46 それはまるで踊るかのように
そして、少し時間は少し遡る。
ルスランとクリスが互いに剣を振り下ろした頃─────
ルスランは余裕の表情を崩さなかったが、内心酷く焦っていた。それは、クリスの放つ剣の鋭さと重さだ。
少女にしてはあまりにも重く、柄を握る手が軽く痺れを感じた。そして、何よりその太刀筋だ。
首筋を冷や汗が伝う。
ルスランは今まで帝王学と称してありとあらゆる事を習得させられてきた。そしてその中には剣術も入っていた。
その全てに於いて完璧を要求された。皇城内では誰も彼に敵う者はいなかった。
それ故に目の前に少女に戸惑うルスラン。ただただ防ぐだけで精一杯だ。何とか反撃の機会を伺いながら、大きく振り返す。自分にも隙が出来るのは承知の上だが、一瞬だけクリスにも隙が出来た。
流石に男と女。力では圧倒出来ると確信しての行動だった。
何とかクリスの手に疲労を蓄積させ、剣筋を鈍くさせるのが狙いだったのだが、その目論見は外れた。
クリスはルスランの思惑を瞬時に判断し、攻撃の方法を変更した。その為かルスランは再び防戦を強いられる事となった。
しかし、そんな祭壇の上で繰り広げられる二人の戦いを遠目に見ていた帝国民にとって、それは美しい剣舞に見えた。
そして、それを阻むかのようにサマンサとヴェイロンの戦いも激化していた。
この戦いの決着次第でこの国の明暗が分かれることも、薄々感づいており、ただ黙って見ていることしか出来なかった。
ルスランは恐怖とも賞賛とも取れる奇妙な感情を抱いていた。
一体どれほどの修練を積めば、ここまでの強さを得られるのだろうかと。ただ強いだけでなく、振るうその剣はとても美しく、油断していると見惚れてしまいそうになる。
あぁ…。こんな時間が永遠に続けばいいのにと、戦いの中の極限状態で奇妙な気持ちを抱いた。
さっさと終わらせて、全ての計画を完了したいが、ルスランはこの少女との戦いが終わる事を酷く危惧していた。
右から、左から、上から、斜め上から、斜め下から様々な攻撃の雨嵐が降り注ぐ。
軈て、この甘美な時間も終わりを告げようとしていた。
ルスランは、手の感覚が鈍くなっている事にやっと気づいた。だが、それはクリスも同じだったようだ。
二人は、戦いながら決着の一手を探っていた。
ルスランは大きく薙ぐように剣を振るう。対してクリスは受け流すように最小限の動きで返してみせるが、ルスランの剣がクリスの肩から横一閃に当たりそうになると、躱すように剣先の方向から回転して回避した。
ただその時、クリスの髪の毛に触れたようで、首から下の辺りでバッサリと髪の毛が断たれてしまった。それらは宙に舞い、二人の周りに漂った。水色の髪の毛が光に当たり神々しい景色を映し出していたが、二人にとっては些末時だった。
ルスランはそれを切り裂くように斜め下から剣を振り、クリスはそれを弾き返した。
そして、ルスランが突くように剣を前へと突き出すその瞬間、クリスが顔だけを避けてみせたが、クリスの左頬にうっすらと一つの筋が出来、そこから滲むように血が垂れた。
だが、その時、ルスランの首筋に剣の刃先が触れるか触れないかの位置で止まっており、ルスランは眼球だけを動かしてそれを見る。そして、フッとため息を突くと、苦笑しながら、呆れのような諦めのような声で「降参だ」と口にしたのだった。
そして、もう限界だと言わんばかりに持っていた剣を下ろし、祭壇の下へ投げ捨てた。
それを見届けてからクリスは剣を下ろし、同じように剣を投げ捨てたのだった。
視界の端ではサマンサとヴェイロンが倒れ伏していた。
*
なんとか勝つことが出来た。
目の前には剣を放り投げた皇帝が胡座をかいて座っていた。
私はというと、立っているのもやっとだ。まさか真剣で勝負するとは思わなかった。儀式用の模造刀だと思っていたからだ。だが、実際に放り投げられた剣は重く、油断していたらやられるなという感覚がすぐに分かった。
相手の攻撃は凄まじく重い。防ぐだけで精一杯だった。何とか躱し躱し攻撃を防いでいたが、よく耐え切ったと思う。
しかし、うちのメイドさん達と訓練していて良かった。振り下ろされた剣はとても重く、手が痺れるほどだったが、技術的な部分ではうちのメイドさんには敵わない。訓練していて本当に良かったわ。
辺りを見回すと、私の髪の毛が散り散りになって散乱していた。下手したら首が飛んでいたかもしれない。
断罪じゃなくて、真剣勝負で首チョンパなんて冗談にもならないわ。
緊張の糸が切れたのか、脚に疲れが出たのか、そのままぺたんと座ってしまった。
左頬の辺りから生暖かいものが垂れる感触があった。
汗だろうかと思い、手の甲で拭うと真っ赤な血が付いていた。
「えっ! 嘘! 血!?」
先ほどの戦いで切ってしまったのだろう。深くないといいんだけどな。痕とか残ったら、私のかわいい顔が台無しだもの。
そんな事を考えていたら、目を丸くして驚愕の表情を皇帝がしていた。
「す、すまない…。女子の顔に傷なんてつけてしまって…」
先ほどまでの尊大な演技がかった話し方ではなく、心の底から心配するような声だった。もしかしたらこっちが素なのかもしれない。
慌てて正座の姿勢をとって、頭を下げようとするので、急いで止めた。
「すっ…すまない」
「やめて下さい! みんな見てますので…」
仮にも一国の王がそんな慌てて謝るなんてとんでもない。
「し、しかし…髪の毛も顔も傷つけてしまった。責任は取らなくては……」
何この人、いい人なのかしら?
「女子の顔に傷なんて付けたら一生嫁に貰ってもらえなくなってしまう…」
そんな将来のことまで心配してくれるなんて…。でも…。
「大丈夫です。私、男なんで」
「は?」
気の抜けた間抜けな声を出す皇帝。
「いや、そんなわけないだろう。こんなに可愛いのに男な訳……」
真顔で見つめる私を見て本当だと理解したのだろう。途中で尻すぼみになり、口を閉じてしまった。
二人して俯いていたら、遠くの方からレオナルドやお母様達が群衆を掻き分けて近づいてきたのだった。




