43 怒り
カルブンクルスの民衆は恐れ慄いた。
今日は、前皇帝夫妻の国葬だという。国民は誰も参加しないし、喪に服したりしない。ただ、復讐の時を、革命の時を虎視眈々と待ち望んでいた。
そして今日、その機会は訪れた。
新皇帝が新たな婚約者と共に皇帝就任の義と合わせて葬儀を行なっている。こんな絶好の機会はない。皇室共々終わらせ、この国の搾取され続ける構造を終わらせるのだと。誰もがそう思い、いつでも襲撃出来るよう各所に隠れていた。
そして、別の部隊が待ちきれずに黒い塊となって、後ろから、路地裏から這い出てきた。
いつ始まってもおかしくなかった。
当初想定されていた人員より、圧倒的に少ないのだが、この大通りを埋め尽くすだけの人民が集まっていた。十分であろうと誰もが感じていた。
しかし、最初は全員がクワや斧といった武器を持ってくるはずが、なぜが全員が何も持たずに集っていた。これを企てた側の人間でさえ…。
そもそも、なぜ襲撃をしようとしていたのかも定かではない。牙を抜かれた獣のように胡乱げな瞳で呆然と歩いていた。まるで何者かに意識の改竄をされたかのように。
叛逆の志を持つ者は、その違和感に戸惑っていた。
そして、最大の疑問は皇帝の姿そのものだった。
確かに長い事秘匿され、一度もお披露目をされた事が無かった。それは帝王学の習得の為と言われていたが、節目節目のパーティにすら出た事が無かった。その答えを見て叛逆しようとしていた者はたじろんでしまった。
なぜなら今まで皇帝は必ず黒髪赤目である事が最低条件だったからだ。そして、皇帝夫妻からは必ずその特徴を示す子供が産まれていたのだ。
だが、実際はどうだ? あまりにも似ていないその人物は金髪青目だった。
それは、まるで隣国の王子のようで、歴代皇帝の特徴は何一つ無かった。
そして、国葬には似つかわしくない豪奢なお召し物は真っ赤だった。まるで全身返り血を浴びたかの如く。
そして、厳かな歩き方ではなく、威風堂々と、悠然と歩いていた。誰かを弔うのではなく、新たなる皇帝の威光を示すかの如く。この場には相応しくない振る舞いではあるのだが、その姿はあまりにもこの場に相応しかった。
見ていた聴衆は思う。本当に国葬なのだろうかと。
二つの棺を持つのは十二人の黒服。一つの棺につき六人だ。そして後ろに控える二人と教皇らしき人物が一人と、あまりにも少ない。そもそも棺を六人で持ち上げているが、重そうには見えない。まるで空の棺を持っているように。
だが、これ以上にいいタイミングなど無い。この絶好の機会を逃せば、今後何十年と待たなくてはならないだろう。そう思い、各々が群衆から飛び出そうとした瞬間、一陣の強い風が吹いた。それは息も出来ない程強く圧倒的で、立っているだけでも精一杯だった。中には、衝撃に耐えきれずに横薙ぎになっている者や、吹き飛ばされた人もいた。
一体何だろうかと風の去った方を向くと、そこには真っ青なドラゴンが一体、あの皇城のような巨体が空を飛んでいた。
それは、伝記や伝承でしか見たり聞いたりした事がなかった存在だ。それは、言い伝えよりも雄々しく綺麗で暴力的で、誰の目にも魅力的に映った。
その姿は、ただただ平伏したくなる気にさせた。
ドラゴンが、空高く皇都の上空を旋回していた。
いつでもこの皇都を灰燼に帰す事が出来ると語っているかのようだった。
誰も彼もがドラゴンに目を奪われていたが、何人かの人物が次々に声を上げた。
一体何だろうかと皆が辺りを見回す。
見回したその先、祭壇のある方へ視線を向けるとそこには水色の髪を靡かせ、青いドレスをはためかせた一人の乙女がいた。
あのドラゴンに乗ってきたのだろうか?
否、あれはドラゴンに仕える巫女では無いかと口々に声に出した。
確かに天上の乙女の如く、透き通るほどの空色の髪はあまりにも神々しく、優雅に立つその姿は可憐で、あまりにも美しかった。
誰もがその姿に目を奪われたが、ふと疑問を口にした。一体どうしてこの場に現れたのだろうかと。
その瞬間、空から隕石のような青い塊が落ちてきた。
もうもうとたちけむる砂塵が収まるのを待たずに、中からメイド服の女性を抱いた青いドレスを着た女性が出てきた。
そのメイドを側に下ろし、新たな皇后陛下の前に立った。それは写し鏡のようでもあり、間違い探しのようでもあった。
青いドレスを着た方は角と尻尾を隠そうともせず、堂々と露出させていた。
民衆が驚いたのはそこではなく、二人とも同じ顔をしていた事だ。そして二人とも胸意外同じ体型で、同じ青い髪青い目をしていた。確かに微妙な違いはあるものの、遠くから、それもパッと見ただけで判別する事は不可能だ。
たが、民衆の心の中には一つの可能性が思い浮かんだ。まさか、新たな皇帝陛下はドラゴンの娘を娶ったのかと。そしてそれは了承なく進められ、ドラゴンの怒りを買ったのではないか?
あのメイドはドラゴンに使えているメイドで、祭壇の上に立つ少女はドラゴンを奉る巫女だと確信した。
青いドレスと赤いドレス。つまり、ドラゴン族の怒りを買ったのではないだろうか?
駆け落ちか、或いは略奪かは分からないが、恐らく連れ戻しに来たのだろう。きっと双子のドラゴンの片方なのだろう。姉が妹かは分からないが、掟破りをしたのだと。そして、その代償を払いにきたのだと。
新たな皇帝陛下はなんて事をしでかしてくれたのだと、畏怖や尊敬といったさまざまな感情が渦巻いていた。
しかし、これから一体どうなるのかという不安はあった。帝国へ対する怒りや叛逆の感情は、ドラゴンの出現により、あの名状しがたい暴力の塊が、この国そして自分達へ影響や被害が及ばないかに移っていた。
誰もが動けずに、これからどうなるのかという予測不可能な事態を見守るしかなかった。




