08 メアリーとトランプ勝負
暇だなぁ……。
午後、何もする事が無い。
お兄様とお姉様はお稽古事らしく、お母様も用事があるらしい。
時間に追われた元社畜としては、今の緩い日常にイマイチ慣れないんだよね。これはもう、矯正していくしかないのかな。
とりあえず、暇つぶしになるものを探し求めて屋敷内を歩いているんだけど。
例えば、本でも読めばって思うじゃん?
娯楽系の本の少ないこと。以前図書室で適当に選んで読んでみたんだけど、読んでもちょっと…、いや、かなり退屈なので数ページで棚に戻した。
何故か、字が読める不思議。助かるけどね。
何か材料貰って作ってみようか。或いは、お菓子造りでもしようか?
メアリーに言って、使えそうな材料や工具を持ってきてもらった。
工具と言ってもハサミと定規しかない。
流石にノコギリとかトンカチとかは持ってきてくれなかった。
最初はハサミを持っただけでも危ないとか言われたけど、メアリーと遊べるのよ? って言ったらおとなしく引きさがった。
いつもこうだといいのに。ハサミごときで大袈裟なのよ。
ハサミしか使えないとなるとカードゲームくらいしか作れないかな。
トランプとかウノとか、定番なものを作ろうか。
厚く貼った紙を切ったり、線を引いたり……。
長方形に切った紙に数字と絵柄を描いて……。
何かするたびに、メアリーがハラハラドキドキしながら見ていた。気が散る。
「そんなに気になるなら一緒にやる?」
花が綻ぶ様にパアッと満面の笑みになるメアリー。
「えへへ…。何を手伝いましょうか? クリス様」
「そうだね…。じゃあまずは、この紙をこのサイズに切ってもらえる?」
「かしこまりましたー」
あれよあれよと、手早く器用に作業をこなすメアリー。
残りの作業もメアリーとやると予想より早く終わった。
「ふぅ……。とりあえずこんなもんかな……」
終わったと言っても全部出来上がったのは夕食の2時間後くらいだった。
一枚一枚絵柄を描くのは時間がかかるね。
それを見てメアリーが恍惚とした表情になる。
「クリス様と私の初めての共同作業ですね」
言い方ぁ! 間違っちゃいないけど、何か違う意味に聞こえる。
「違う意味に聞こえるんだけど?」
「勘違いしていただいてもいいんですよ?」
これ分かってて言ってるな。
そっちがその気ならスルーしてやろう。
少しの間、ジト目でメアリーを見ていると、ハッとした様に作ったものが気になったらしい。
もっと早くにそっちに興味を持って欲しかった。
メアリーが興味津々に覗き込む。
「それで、クリス様。これはなんですか?」
「とりあえず、試作品。トランプとウノでーす。名前そのまんまでいいのかは疑問だけど……」
後半は独り言の様に小さい声で呟いた。
両手でバーンと広げる様に紹介したその仕草にメアリーが忙しなく握った両手を右に左に振り回している。
「やだもう。クリス様可愛すぎます」
ただ紹介しただけでその反応はどうなのだろう?
回ったりウインクしたりしたら卒倒するんじゃ無いだろうか。
今は面倒臭いからやらないけど…。
他にも、マンカラとかバックギャモンとかダイヤモンドゲームとかすごろくとかのボードゲームも色々作ってみたかったんだけど、作るだけでも時間かかるし、ルールの説明も大変だよね。
まぁ、今日は制作にあまり時間かけずに作れそうなのがこれくらいだったのよ。
いや、半日近くかかってる時点で時間をかけすぎたかな。
何より危ないからという理由で工具とか渡してもらえなかったのがでかい。
そのうち追々作っていきましょうかね。
前世では「ら」が逆のお店とか手のマークのお店とか村っぽいとことかよく行ったのよね。いやぁ、懐かしい。
ただ眺めてるだけでも楽しかったんだよね。
ああいうのが並んでるお店とかまた行ってみたいな。
そんな事を染み染み思っているとメアリーが感心している。
「よく一日に二つも作りましたね」
「そうだね。よく作ったよねホント…。まぁ、メアリーが手伝ってくれたから今日中に完成させる事が出来たんだけれどね」
幸いインクも乾いているから、試しに何か出来そうだけれど、どうしようかな。
「メアリー。もうそろそろ眠る時間だけどどっちかやってみる?」
「え? いいんですか? では、こっちの赤と黒の方にします」
「トランプの方か。うん。いろいろなゲームがあるけど二人で出来そうなのは…」
トランプは大人数でやったほうが楽しいけど、二人でも遊べるゲームも結構あるんだよね。何にしようかな。
折角だから自分が勝てそうなやつにしよう。そうしよう。
いや、別に卑怯って訳ではなくて、初めは勝っておかないと製作者としてのプライドが云々。
「じゃあ、スピードってゲームにしようか。これなら二人で出来るしルールもそんなに難しくないし」
「へぇー。どうやるんですか?」
ということで、身振り手振りでルールを説明する。
簡単に言うと、手札のカードを先に無くした方が勝ちなので、そこまで難しくはないからメアリーでもすぐに覚えられるだろう。
「……というのが大まかなルールなんだけど、大丈夫?」
「なるほどです。大丈夫です」
ふむふむ言いながらカードを捲ったり持ったりしている。
ふふふ…。ここ最近はメアリーに主導権を握られっぱなしだったからね。
ここは私が勝ちまくってメアリーにドヤりたい。
勝てずに悔しがるメアリーの顔を眺めながら今日はぐっすり眠りたい。
「あっ、この人の書いてあるJ、Q、Kってなんですか?」
「それはそれぞれ、11、12、13になるんだよ」
「そうなんですね。何でJ、Q、Kなんですか?」
「Qはクイーンで、Kはキング。Jはジャックなんだけど、ジャックってなんだっけ…。王子じゃないし、確か家来とかだった様な気がするんだけど。まぁ、今はいいじゃん。思い出したら言うよ」
「分かりました。あっ、あとこのジョーカーってなんですか?」
「あー…。今回は使わないんだけど、いろんな意味があるから一概には言い切れないからあとで説明するね」
「気になりますが、分かりました。ところで何かこの絵柄、サマンサ様に似てません?」
「き、気のせいだよ」
「意図して描いてませんか?」
「…………。たまたまです……」
あれかな。メアリーは勝負の前にメンタル攻撃してくるタイプなのかな?
「ま、まぁ…。とりあえずゲームしよう。ね?」
「はい。楽しみです!」
ふっふっふ。いざ勝負!
自分が作ったゲームでなら簡単に勝てるって思ってました。
え?何なん?
手も足も出なかったんだけど。
いや、スピードって言うからには速度勝負な所あるんだけど、秒で勝負が決まるって異常よ?
四枚手札を並べて台札に一枚ずつ置くまではにこやかだったのに……。
始めって言って、一枚カードを持った瞬間にシュバババッってメアリーのカードが無くなるんだもの。はやすぎ。
いい加減にやってるのかなって思ったらちゃんと揃ってるし。
たまたま両者置けなくなった時に一枚出せたくらいだよ。
メアリーの「えっ? こんな程度なんですか? くっそ遅いですね」みたいな目が忘れられない。
ザーコザーコ言われながら弄られるのは別に嫌いじゃ無いけど、素で蔑まれると凹む。
おかしいな。こんな筈じゃなかったんだけど…。
メアリーに全勝して、「こんな日もあるさ」って言いたかったのに。くそぅ。
今もメアリーがトランプをシャッフルしてるけど、プロのマジシャンみたいな手つきでやってるもん。何で空中でシャッフル出来るんだよ。
「クリス様もうやらないんですか?」
「いやいいよ。勝てそうにないし…。……やってたことある?」
「ないですよ? 手加減しましょうか?」
なん…だと…。
手加減……。圧倒的屈辱……。
やばい泣きそう。
いや、待てよ。メアリーはお母様の部下だった訳で、動体視力とか運動能力が高いんだよ。
と、言うことは、このゲームはメアリーの得意分野。独壇場!
迂闊だった。勝てるわけ無いよ。ふふふ……。相手の土俵で戦ってしまった訳だ。
つまりは負け戦。負けイベント。絶対に勝てないアウェイ…。
ならば、勝てるゲームを選べば良い。
二人で出来て勝てそうなゲーム……。
「メアリー。七並べやろう!」
「もしかして、それなら私に勝てそうだから選んだわけじゃ無いですよね?」
「そ、そそそそんなこと無いよー」
キョドッてカタコトになる。
「そうですか? じゃあ今回は罰ゲーム用意しませんか?」
「えっ?」
「大丈夫です。クリス様が勝ってもえっちぃ命令には従いますよ?」
「し、しないよそんなことー」
「棒読みですが?」
するわけ無いだろう? いつもされてるのは私の方なんだぞ?
言った倍の事やられるに決まってるから罰ゲームは用意しない。
「あっ、じゃあ私が勝ったら今晩抱きしめながら寝てもいいですか?」
「いつもやってるじゃんそれ。罰ゲームにならないよ」
「二人とも裸で」
は? 何言ってんのこの人。頭の中ピンクかよ。
「クリス様お顔真っ赤ですよー」
ニヤニヤしながら流し目してくる淫乱メイド。
よーし、そこまで言うならやってやろう。
今回は勝つ。勝ってメアリーに言われるがままにならないようにする。
「メアリー、私が勝ったら今後セクハラ禁止」
「そ、そんな……。私に死ねと仰るのですか………」
その場に頽れるメアリー。
そんな事一言も言ってないんだよなぁ…。
「分かった分かった。メアリー、罰ゲームはなし。いいね?」
「断腸の思いですが仕方ありません……。くっ………」
何が、「くっ………」だよ。
今度こそメアリーの鼻をへし折ってやる。
そう思っていた時期が私にもありました。
ルールを簡単に説明して、ゲームを始めたのはいいんだけど、カードを交互に出すからなのか、さっきやってたスピードが早すぎたのか遅く感じる。
勿論、一回戦目から負けたんだよね。
まさか、ハメ技使われるなんて思いもしなかったよ。
「あれ? クリス様出せないんですか?」
分かってて言ってるのがわかる。
だって、終始ニヤニヤしてたんだもの。
二回戦以降は、ほぼ序盤から出せなかった。
メアリーがシャッフルして配りたいって言うからやらせたら、案の定酷い手札。
なーんで、A、2、3、J、Q、Kばっかり入ってるのかなー?
おかしい、おかしいな、おかしいね?
「クリス様、どんだけ引きが悪いんですかー」
故意だと思います。
まさか、この短時間でそこまで出来てしまうなんて、我が家のメイドってもしかして凄く優秀なのでは? 悪い意味で。
結局、七並べもメアリーに一勝も出来なかった。
もう夜も遅いので、ここいらで切り上げて寝る準備をしていたら、メアリーが両手を広げてベットの上で座っていた。
「今日はメアリーと一緒に寝ない」
「えぇっ!」
どうしてそんな事を言うのか分からず戸惑うメアリー。
別に拗ねてるんじゃないよ?
主従関係ははっきりさせないといけないじゃない?
そんな風に考えていたんだけど、ガバッとメアリーに抱きしめられる。
「⁉️」
「ふふっ。ダメですよクリス様。全部勝った私にご褒美が無いなんて悲しいです。ですので、今日も一緒に寝ましょう」
大人と子供だと体格差がありすぎて抜け出せない。
はいはい。分かりましたよ。今日はもう諦めて寝ますよまったく。
メアリーに全く勝てなくて悔しかったから、明日はウノにしましょうか。
それなら勝てそうな気がする。
何かメアリーがごにょごにょ言っているけど、子供が睡魔に抗えるわけもなく、そのまま眠りに落ちていった。