36 メイド服に着替えよう
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食事が終わり、お父様とお姉様は公爵との打ち合わせの為、応接室へと向かっていった。
お姉様が去り際に不満を口にしていた。
「確かに言ったわ。言ったけれども、今日だなんて思わないじゃない。何で今日なのよ…」
「その……、すまない……」
聞こえていただろう公爵が、これ以上ないくらい申し訳なさそうに謝っていた。
だって仕方ないじゃない? 商品の開発や製造なんかは私だけど、販路の拡大や交渉ごとはお姉様の担当だもの。なんだかんだ不満を言いながらもきっちり仕事をしてくれるからそういうところは好きよ。ただ、知らないうちに変な商品の取り扱いとかするのだけはやめて欲しいわ。
さて、今日の午前中はお菓子作りを予定していたので、早速調理場へ向かおうと思ったが、その前に料理に適した格好に着替える事にする。
「あら、クリスどこ行くの?」
「今日はお菓子を作って持って行くところがあって…今から一、二時間くらい調理場にいるんだけど、ソフィアはどこかで待ってる?」
「うーん、クリスがお菓子作ってるところ見ていてもいい?」
「別に面白いものじゃないわよ?」
「いいのいいの。クリスが何かをしているところが見ていたいだけだから」
なんか、お姉様と同じようなこと言ってきて怖いな。
まぁ、いいか。今日来るとは思わなかったけど、変に待ってもらうよりかはいいかな。
「それにね、うちのメイドにもお菓子作りを覚えてもらえばいいかなと思って」
「あぁ、なるほどね」
そこで、ふとこの前食べたお菓子を思い出し、あれが何だったのか気になったので聞いてみる。
「あれですか? 別に変なものじゃないですよ。代々我が領内で食されてきたリコリスとラクリッツを使ったクッキーを公爵家風にアレンジしたものです」
ステラさんがこともなげに言う。
混ぜるな危険。もしかすると、小麦とか砂糖とかの分量も違うのかしら? もう食べることはないから別にいいんだけどね。
調理場へ向かおうかという時に、ソフィアは思い出したように、ステラさんとシフォンさんに何かを指示していた。
「忘れていたわ。これ、見本なんだけど、合成繊維の生地。衣装作りとかにつかえるでしょう?」
おお! ポリエステルにナイロン。レーヨンにキュプラにポリエステルサテンもある。マジか! エナメルや合皮まである。衣装の幅が広がるぞ。伸縮性のある生地もあるから下着やら水着も作れそう。
一応、サテン生地に関しては、コットンサテンを使って高級品にのみ使ってたんだけど、これで少し価格も抑えられそう。それに、ポリエステル生地だと洗濯しても乾きやすいから制服とかメイド服とかに使えそうよね。私の趣味も捗るわ。
「ありがとうソフィア! これで今まで以上にいい衣装が作れそうだわ。本当にありがとう」
「いいえ、どういたしまして。というか、今までで一番喜んでるわね」
「まぁね。これに関しては諦めてたところあるし。因みにこれはソフィアのところに発注をかければいいのかしら?」
「ええ。独占的に卸してあげるわよ」
思わず嬉しくて、ソフィアに抱きついてしまった。
「ありがとう。ソフィア!」
「は、はわわわわわ! ク、クククククリス、な、何? どうしたの!」
「いや、嬉しくってつい」
真っ赤な顔であわあわ言っている。ちょっとやりすぎたな。
「ごめんごめん」
「いや、いいのよ。いつでも……抱いて……ぃぃゎょ……」
最後の方は尻すぼみになってよく聞き取れなかった。
「感謝の気持ちとしては少ないかもしれないけれど、腕によりをかけてお菓子を作るわ!」
「あら、楽しみだわ。こんなのでいいならいくらでも持ってきてあげるわ」
「じゃあ、次は、鎧とか盾とかでもいいのかしら?」
「完全にコスプレに使おうとしてるわね。分かったわ。なるべく軽量の素材で作ってあげるわ。クリスだと重さで潰れちゃいそうだし」
「一理ある」
「あるんだ…」
「その前に、ちょっと着替えてくるわね?」
「別にその格好でも料理できるでしょう?」
「まぁそうなんだけど、やっぱりその場その場にあった格好したいじゃない?」
「ふーん」
という事で、私室でメイド服に着替えてくる。
前をボタンで留めるタイプなんだけど、後ろをファスナーで一気に上げるほうが楽なのよね。あとで、ソフィアに行ってファスナーの製作をお願いしよう。
さっきの格好のがヒラヒラが少ないから動きやすいでしょうって思うだろうけど、朝の稽古でちょっと汚れているのよね。食品を扱う以上、綺麗な格好しておかないと……。あら嫌だ。そんな格好でソフィアに抱きついてしまったわ。あとで謝らないといけないわね。
部屋の外で待たせてしまったので、併せてお詫びをと思ったら、言葉を発する前に抱きつかれてしまった。
「きゃあああああああ! かわいいわ! お人形さんみたい。すごく似合ってるわ。もしかして、私に傅いてくれる気になったの?」
どうしてそんなに理論が飛躍するんだ…。
「ねぇ、私もそれ着てみたいんだけど」
「え? いいけど…。メイド服なんて興味ないと思ってたわ」
「何言ってるの? 女の子は一度は着てみたいものよ。例えば文化祭とか」
前世ではそうでしょうね。でもね、ひとつ訂正させてもらうわ。男の子だってメイド服は着たいのよ。文化祭でなくてもね。
「それに、クリスのところのメイド服はメイド喫茶みたいなデザインしててかわいいし」
「あー確かに。予備がまだ何着かあるからどうぞ」
「クリスの部屋なのに入らないの?」
「一応、私男だからね。女の子の着替えに同室するのはマズイでしょうに」
「…別にいいのに……」
ソフィアがまた変な事を言い出す前に、ステラさんとシフォンさんも部屋に押し込める。
数分後、私のメイド服を着たソフィアが出てきた。昨日も思ったけど、私とサイズほとんど変わらないのね。胸の部分も……。
「ソフィア様が服に興味を持っていただいて嬉しく思います…」
「えぇ、えぇ。本当に」
一体今までどんだけ興味が無かったんだ。本当に女子なんだろうか?
そんなソフィアといえば、スンスンと袖やエプロンなんかの匂いを嗅いでいる。
「ちゃんと洗濯してるから臭くないと思うのだけど……」
「何で、洗ってるのよ」
「えっ?」
「え?」
深くは追求しないでおいた。聞いたらいけない気がしたので。
ちゃんと着替えたので、お菓子を作る為に調理場へ向かう。




