27 最後の朝食
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翌日、朝―――――
床で目が覚める。上体を起こし、ベッドの方を見る。お姉様とメアリーが互いに抱き合いながら眠っている。本当になんだかんだ言いつつも仲がいいわよね。
私はきっと、夜中に蹴飛ばされるなりして床に落とされたんでしょうね。体の節々が痛いもの。
だから一緒に寝るの嫌だったのよね。お姉様は寝相が酷く悪いから、毎回蹴り飛ばされて床で起きる事になるのよね。
そういえば、メアリーはよく蹴飛ばされずにベッドの上で眠っているなと思ったら、メアリーがお姉様を締め技でガッチガチに決めているんだわ。きっと、本能的にやっているのでしょうね。早々に蹴飛ばされていて良かったわ。
よく見ると、お姉様が苦悶の表情で眠ってる。よくこの状況で寝ていられるな。ある意味感心するわ。
朝から面白いものが見れたなと思っていると、コンコンと扉がノックされ、公爵家のメイドさんが入ってくる。
「クリス様、おはようございます。もう、起きてらしたんですね」
そう言って、私とベッドの上をそれぞれ見て、期待するように目を細めた笑顔を作ると。
「昨晩は、お楽しみでしたか?」
「そう見えるなら、少し休んだ方がいいわよ。あなた疲れているのよ」
どこの家のメイドさんも頭の中ピンクかよ。朝からまったく……。
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予定があるということで、朝食は丁重にお断りしたのだが、残念。魔王からは逃げられない。お父様が押し負けて、公爵家の家族と朝食をとることになった。
私とお姉様でお父様の両足を踏んづけたんだけど、逆に嬉しそうな顔をされてしまった。霧が晴れたような清々しい表情をしている。
そういえば、お父様はどMだったなと思い出し早々に足を戻したら、名残惜しそうな顔を向けられる。
心の中で降参の意を示し、諦める。諦めたのだから、この朝食も降参出来ませんかね?
「昨日の夜はムックお兄様のせいで、さんざんな目に遭いましたわ」
「正直、昨日は死を覚悟しましたぞ」
「よく生きてたね。というか、元気だね」
「どんだけ甚振っても、恍惚の表情を浮かべるだけで、全然反省しないんですもの。私の方がどれだけ辛かったか、お兄様分かりますか?」
「私はそういう趣味はないから分からないな。分かってあげられなくてすまないね」
「ぐぅっ…。惨めだわ……」
お父様、奇遇ですね。私なら分かりますよって顔しないでくださいな。
ここで話に割り込んで入ったらどうしようかと思ったわ。どうしてうちの家族はこんなに変なのかしら?
まったく。みんなは朝から元気だなぁ…。
私は、目の前に置かれたこれをどう処理しようか、覚悟を決める為の心の準備をしているというのに。気が滅入るわぁ…。
イギリスとかオランダ風の朝食かなと思ったら、リゾットだった。
全体的に白っぽい。ミルク粥っぽいのかなと思ったけど、中にちょっと茶色に近い黄色い具が入ってる。そして、上にはベーコンが数枚乗っている。
今まで食べたものの中ではマシな方だろうと思う。ただ、自分のペースで食べたかった…。
横に座ったソフィアが「あーん」と、私の前にスプーンを差し出す。みんなの視線が集まり気恥ずかしいが、ここで拒否するとおかしなことになるので、覚悟を決めて食べる。
甘い……。甘いんだけど、脂っこい。りんごの風味が凄く強い。不味くはないんだけど、もっとちゃんと調理すれば美味しくなると思う。
ただ、一つだけ言わせて欲しい。りんごは小さく角切りで入れて欲しい。何で四分の一くらいのサイズで入れた? 米よりりんごが口の中の専有率高いのよ。だったら、りんごをただ切って出してくれた方が良かったと思うの。
そして、ソフィアに対してお姉様が対抗意識を燃やすので、両側から「あーん」をされる。別にハーレム願望無いのよ。
「お義姉様、ここは未来の義妹に譲ってくれませんか?」
「あら? 貴女にお義姉様と言われる筋合いは無くってよ?」
私の両頬に米のついたスプーンを押し付けるのはやめて欲しい。そして、それを微笑ましく見ている公爵夫妻止めていただけませんかね?
地獄の朝食が終わり、帰り支度を済ませ公爵家が揃って見送ってくれる。
「本当はもっと、いろいろ見せたかったんだが、あんな事故があっては暫くは自由に動けなそうでね、申し訳ない。近いうちにまた、案内しようと思うので、是非来て欲しい」
「いえいえ、私としましても発展した街並みを見れただけでも得るものがありました」
と、公爵閣下が申し訳なさそうにお父様と喋っている。
しかし、鉄道の件はお父様が話し合ったし、私は実際ここに何しに来たのか良く分からないのよね。ただ、ご飯が美味しくなかったという結果しかないわ。
「クリス、今度は私が遊びに行くわね」
ソフィアが私の両手を掴みながらニコニコと告げる。
「えぇ、待ってるわ。是非、来て頂戴ね」
そうして、アンバーレイク領を離れ、自分の領へ帰る道すがら―――――
「疲れたーーーー」
「ご飯が美味しく無い!!!」
「クセが強い!」
「私、今回影が薄いんですけど」
と、皆口々に不満を漏らした。馬車の椅子にだらし無く寝そべるお父様とお姉様。
「クリス様はいいんですか?」
メアリーが膝の上をポンポンと叩きながら、寝てもいいと促してくる。
「いや、その重装備で頭乗っけたら、痛そうだし当たってるところが痺れそうだからいいわ」
ガーン! と音が響きそうな程衝撃を受け壁にしなだれ掛かる。その時の衝撃で馬車が大きく傾き、メアリーの方に投げ飛ばされる。
「あら、クリス様、飛び込んでくるなんて」
違う。不可抗力。そして、その重装備で抱きしめないで欲しい。硬い、痛い、苦しい。
お姉様もぐったりとしていて、いつもはうざいツッコミもしてくれず、家に着くまで、メアリーの地獄の抱擁は続いたのだった。




