37 お菓子を作ろう
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調理場へ入ると、待ってましたとばかりにメアリーが迎えてくれた。
「遅かったですねクリス様! 私をこんなに待たせるなんてっ!」
私の彼女かよ。お前、私の従者だろうに……。
「あら、ごめんね。ちょっと着替えてて遅くなったわ」
「何で、私はそこにいなかったんですか?」
「食い気が勝ったんでしょう?」
「い、いえ、おか、お菓子を作るのが楽しみだったんですっ!」
目が泳いでるわよメアリー。
材料も器具も準備万端。メアリーのつまみ食いもスタンバイ状態にある。
「あら、メアリーさんはお菓子作りが得意なのかしら?」
「ふふん。任せてください! サマンサ様と同等のレベルです!」
胸を張って言うことじゃない。つまり、作れないって事だ。
「という事で、お菓子作りのプロのメイドさんを呼んでいます。ベルシックさんです。よろしくお願いします」
「どうもどうも。普段のお菓子作りを任されてるベルシックと申します。今後ともよろしくお願いします」
オレンジに近い色のショートカットのメイドさんだ。得意ジャンルは主に洋菓子だ。彼女オリジナルのお菓子も結構開発していて、どれも斬新で美味しい。
「ベルシックさんには、私が考えた(前世のを思い出した)お菓子を一緒に作ってもらってたりします。正直、才能の塊ですね」
「そんな褒めないでくだいさいよー。当然の事ですからー」
とまぁ、このように自己肯定感の強いメイドさんだ。
私一人で作ってもいいんだけど、ベルシックさんがいると、複数の種類を短時間で作れてしまうので、大変重宝しているメイドさんです。
そんなベルシックさんにメアリーが食ってかかる。
「あなた、ちょーっとお菓子作りが上手いからって、クリス様に色目使ってんじゃないわよ?」
「あらあら、何にも取り柄がなくて、ただ押しが強いだけのあなたには言われたくないわー。それに私のお菓子をあなた毎日バクバク食べてるじゃない。あげなくてもいいのよー?」
二人とも大きい胸を押し当てながら挑発をしている。若干ベルシックさんのが小さい。
「すいませんでしたー」
「わかればいいのよー」
僅か一分足らずで、勝負が決着してしまった。全く無駄な茶番しないで欲しいな。ソフィア達がぽかーんとしてるじゃない。
パンパンと手を叩き、みんなの意識を戻す。
「くだらない事やってないで、お菓子作るわよ!」
今日は、フィナンシェとマドレーヌ。余裕があったらラングドシャを作ろうと思う。
フィナンシェとマドレーヌは似てるけど、ざっくり言うと、金の延べ棒みたいな形で焦がしバターと卵白を使ったもの。マドレーヌは貝の形で溶かしたバターで全卵を使ったもの。どっちも焼く時間は短いのがいいよね。
せっかくだから、ステラさんとシフォンさんに作ってもらおうかな。まさか、黒い塊になるなんて事はないとは思うんだけど。
フィナンシェよりマドレーヌのがまだ難易度が低いので、マドレーヌを教えるのは私が。フィナンシェはベルシックさんに担当してもらおう。
「ということで、どっちがいいですか?」
シフォンさんがフィナンシェ。ステラさんがマドレーヌと話し合いの末決まった。
「それじゃあ、よろしくね」
「はい! お願いします!」
元気がいいね。不等号みたいな表情をしている。
では、器具の使い方と材料の紹介をしようと思ったら、こっそり耳打ちされた。
「あ、あの…。サマンサ様はお菓子とかお好きでいらっしゃいますか?」
何でお姉様が? と思ったけど、つい先日馬車の暴走時に助けたのを思い出した。
まさか、お姉様の事を好きになったんじゃあ……。
「え? もしかしてお姉様の事を…」
「はい。何かお礼がしたいと思いまして…」
あ、そうだよね。お礼だよね。お姉様は止めといた方がいいって言いそうになっちゃった。危ない危ない。
でも、ちょーっと頬に朱が差しているのよね。ま、いっか。趣味はそれぞれだしね。気を取り直して、材料紹介。
薄力粉・卵・ベーキングパウダー・砂糖・バター、以上。混ぜて焼くだけ初心者向け。甘みや風味を出すのにハチミツを使ってもいいし、ココアパウダーを使って二色作ってもいいね。
折角なので、ステラさんにやってもらおう。
「じゃ、まずはボウルに卵を割って……、そうそう上手よ。そこに分量の砂糖を入れて混ぜるの」
「え! こんなに砂糖入れるんですか?」
「ケチると美味しくできないわよ。お菓子作りは化学みたいなものだし。ソフィアならわかるわよね?」
「まぁそうね。分量通りやって成功するからね。ちょっとでも違うと上手くいかないし、決まった分量って黄金比なのよね。そういうところは似てるわよね」
急に振られたのにちゃんと答えるソフィア。きっとマズイのは食べたくないんでしょうね。
「うぅ…」
罪悪感に苛まれながらも溶いた卵に砂糖を投入する。
フィナンシェ側でも同じやり取りをしていた。
「えっ! この量のバターを? ………えぇ、砂糖こんなに使わないとダメですか? 太りませんか?」
「一個あたりに換算したらそんなに多くないから。ほら」
ベルシックさんが笑顔で対応する。でもちょっとイラってきてるのかな?
そんな様子を横目にこちらも進めておく。
「では、先ほどのところに予め振るっておいた粉を入れて軽く混ぜます。うん。粉っぽさがなくなったわね。そしたら、こちらの溶かしバターを入れます」
バターだけ私が横で湯煎で溶かしておいた。
「で、ここで生地を冷蔵庫で一時間ほど。可能なら二時間ほど寝かせます。まぁ、寝かせないでそのまま焼いてもいいんだけどね」
ちらっとソフィアを見る。意外と興味を持って見ている。それに折角着替えてきたんだからやらないのは勿体ないじゃない?
「ソフィアもやってみたいんでしょう?」
ということで、それぞれの生地を寝かせている間、ソフィアには簡単なお菓子を作ってもらう。
「私にできるかしら?」
「大丈夫よ。まずはこの卵を黄身と白身に分けてもらおうかしら」
「分ける時点でちょっとめんどくさいじゃない」
そう言いながらも綺麗に素早く的確に黄身と白身を分けていく。プロも顔負けの早業だ。
「ソフィアすごいね。上手よ」
「ふふん。だって、卵白は薬の材料になるからね。それなりの量をこなしていたからこんなの朝飯前よ」
「え? 朝ご飯ならさっき…」
メアリー…。野暮なツッコミはしないものよ?
「で、分けたわ。この後どうするの?」
ソフィアの細腕を見る。
「ソフィアは力仕事得意かしら?」
「あんまり得意じゃないわね」
「じゃあ、見てるだけのメアリー? このバターを柔らかくなるまで混ぜて?」
ボウルと泡立て器をメアリーに渡す。
何の疑問も持たずに混ぜる。
「出来ました、クリス様!」
「ありがとうメアリー。じゃあ次はこっちも混ぜてね?」
卵白に砂糖を入れたボウルと別の泡立て器を渡す。
「このくらいですかクリス様?」
「まだよ。もっとふんわり、ツノが立つくらい」
流石のメアリーも疲れてきたのか泡立てる速度が落ちてくる。あれ、結構重労働なのよね。
ハァハァ言いながら、無言でボウルを渡してくるメアリー。軽く掬い硬さを確かめる。
「うん。上出来よ。ありがとうメアリー」
片腕をキッチンの上に預け、ヤンキー座りみたいな座り方をするメアリー。よっぽど疲れたんだな。肩で息をしている。そして私に軽く手を挙げ応える。従者としては0点ね。まぁ、タダでお菓子を食べられるなんて思わないことね。
「アナタ鬼ね…。これを私にやらせようとしたの?」
「いや、電動の泡立て器あるし。折角だし、ね?」
ベルシックさんがゲラゲラ笑いながら腹を抱えている。ステラさんとシフォンさんが苦笑いだ。
「と、いうことで、こちらのバターに先ほどの泡だった卵白、メレンゲを入れます。一気じゃなくて、数回に分けてね。あとは、風味付けにバニラエッセンスを数滴…」
この間に粉を振るっておき、ソフィアに渡す。
「そしたら、この粉を入れて粉っぽさがなくなる混ぜてね。そうそう。上手よ」
後は、しぼり袋に入れて、クッキングシートを敷いた天板に絞り出していく。
「こんな、ぼてっとしていていいの?」
「いいのいいの。どうせ広がるから」
予め一七〇度に予熱していたオーブンで十分程焼く。
「そういえば、このオーブンもソフィアのところのなのね。とても重宝しているわ」
オーブンにはAmberLakeと記載があった。
「それは良かったわ。その辺の調理家電は何故かムック兄様が作ってるのよね」
「え? あの変態が? おっと…」
「いや、いいわよ。事実だし。何なら三人ともよ」
ソフィアも入れたら怒るのだろうか? そうこうしているうちに、焼きあがったようだ。粗熱が取れたら、網、ケーキクーラーの上に乗せて冷ます。
「ね、簡単でしょ?」
「まぁ、簡単だけど、犠牲者が一人…」
「では、そろそろ焼きましょうか」
「そのまま放置するんだ…」
マドレーヌだと、一八〇度で十五分前後、フィナンシェは百九十度で十五分前後焼く。オーブンや生地の状態によっては温度や時間が変わるのだけど、このオーブンではこれで焼いている。
ケーキとかだと一時間弱とかかかるから、それに比べたら全然早いよね。
焼きあがったマドレーヌとフィナンシェをそれぞれ型から外し、ケーキクーラーの上に乗せ粗熱を取る。
ベルさんがいつの間にか用意していた紅茶を淹れている。それぞれの前に紅茶の入ったカップを置いていく。手際がいいなぁ。
「余った卵黄は明日のおやつのエッグタルトに使いますね」
「じゃあ明日も来ないといけないじゃない!」
明日も来る気満々なんですね。
それでは、お待ちかねの味見タイム。
まず、ソフィアがフィナンシェを一口齧る。
「うわぁっ…。カリカリでフワフワ…。何これ凄く美味しいんですけど」
「焼きたては作った人の特権よね!」
「焼きたてだと、食感が全然違うんですね」
「ウマウマ」
メアリーもいつの間にか復活してパクパク食べている。
でも一番すごいのは、この間にお菓子を追加で焼いているベルさんでしょうね。
ベルシックさんはホント楽しそうに作るなぁ。そして、メアリーも楽しそうに食うなぁ。




