34 今日は朝から騒々しい
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翌日―――――
今日の訓練はミルキーさんと格闘技の組手をしている。
昨日のショーで、キレッキレの動きを見て、昨夜小一時間程褒めたら顔を真っ赤にしていた。その流れで本格的に教えてもらえることになったのだった。
お母様とやると寝技しかしてこないので、なかなかやる機会がなかったのよね。
「何で私とじゃないのかしら……」
と、後ろの方で拗ねるお母様。
そんなことを気にせず数十分組み合っていた。
「中々筋がいいですよー」
ミルキーさんのおっとりした声で褒められる。朝から癒されるなぁ…。
最近、ルイスお兄様が居なくて、ずっと落ち込んでいたので、代わりに私がこうして相手していると気分も紛れるんじゃないかしら。別に、あの豊かな二つの島を頭の上に乗っけて欲しいなんて思ってないわよ。
煩悩が頭の中を占め始めた頃、門の方から凄い勢いで馬車が入ってきて急停止した。
人の家で何であんなに速度出しているのよ。危ないわね。
またもや通路の途中で止まった馬車からソフィアとメイドさん二人。そして、アンバーレイク公爵が走ってきた。走るなんて貴族らしからぬ振る舞いだが、何やら切羽詰った様子だ。何かあったのだろうか?
「こんな朝早くから申し訳ない、オパールレイン伯爵夫人に、クリスティーヌ嬢」
息を切らしながら挨拶をする公爵閣下。
「こんな朝早くからどうなさいましたか、アンバーレイク公爵?」
お母様が貴族モードに切り替え、ミルキーさんがさっと後ろに傅く。
「えぇ、どうしたもこうしたもないです。あの食べ物は何ですか!」
「食べ物……ですか?」
「えぇ、昨日ソフィアがこちらの領で買ってきたものなんですが、貴族たるものそういったものは口をつけないのが普通なんですが、あまりに美味しそうな匂いにつられてしまい、夕飯前に家族と食べたんです。そしたらあまりの美味しさに全部食べてしまって、二つの意味で夕飯が食べられなくなってしまったんですな。はっはっはっは…」
「はぁ…」
「特に、子供達の食べる勢いは凄かった。懐かしい懐かしいと言いながら食べていました」
「それは……、良かった…ですね……」
興奮した公爵は身振り手振り空間を最大限に使って、どれだけ美味しかったかを力説している。
お母様がこんなに気圧されているのは初めて見る気がする。いつもは威風堂々としているから、新鮮な感覚だ。
「いえね、いつも我が公爵家でパーティーを催すんですが、あんまり人が来てくれなくてですね、料理もほぼ手付かずで常々おかしいなとは思ってたんですよね」
「そうなんですね…。我が伯爵家はあまりお呼ばれしたことがないのでその辺の事情には明るくないのです」
疑問に思ったので、ミルキーさんにこっそり聞いてみる。
(えっとですね、ダイアモンド王国内では、美食のオパールレイン。メシマズのアンバーレイクと他の貴族達の間で長年言われてきたことなんです。隣り合う領同士でどうしてこんなに違うのかと良く話題に上がりますね。両家の間ではそれは知られてないようですけれど……。ただ、我が伯爵家は他の貴族達の方々から忌避されているので、呼ばれもしませんし、催す事もないんです。公爵家からは何回か招待が来ていたようですが、運悪くお伺いしていない状況ですね)
そんな事情があったのか…。
「遅ればせながら、やっと食べ物がまずいという事に気づきましてですね、早急に領内の食事事情を改善したいと思い馳せ参じたわけですが、どうかお力をお貸しいただけませんか?」
そういうことなら、お父様かお姉様なんだろうけど、お母様ってこういう話題どうするんだろう?
「そうですね、私の一存では決めかねますので、もし朝食がまだでしたら食事をとりながら話を進めるのは如何でしょうか?」
「よろしいのですか? いやぁ、実は朝食をとらずにこちらへ来たものですから助かりますな。はっはっは」
「では、案内いたしますわ」
お母様がミルキーさんに目配せして、ミルキーさんに続いて屋敷へ向かう。
横で静かにしていたソフィアが歩きながら私に話しかけてくる。
「おはよう、クリス。いてもたってもいられなくなったから、お父様をけしかけようと思ったら、先に一人で行きそうになったから慌てて付いてきたわよ」
「そうなんだ」
そういう割にはすごく整っている。一体何時に起きて準備していたんですかね?
「おかげで朝ごはんも食べてないのよね。でも、もっと早く来たらクリスの朝稽古の風景をずっと見ていられるのかしら?」
「今日はたまたま早かっただけなんだけど」
「そうなの? ところで、クリスが稽古しているのを見ながら朝食をとるのはどうかしら?」
「申し訳ございません、お客様。弊店ではそのようなサービスは行っておりません」
「何でいきなりそんな他人行儀になるのよ」
しかし、こちらのメイドさんも最初会った時よりくだけてるなぁ。
「シフォン、あのオパールレイン家の朝食よ。どんなのか気になるわね」
「ステラ…。そもそも一緒に食事は出来ないでしょうし、もしかしたら使用人とメニューは異なるかもしれませんよ?」
「マジで? クリス様本当ですか?」
直接聞かれるとは思わなかった。三人から「どうなの?」って感じで見つめられる。
「いや、ほぼ一緒ですよ? 寧ろ使用人の方が好きにいろいろ食べてる筈ですよ」
「やったぁ」
ステラさんがバンザイのポーズで喜ぶ。まだ、何が出るかわからない筈なのに、信頼度高くない?
「ステラ、あなた一応公爵家のメイドなのですから、他所ではもう少し慎みを持ちなさいよ」
シフォンさん、是非ともうちのメイド達にも言ってやってください。




