41 脱出計画
王子二人の部屋へ行く時以上に慎重になりながら、歩みを進めて行く。
ここにくる途中にあった階段へ向かう。
王妃様達が居たであろう部屋に向かう事も考えたが、既に冷たく、もぬけの殻だった事を考えると、戻って調べるのは意味がないと考えたためだ。
これまで以上に慎重に階段を降りて二階へと下る。
そこのフロアにも人の気配が無い。こんなにも人がいない事などあり得るのだろうか?
そして、一緒に来たであろう護衛やメイドは一体どこにいるのか。
二人を守るには彼ら彼女らの存在が不可欠だった。
このまま一階へ降りるべきか決めあぐねていると、階下から物音が聞こえた。
レオナルドとライオネルを背後に柄を握っていつても抜刀出来るようにする。
カツンカツンと一定のリズムで音が近づいてくる。
そしてその人物にいち早く反応したのはライオネルだった。
「カサブランカ! 無事だったのかい?」
「おや。ライオネル殿下こんなところで何を?」
「何を…って、こんな所脱出するべきだと思って」
ウィリアムは柄を握る力を強める。
「それは…とても残念です」
「え?」
目つきの鋭いカサブランカと呼ばれた男は、口角を少しだけあげると、手に持っていた剣を鞘から抜いた。そして、鞘を乱雑に放り投げると一気に突きの体制で階段を駆け上がってきた。
「くっ!」
ウィリアムは咄嗟に剣を振り下ろし、攻撃を防いだ。
後ろ手に離れろと合図し、両手で剣を構えた。
「おい!」
「何ですか?」
「アンタ見た事あるなと思ったら、ライオネル殿下の侍従じゃないか。何でこんな事をする!」
その言葉にニタニタと笑みを張り付かせるカサブランカ。
「どうして? この場に於いてその質問は無意味ですよ」
一介の侍従にしては、鋭く重い攻撃を仕掛けてくる。
ウィリアムは足場の悪いこの場所では防戦一方にならざるを得なかったが、思った以上にフットワークの軽いこの男では、平らな場所ではより不利になってしまうと判断した。
圧倒的に経験の差が違いすぎた。
ウィリアムは剣を持つ手が僅かに痺れてきている事に気付いた。
このままでは負ける。そう判断したが打開策が思いつかなかった。
そこで、ウィリアムは思っていた事をぶつけてみた。
「おいアンタ! 帝国側の人間だったのか?」
「半分…正解ですよ」
やたらと含みを持たせた反応を返した。
「半分?」
互いに剣を弾き合い、階段の上と下で向き合う。
「私は元々ルビー帝国に仕える人間ですよ?」
息を飲むウィリアム。喉の鳴る音がやたらと響いた気がした。
「そんな怖い顔しないでくださいよ。私はね。この国が大っ嫌いなんですよぉ」
その応えに剣を構え直すウィリアム。
「でもね。それと同じようにダイアモンド王国も大っ嫌いなんですよっ!」
階段の存在を無視したかのように、一気に間合いを詰めてきたカサブランカ。
「ぐっ!」
「訳が分からないって顔してますねぇ。その顔大好きです!」
「うっせぇ! お前ライオネル殿下が小さい頃から付き従っていただろうがっ!」
「そうですねぇ。でも信用ってそんな短期間で得られないんですよぉ?」
剣の軌道が段々と加速し、防ぎきれず、浅いながらも徐々に腕や脚に切り傷を増やしていく。
「そして、信頼を得られた時に一気に叩き落とすのが最高に気持ちいいんですよぉ!」
脚でカサブランカを蹴り落とすが、何の事はないと一回転して着地した。
「だからね。国際問題に発展しそうな事をして、違いにぶつけ合ってもらいたいんですよ」
「お前、それで大勢の人間が死ぬって分かって言ってんのか?」
「分かってますよ。えぇえぇ。とぉっても分かってますよぉ。だって、私の家族はこの国のせいで死んだんですからね。命の価値が著しく低いこの国では明日を生きる事すら困難なんです。それをあなた方の国は…国はっ…まるでこの国とは正反対だった。私にはそれが堪らなく許せないんですよ!」
剣を下ろし震えながら俯くカサブランカ。
「だったらどっちも無くなってしまえばいい」
顔を上げたカサブランカは無表情ながらも目だけを見開いて、再び突進してきた。
だが、さっきまでと打って変わって理性を失ったカサブランカの剣に鋭さは無く、二、三回の剣撃を弾いた後、カサブランカの手から剣を弾き飛ばした。
「ぐっ…」
弾き飛ばされた時の衝撃で手首を痛めてしまったらしい。
その場に頽れて項垂れたカサブランカ。それに駆け寄ろうとしたライオネルをウィリアムは手で制した。
「殿下、ダメです」
「でも…」
ウィリアムは思う。ライオネルもレオナルドも国を背負っていくにしては甘すぎると。そして、その弱さに付け入れられやすいと。どちらが国王になるのか興味は無いがこのままではマズイと思うのだった。
「大丈夫ですか?」
レオナルドが駆け寄りウィリアムの怪我の具合を確認する。
「ん? あぁ…大した事ねーよ。どうせ擦り傷だ」
「そうですか? でも、結構切られてますよ?」
「内側に防刃素材の服着てるから大丈夫だ。まぁ、何箇所かはそれを超えてるけど、いずれも軽い切り傷だよ」
ソフィアからこの服を貰ってなかったらと思うと、少し肝が冷えたのだった。
「そういえばあいつは…」
三人が軽いやり取りをしている間に、カサブランカは剣をそのままに行方を晦ましていた。
「あいつ…」
この短時間で音も無く居なくなってしまった。後を追おうにもこの二人を引き連れて行く事は出来ない。
この二人の安全が最優先だからだ。
「とりあえず、ここを出よう」
「そうですね」
「カサブランカ……」
ライオネルは、さっきまでカサブランカの居た場所を悲しそうな表情で見ている事しかできなかった。
*
「私としたことが…」
カサブランカは左手で痛む右手首を抑えながら地下へ向かって走っていた。
皇城の地下倉庫に隠した爆薬で吹き飛ばしてしまおうと考えたのだ。無論、この爆薬もダイアモンド王国から密かに密輸したものだった。故に城を破壊できる程の量は無いのだが、カサブランカにはそこまで考えが至っていなかった。
「おやおや。そこから先は危ないですよ」
「お前は…。そんな…ちゃんとエンジェルシリカで拘束されているはず…」
立ち止まり、行く手を塞ぐ人物を見て、目を見張るほどに驚いた。
「ふむ…。確かにあそこの拷問は気持ちよかった。だが、それはあくまで私が望んだ事。いつでも停止させられるし、抜け出す事も簡単です。それに、気持ちいいだけで、刺激は足りなかったのですがね」
「何を…言って…」
「全て台本通りのシナリオ。つまり茶番ですね。だから謀反も反乱も全部嘘なんですよ」
「言ってる意味が…」
「分からなくても大丈夫です。戦争している気分になっていたのはあなた方だけですので」
暗闇から現れたジェームズの顔はとても冷たく無機質だった。
「ただ一つ例外なのは、ブライアンが怪我をした事くらいですかね」
自分の腹を抑え、再度仰ぎ見ると、とてもつまらなそうな顔をしていた。
自分一人がただ舞い上がっていただけだったのかと、酷く落胆したのだった。
「全く…。役に立たない、裏切りにも使えないような者を殿下達に付けないでほしいですね。無駄に仕事が増えて困ります」
そう言ってジェームズはカサブランカの来た方向へと去って行った。




