09 今日も朝から騒々しいですね
翌日、朝。
微かに遠くから誰かが走ってくる音が聞こえる。
バーンという音と共に部屋の扉が開け放たれる。
「クリスー。今日は私と一緒に……。って、何でメアリーも一緒に寝てるのよ! 信じらんない! 許せない! 羨ましい! 代わりなさい!」
朝から大音量のスピーカー宜しくけたたましい。
お姉様はもう少し、淑女というものについて勉強した方が良い気がする。
破天荒な暴力系ヒロインだってここまでうるさく無いと思うの。
「……お姉様、朝なんですからもう少し声を抑えて下さい。近所迷惑ですよ?」
寝起きなので、つい前世のような事を言ってしまう。
「近所って何よ。お隣さんのお家までどれだけ距離があると思ってんのよ。って違うわ。もう九時よ。朝ごはんとっくに終わってるわよ」
「えっ? 嘘!」
その言葉に驚き、飛び起きようとするががっちりホールドされてるので動けない。
「ちょっとメアリー…。もう朝よ。いい加減離してくれない?」
「…んー。あと、二時間……」
いやいや、子供じゃ無いんだから…。って子供でも二時間は寝過ぎよ。
前世での休日みたいだ。三十路過ぎたら目覚ましかけてもなかなか起きられないんだよね。まさか、心だけはおっさんのままなのかなとちょっとブルーになる。
「メアリーだけなら蹴飛ばして起こすんだけど、クリスも一緒だと出来ないわ。策士ね、くっ……」
絶対にそんな事考えてないと思いますよ?
「でもね、私もちゃんと考えてるんだからね」
何やらいいアイデアでもあるのか勿体ぶった言い方をする。
どうでもいいけど何とかなりませんかね。起きた状態でこの体勢結構きついんですよね。
「では、先生お願いします!!」
「おはようございます。クリス様。そしてメアリー……」
その声でメアリーがくわっと目を見開き飛び起きる。
そしてその勢いのままベッドの前へ着地し、敬礼する。
何故に敬礼?軍隊でもあるまいし……。
「め、めめめ、メイド長!ど、どうしてここにににぃ……」
メアリーのこんなに動揺しているのを見るのは初めてなので、なんか新鮮。
メイド長と呼ばれた人は、片手を顎の前へ近づけ、目を糸の様にしてニッコリ笑った。
どうしてだろう。ニッコリ笑ってるだけなのにこんなに寒気がするのは…。
きっと昨日布団を被って寝なかったからに違い無い。そう思いたい。
でもなー。めっちゃタイプなんだよね。
金色のシニヨンの髪型。どっかの英雄王みたいな髪型に楕円のメガネ。ロングのメイド服。そして何よりメアリーよりおっきい胸。
ちょっと叱られたい自分がいるな、なんて考えながらメイド長を見ていたら、気づいてくれたのかニッコリと冷気のない笑顔を向けてくれた。
「クリス様、大変申し訳ございません。私の監督不行き届きです。メアリーには一線を超えぬ様再度教育をさせていただきます」
「そ、そんなぁ…」
メアリーには厳しすぎるかなと思ったけど、最近は結構やりたい放題だったからね。少しはお灸を据えてもらった方がいいかもね。
「では行きますよメアリー……。というかどうしてその格好のまま寝たんです?」
メイド長に連れられてメアリーが部屋を出て行った。
その背中は凄く小さく見えた。
その様子をずっと腕組み仁王立ちで見ていたお姉様が口を開く。
「やっぱり、アンジェを連れてきて正解だったわね」
なるほど、あのメイド長はアンジェさんと言うのか。
「クリス?」
「は、はい?」
いきなりジト目で問いかけられる。なんだろう…。
「クリスはああいうのがいいの?」
「ああいうのとは?」
「とぼけなくて良いわよ。アンジェよアンジェ」
「あ、あぁ…。はいタイプです。好みのドストライクです」
「そ、そう…。(ああいうのがいいんだ……)でも、アンジェは既婚者よ。執事のラアキと結婚してるわよ」
な、なんだって!
折角好みの女性と会えたのに…。儚く恋が散ってしまった。
がっくりと項垂れる。もう今日は起きれないな。ふて寝しよう。
「ちょっと、何また寝ようとしてるのよ!」
「いや、ちょっと心が痛くて…」
寝ようとすると、お姉様もベッドに上がってくる。
どうせお姉様の事だから一緒に寝ましょうとか言うんでしょう?
そう考えていたら、ベッドから引きずり出される。
一体どこにそんな力があるんだろうか…。
「はぁ? 何言ってるの私がいるでしょう?」
「え? お姉様が? ははは…。冗談きついですよ」
「なるほど。分かったわ。クリスは私の魅力に全然気づいてない様ね。今日は一日私と過ごしましょうか。私は全然眠く無いし」
手首を掴んで引きずっていこうとするお姉様。
その時、テーブルの上に乱雑になっているトランプを見つけ足を止めた。
「ねぇクリス。これは何かしら?」
「すっごい力……。って、あ、はい。それはトランプですね」
「トランプ?」
小首を傾げる怪力おばけ。
「昨日メアリーと作りまして、試しにやってみたんですが、そのまま片付けずに眠ってしまいまして……」
「へぇ、そうなの」
興味津々といった感じでそれを見つめるお姉様。
「ねぇ、クリス! これやってみたいわ!」
そう言うと思ってました。
でも、昨日メアリーとやってボロ負けしたので、今日は別のものをやりたい。
「そうですね。トランプもいいんですけど、もう一個作ったのがありまして、こっちにしませんか?」
チェストの上にあったウノを見せる。
「いいわね。やりましょう。あっ、もし私が勝ったら今夜は私と寝ましょうね」
どうして、この家の人は何かと条件を付けてくるのだろう。
あの後、遅めの朝食をとり、遅めの稽古に向かった。
お母様は両手を地面に突き刺した剣の柄頭に両手を乗せて待っていた。
お兄様は既に稽古中だった様で汗を拭いながらこっちを向いた。
お母様がひどく心配していたが、ただの寝坊だと伝えると、「何も無くて良かったわ」と顔を綻ばせた。
「でも、遅刻はいけないわ。社会人になったら大変よ?」
えぇえぇ。身をもって知っていますとも。
しかし、誰から聞いたのだろうか。
お母様の髪型がシニヨンになっているし、メガネもかけている。
「サマンサから聞いたわ。クリスはこういうのが好きなんでしょう?」
妖艶な笑みを浮かべ頬に手を当てる。
自分の好みのスタイルをお母様がしていたとしても、おいそれと褒めるなんて普通はしないだろう。
「はい。すっごく素敵ですお母様!」
おっと、つい本音が漏れてしまった。
えへへ、とだらしない笑顔になるお母様。
今日の稽古はそこまできつく無いな。
そう思っていた自分を戒めたい。
何故か、絶好調の様でいつも以上に激しい訓練になった。
地面は縦横無尽に剣戟の後が残る。
お兄様は早々に吹っ飛ばされ、私も耐えられず吹っ飛ばされる。
わぁすごい。人ってこんなに宙を舞えるんだ。
もしかしてお母様は態とトラウマが残る様にあの格好で厳しめの訓練をしたのだろうか。
「あらいやだ。嬉しくなってついついやりすぎてしまったわ。反省」
軽くこつんと頭を叩いて舌を出していた。
お母様…。その年齢でやるとただ痛いだけです。
そんな事を考えていたことが出ていたのかは分からないが、お昼までの稽古はとても激しかった。