56 ウィリアムがどんどん沼にハマっていく
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無事にエリーの半裸状態が改善され、フリフリの魔法少女みたいな衣装を着ている。この街のイベント会場で大人気ユニット、キュアエイジングのエイジングアントシアニンの衣装だ。つまり、お母様と同じ衣装ね。
とりあえず、やることはやったので帰ろうと店を出たところで、ウィリアムと父親のパジェロ将軍と店の前で偶然出会った。
最近、将軍は父親をちゃんとやっているらしく、休日はウィリアムと一緒に出かける事が多いらしい。ウィリアムも凄く嬉しそうだ。
今日もイベント帰りのようだが、その格好で家から来たのだろうか?
二人ともキュアエイジングのコスプレをしている。ウィリアムは一推しのエイジングアントシアニンの紫色のコスチューム。将軍は、エイジングクロロフィルの衣装を着ている。エリーよろしく、将軍も筋肉が凄いので衣装がパッツパツだ。所々破けたりほつれている所がある。この衣装担当のミルキーさんを見る。
笑顔を忘れ、目を見開き絶望の表情をしている。すっごく嫌だったんだなぁ。開眼したミルキーさんって初めて見るわ。なかなかにレアよね。
ウィリアムは、同じ衣装を着ているエリーに気づくと声をかける。
「お、お前も同じ紫の衣装かー。見る目あるじゃん」
「こら、ウィリアム。口のきき方には気をつけなさい…。すまんね、どうも同年代の子供相手にはこんな口調になってしまってね。どこで育て方を間違えたのか」
「あら、いいんですのよぉ。やんちゃでいいと思いますわぁ」
「そうだぜ親父。お前いいやつだな」
ニカっと笑い、スッと手を差し出すウィリアム。
「あら! 貴方よく見るとすっごく素敵ね。その衣装好きなのかしらぁ?」
差し出した手を握り返すエリー。
「好きだぜ! 何たって一番の推しだからな。二番目は赤だな」
エリーは何の衣装か分からず着ているけど、ウィリアムは新しい仲間ができたと思って話している。ちゃっかり固く握手までしている。エリーも満更ではなさそうだ。
そんなエリーはウィリアムの手をずっとにぎにぎしている。
「おっ! 握力勝負か。負けないぜ」
勘違いしたウィリアムはエリーの手を力強く握る。
「あらぁ、強いわぁ。降☆参。負けちゃったわぁ…」
左手を頬に当て、満更でもない恍惚とした表情をするエリー。
「えへへ…。お前、なんかいいやつだな。俺はウィリアム。ウィリアム・クロムウェル。リアムって呼んでくれ!」
「あらあら、まぁまぁ。ご丁寧にどうも。私はエリザベス・エンジェルシリカ。エリーって呼んでね」
「おう、よろしくなエリー」
再び握手を交わすウィリアムとエリー。エリーが本気出したら、ウィリアムの手はジュースになってるんじゃないかしら?
「あのまま。エリザベス嬢とくっついていただけると、私としても大変助かるのですが……」
死んだ魚のような目をしたレオナルドがそう独りごちる。王子様がしていい顔じゃないわよ。
「エリーはどうか知らないですけれど、リアムは新しい趣味仲間が増えた位にしか思っていませんよ。きっと」
「クリスにはそう見えるんですね。私には懐いた凶暴な動物が甘噛みしてるようにしか見えません。ちゃんと、リアムには首輪と手綱を末長く握って欲しいですね」
ちなみにパジェロ将軍は、相手がエンジェルシリカ辺境伯領のご令嬢? と知って凄く苦いものを噛み潰したような顔をしている。
「そういえば、今日のイベント来なかったんだな」
「えぇ。私にも用事がありますからね」
「これより重要な用事なんてないだろ?」
「貴方はそうなんでしょうけれど…」
「ちゃんとレオの分の衣装も用意してたんだぞ」
「き、着ませんよ。そんなの」
「そんなのって、アンチオキシダントとして見過ごせないな。会員規則第三条、いかなる理由があっても参加する。第八条、会員は皆同じ志を持つものとして、同じコスチュームを着用すること、に抵触するぞ!」
「会員になった覚えはないのですが………」
腕組み不満を露わにするウィリアム。
アンチオキシダントってファンはそういう名称なのか…。アンチが増えないからファンをそう呼ばせてるのか…。
というか、完全に地下アイドルのノリになってきていないか? レオナルドはいいけど、私は絶対に巻き込まないでね?
そういえば、イベントに行ったと言ってたけれど、アンジェさんもミルキーさんもメアリーも参加してないよね? 誰が出演してるイベントに行ったんだろう? ロザリーは知らん。
「ねぇ、今日ってそのイベントやってなかったんじゃないの?」
気になって聞いてしまった。
「おっ! クリスも会員としての自覚が芽生えてきたな」
「会員って、一回しか見てないんだけど」
「一回でも見たら会員なんだよ。あとで、会長に言って会員証作ってもらうな」
「いらない」
「いりません」
私とレオナルドがハモるように拒否る。
信じられないといった驚愕の表情を浮かべるウィリアム。
「そんな事言って、後でファンサ行きたいって言っても連れて行かないぞ?」
別にいいよ。
「で、実際どうなの?」
「あ、あぁ、そうだな。凄かった。確かにいつものは休演だったんだけど、代わりに黒と白ってのを演ってた」
黒と白? 誰だろう。街の人かな?
「敵キャラはいつもの、脂肪、糖分、塩分だったんだけど、白い衣装と黒い衣装のめっちゃ綺麗なお姉さんだった。めっちゃ強かった。正直、俺推し変しそうになった。どうしたらいい?」
知らんがな。全員推したらいいんじゃないの?
それよりも、ウィリアムはもう少し語彙力を鍛えたほうがいい気がする。小学生並みの感想しか言えないもの。まぁ、年齢的には仕方ないのかな。
「全員等しく推したらいいんじゃないの?」
「おま! それだと呼ぶときの順番が問題になるだろう!」
めんどくせえなこいつ。熱く語ってるけど、ほかの人みーんな上の空だよ。
「はぁ、ちなみにだけど、誰と推し変しそうなのよ?」
「キュアマーダーさん。黒い方のお姉さん。あ、白い方はキュアスレイヤーさんって名前だぞ」
物騒な名前だな。多分だけど、推し変しなくてもいいんじゃないかな。多分だけど。
「通いに通って、自分の気持ちに正直になれば、自ずと答えが出るんじゃない?」
「それが難しいから聞いてるんだぞ!」
このままお店の前で話していても埒があかないから、続きは私の家でレオナルドと話し合ってくださいな。
帰ろうと思ったら、エリーも来てみたいとの事で、二台の馬車に分かれていく事になった。
エリーの乗る馬車には勿論、死んだ目をしたレオナルドと、キュアエイジングについて人一倍熱く語るウィリアムにサンドイッチされる形でエリーが真ん中に乗った。対面にはパジェロ将軍と、プロフィアさんと中々に濃いメンツで乗車した。
こっちは、ソフィアとミルキーさんと私の三人だ。
乗る直前までイヤイヤしていたレオナルドだけど、がっちりエリーにホールドされたら私の力では助けられないもの。二つの意味で。
「ねぇ、どうして私の方が一人なの?」
「いや、並んで座ったら傾きそうじゃない?」
「そこまで太ってないわよ!」
「ソフィアがそう思うんならそうなんでしょ」
「よくも言ったわね! 見てなさい。重くないから」
そう言ってソフィアは私の横に割り込むようにお尻から飛び込んできた。
結果はというと、ものすごく揺れた。流石に車輪が壊れるなんてことはなかったけれど、絶叫マシン並みに怖かった。ホント、横揺れが凄くて横転するかと思った。
ミルキーさんが青い顔をして失神するくらいには恐怖だったんだろう。
「や、ごめんて。もうしないから。あ、あれよ。私が重いんじゃなくて、急に移動したからよ。きっと」
「仮にそうだとしても危ないから今後はやめなさいね」
「はい…」
御者のおっちゃんがブチ切れていたものね。
「おい! クソガキてめぇ、ふざけんな! 下ろすぞ!」
まぁ、当然っちゃあ当然よね。危ないし。貴族相手でも怒れるおっちゃん凄いなと思ったわ。