、ソフィア。そんなに嘘言い続けてたら、別の意味で断罪されちゃうんじゃない?)
「⁉️」
独占したい気持ちは分かるんだけど、流石に王妃様相手に嘘は無理だと思うなぁ。
しかし、断罪という言葉が余程怖いのか、手のひらを返す。
「と、言いたいところですが、土地の問題さえ何とかなれば二、三年くらいで行けます!」
十分の一! それはそれで言いすぎじゃない? 大丈夫?
「あら、本当? 助かるわぁ。じゃーあ、折角だしレオちゃん。これも勉強になるから視察してきなさいな」
「はい。お母様」
二つ返事で返したけど、そもそも、レオナルドって前回の視察で汽車とか確認してないんだろうか? いや、してないんだろうなぁ。確認してたらそもそもこんなこと言わないものね。
「あらぁ、それ私も行っていいのかしらぁ?」
ここまで黙っていたエリーも参加希望のようだ。
「ここまで来たらしょうがないから、別にいいけど、視察予定の日にちゃんと時間通りに来れるの?」
「大丈夫よぉ。全速力なら一時間ちょっとで来れるもの」
「さいですか」
ソフィアの早く来れる秘密もバレ、近く鉄道の視察に向かうことになったのだが、終始ウィリアムはお菓子を食べていて聞いていなかったようで、当日は来ないらしい。ずっと何の話をしているか分からなかったというのもあるのかもしれない。