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女装趣味の私が王子様の婚約者なんて無理です  作者: 玉名 くじら
第9章

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39 メイド達の楽しみ③


 プロフィアとクオンから離れたギガは一人のメイドと目があった。

 「あらぁ。あなた武器は持っていないのかしらぁ?」

 「はいー。私はぁ、この体が武器ですのでー」

 オネエ口調のギガとのんびりした口調のミルキーが惹かれ合うように近づいていく。

 歩く度にその豊満な胸が上に下に忙しく揺れる。

 ある一定の距離で立ち止まると、二人の胸が何回かバウンドして静止した。

 風も止み、音も消え、立ち上る砂煙はうっすらと消えていき、そこだけが異質な空間と化していた。

 動き出したのは同時だった。一瞬で間合いを詰めて、拳と拳をぶつけ合った。その瞬間打ち付けるような打撃音が風圧とともに周囲に響いた。

 先程まで足のあった場所には大きな穴が空いており、二人はほぼ消えた状態で戦っていた。

 二人がいたであろう場所には穴が穿たれ、土煙が舞ったかと思うと、すぐに立ち消えた。

 鈍い打撃音が周囲にこだまする。

 「いいわぁ。あなたとっても素敵!」

 「あなたもなかなかいいパンチをしてますねー」

 「あら、褒めてくれて嬉しいわぁ。あなたのこと好きになっちゃいそう」

 「あらぁ。残念ですねー。私はすでに夫と子供達がいますし、心に決めた人もいるのでー」

 「そう。じゃあ仕方ないわねぇ」

 「ええ。仕方ないんですー」

 エグいパンチやキックを繰り出しながらものほほんとした会話をする二人。そんな二人はこの戦いが終わるまで決着が着くことは無かったのだった。


 アンジェとメアリーは前線のもっとも敵の多い場所にいた。

 アンジェは剣を。メアリーはメイスを構えていた。

 二人の表情はとても禍々しく、歓喜に打ちひしがれていた。

 それもそのはず。二人は元々王妃様専属の近衛騎士だったのだ。今は、オパールレイン家でメイドをしながら、王国に反する人物を裏で捕まえたり消したりしていた。

 それ故に、非常にストレスが溜まっていた。

 定期的に庭で模擬戦を行うが、それでも満足に終わることは少ない。

 十数年前からクリスによって(もたら)された娯楽や食べ物は彼女達の退屈な日常に彩りを与え、不満さえも消し飛んでいった。それでもやはり戦いに明け暮れていた日々に比べると平和すぎたのだ。

 こうしてエンジェルシリカ側から茶番とはいえ、遠慮なく思いっきり相手をぶちのめすことができる機会はそうそうない。

 アンジェは久しぶりに持った剣の重さに顔を顰めた。こんなにも重かったかなと記憶を辿る。下手に口に出せば、加齢だと揶揄されてしまうため、その考えはすぐに飲み込んだ。

 軽く剣を振り、多少のぎこちなさは残るものの、ストレスを発散するにはちょうどいいと思った。

 対するメアリーは、日常に非常に満足していた。それは偏にクリスの存在が大きかった。このまま末長くクリスの横にいられたらいいなと半ば確信するかのように考えていた。

 ただ、そんなメアリーにも一つ不満というか懸念があった。それは最近お腹が出てきたことだ。家ではクリスやベルシックの作るお菓子や料理を。学園では常に食べて過ごしていた。だからだろうか、最近、メイド服がきつく感じるようになったのは。そして服のステッチが所々解れていることにも気づいた。

 メアリー自身も食べなければいいのだと思っているのだが、どうしても食べてしまう。

 そんな時、ルイスよりこの計画に参加すると告げられた。渡りに船だった。ここで思いっきり体を動かしダイエットする。そして少し痩せた(自称)ナイスバディな身体でクリスを抱きしめるのだ。そう思うと、笑いが止まらなくなるのも仕方がないことだろう。

 最初はクリスと一緒に帝国へ向かい、クリスと共に隣にいようとしたのだが、ヴェイロンに重量制限オーバーと言われ、泣く泣くこっちにやってきたのだ。

 この怒りを一体誰にぶつけてやろうか。そんな事は考えずとも分かる。目の前に沢山いる筋肉ダルマにこの不満と怒りをぶつけてやろう。そう思っていた。

 手に持ったメイスはこんなにも軽かったかとメアリーは思った。もう少し重い方がダイエットにはいいのではないか? だが、今更代わりの武器などない。

 そう思って、ふと横を見ると、アンジェが顔を顰めていた。

 「メイド長どうしたんですか?」

 「ああ。なんでもないのよ。ただ、使い慣れた剣が重く感じただけで……あ…」

 「じゃあ交換しますか? 私のはなんか軽く感じて」

 「じゃあお願いしようかしら」

 「ええどうぞ」

 あんまり考えないメアリーに助けられたなとアンジェは思った。

 そして、情緒不安定な二人は交換した武器を軽く振り回し、その感触に満足したのか殊更邪悪な笑みを浮かべたのだった。

 そんな様子を対するエンジェルシリカの男達はニタニタと笑いながら見つめていた。

 「それにしてもシグマとラムダさんは残念ですね」

 「本当にね。こっちのが圧倒的に楽しいと思うのに、わざわざ面倒な方に行くなんて、損な性格よね」

 「全くです。ヒナナ、フィジー、マーブルもこの話を聞いたら泣いて悔しがるでしょうね」

 「そうかもしてないわね」

 「しかし、こんな姿クリス様には見せられませんね」

 「あら、どうして?」

 「だって、私達今すごい顔してますよ?」

 「あら、それは困るわね」

 「変なシワが出来る前にやる事やっちゃいましょう」

 「そうね。……って、待って、どうしてシワができる事前提なのかしら?」

 メアリーは話題を逸らすかのように、先に駆け出したのだった。

 「ちょっと待ちなさい。終わったら話がありますよ」

 そして、結果はというと。あっさりと決まってしまった。

 運動にもならないとアンジェとメアリーは思った。やはり、帝国に行くべきだったと少し後悔したのだった。そうすれば、クリスと一緒に剣を振るうことも出来たし、何よりアンジェのお説教も無かっただろうと思ったからだ。


 「さて、どちらが正しいのか決めましょうか」

 「そうね。せっかくお友達になれたのに裏切るなんて酷いと思うのぉ」

 シェイプアップして昔とほぼ変わらないが筋肉質になったマーガレットと、前以上に鍛えボンレスハムのようになったエリーが互いに上から下まで舐め回すように見ていた。

 「折角つけた筋肉を落とすなんてバカじゃないの?」

 「使えもしない筋肉なんていらないわ。それに分かったの私。あれは見栄えも悪いし、生活に支障をきたすってね。ソフィアお姉様にも引かれちゃうし…。今の私はアクション俳優並みのプロポーションよ? エリーも私みたいにすればいいのに」

 「嫌よ。それでどうやって筋肉の美しさを魅せるのよぉ! んもぉ…どうやら私達は、永遠に分かり合えないようねっ。筋肉は惹きつけてなんぼなんだからぁ!」

 エリーは鈍い風切り音を立てながらマーガレットへ向けて拳を振り下ろした。

 パワー系のエリーと違ってマーガレットは軽やかに躱し、顎に一発キツイのをお見舞いした。

 「んっく!?」

 軽く仰反った後、体勢を戻し頭を左右に振るエリー。

 「あらぁ。いつの間にこんな素敵なものをくれるようになったのかしらぁ?」

 「まぁ、見よう見まねで?」

 マーガレットは前世で得意だった格闘ゲームの必殺技に似た攻撃を次々に繰り出していった。それは見よう見まねでやったにしては完成度が高く、エリーはただただ防戦一方にならざるをえなかった。

 「なっ!? なによそれぇ。マーガレットちゃんがそんな戦えるなんて知らなかったわぁ」

 「私もびっくりだわ」

 鍛えたことにより、頭の中で思い描いた動きをほぼ忠実に再現できた。乙女ゲームの合間に極めた格闘ゲームでは大会に出場する程の腕前だったマーガレット。流石に衝撃波みたいのは出せなかったが、それ以外の技は全て出来た。

 何でもっと早くにやっておかなかったのだろうかと後悔する程に。

 だが、エリーもやられっぱなしという訳にはいかない。両腕を左右に突き出し、回転しながらマーガレットへ突き進む。エリーの通った後には轍が出来ていた。そのくらい凄まじい勢いだった。

 マーガレットが避けても追尾してくるエリーに軽く舌打ちをする。流石のマーガレットもあれに当たればただでは済まない。目が回るのを待つが、どうやらそれは期待薄のようだ。

 マーガレットは逆回転の回し蹴りを喰らわせて相殺した。その時の衝撃で両者共に吹き飛ばされるが、マーガレットは軽く後方に回転して着地したが、エリーはそのままの勢いで地面に仰向けに倒れた。

 「はぁはぁ♡ 私の負けよぉ…」

 「まだ余裕そうに見えるけど?」

 「このまま戦っても絶対に勝てないって思ったのぉ…。鍛え直して再戦を求めるわぁ」

 「ん。待ってるわ。まずは、無駄な筋肉を落とす事から始める事ね」

 マーガレットが手を差し伸べ、それに応えるエリー。

 「そんなぁ。そしたら私のアイデンティティが無くなっちゃうわぁ」

 「何言ってんのよ。勝てなきゃ意味ないでしょ? ほら見なさいよ。アンタんとこの兵士みんな負けてるわよ?」

 「あらぁ…本当だわ…」

 それを見てがっかりとしたエリーは再び地面に倒れ伏した。

 「クリスちゃんといい、マーガレットちゃんといい、スマートに勝てるのは羨ましいわぁ」

 そこで一瞬目を軽く見開いて驚くマーガレット。

 「どうしてそこでクリスが?」

 「分かってて参戦したんじゃないのぉ?」

 「いや、剣の練習してるのは知ってるけど…」

 そこまで言ってマーガレットは何か思い違いをしているのではないかと思ったのだった。


 遥か後方にて、クリスの学友であるジルやシェルミーが必死にある人物を押さえ込んでいた。

 「ダメですわ。何かあったらどうするんですの?」

 「そうだよ。そもそも、どうしてこんなところに王女様がいるんです?」

 「みんな来るのに、私だけが置いてきぼりなんて嫌ですの。テオだっているんですよ? 私がいてもおかしくないじゃないですかぁ!」

 ジタバタと暴れるルキナ王女。流石に二人では難しかったのか、トミーとカイラもルキナを抑えるために加わった。

 「王女様、どうかここは我慢してください」

 「王女様の身に何かあったら、私達も怒られてしまいます」

 「…そ、そうよね…ごめんなさい…」

 シュンとなって軽く俯くルキナ。両手で持っていた鉄扇をぎゅっと握った。

 それを見て一同はホッと胸をなでおろしたのだが、そこに運悪くエンジェルシリカの男達が、オパールレインのメイド達からの虐殺を掻い潜ってここまで辿り着いたのだった。

 「あらぁ。まだまだ参戦してない子達がいたのね」

 「んふ。あっちはルール無視して武器なんて使ってるけど、あなた達は持ってないのね」

 「それじゃあ。拳と拳でやりあえるわね。楽しみだわぁ」

 「ひっ…」

 おネェ言葉の屈強な男達を見てルキナは小さく悲鳴をあげた。それも無理はないだろう。彼らが身につけているのはブーメランパンツ(少しはみ出ている)と靴下だけなのだから。

 大の男嫌いのルキナにとって、最も苦手な位置にいるであろう人種だ。

 そんなルキナを庇うようにジルとシェルミーが前に立ち憚る。

 「あらぁ。あなた達がお相手してくれるのぉ?」

 「んふ。気の強そうな目ね。嫌いじゃないわ」

 「早くやりましょうよぉ。お股がキュンキュンしちゃってるのよぉ」

 煽りなのか本心からの言葉なのか判別は出来ないが、二人は戦う決断をした。

 シェルミーは足を広げ、左腕を前にする形で構え、ジルは片膝を上げ、右腕を前にする形で構えた。

 それを見て男達は喉を鳴らし、口角からスチームのような息を漏らす。そして、ほぼ一斉に目を光らせながら飛びかかった。

 だが、彼女達の敵では無かった。レイチェルとエテルナによる厳しい特訓により、彼女達はオパールレイン家のメイドに匹敵する程の格闘術を身につけていた。

 本来はキュアキュアキョーでの立ち振る舞いや演技であった筈なのだが、いつしか本格的な内容に変わっていた。そして本番のショーでも実際に戦ってみせていた。もちろん観客はそれが本当に戦っているなどとは思ってはいない。一部気づいているものはいたが、極僅かだ。

 そんな彼女達が弱い訳がない。二人は襲いかかる男達を左右に避けて回避すると、男達の頭上よりも高く飛んだ。そして、男達の顔面めがけて膝蹴りを食らわせたのだった。

 一撃で撃沈され、そのまま顔から地面へ倒れ伏した。二人は軽く着地すると、そのままの勢いで男達の意識を次々に刈り取っていった。

 気がつけば、彼女達の前には敵意を持った者は誰もいなかった。

 そして、他の場所から現れた男達も学園から来た他の生徒達が難なく対応してのけたのだった。

 「すごい……」

 ルキナは目の前で繰り広げられる戦いに、目を輝かせ、興奮しながら観戦していたのだった。

 手に持っていた鉄線はいつしかファンさうちわに変わっていた。


 そして、戦いが終わった。

 結果としてはオパールレイン家の圧勝であった。尤も、若手のメイドは苦戦したようで、そちらではエンジェルシリカ家の男達がなんとか勝つか引き分けに持ち込んでいた。

 そして、怪我をした人達の前でテオドールが魔法少女の持つようなステッキを持って、軽く回すように振っていた。

 「いたいのいたいのとんでけー」

 気休め程度の声かけかと思われたが、ピンクや黄色、オレンジに白といった光の粒子が降り注ぎ、あっという間に彼ら彼女らの傷を癒していった。

 当の本人はのほほんとしていたが、その光を浴びた者は、互いに見やって驚き固まっていた。

 一体どういう原理になっているのかテオドール本人も分かってはいなかったが、黒魔術研究会の面々は新しい研究内容が出来たとほくそ笑んでいた。

 そして、アーサーが分かりもしないのにうんうんと頷いていた。


 「どう? 満足した」

 「全っ然っ!」

 戦いが終わり、ルイスがエリーに問いかけるが、エリーはずっと不満げだった。

 それもそうだろう、殆どの男達が満足に戦う前にやられてしまったのだから。

 「もう! 次は勝つわよ!」

 「うん。次も僕達が勝つよ」

 「それならせめて武器とかやめてよね。あとあの炎とか氷とか雷も。あれ一体何なの?」

 「うーん。秘密」

 秘密ではないのだが、脳筋のエリーに説明して理解できるだろうか? その説明だけで一週間くらいかかりそうなので秘密という便利な言葉で逃げたのだった。


 目的が達成されたのか、両家ともに和気藹々としていた。あんだけ戦っていたメイド達と男達が身振り手振りを交えてにぎにぎしく談笑していた。ただ二人アリスとメタモを除いて…。

 そんな時、ふと思い出したようにルイスが口を開く。

 「ところで、そろそろうちのお父様返してもらってもいい?」

 「?」

 エリーやその周囲にいたエンジェルシリカの男達が一斉に首を傾げた。

 「いやいや。いるでしょ? 牢屋か拷問部屋かどっちかに」

 「いや、そんな事したら大変でしょう?」

 「え? いないの?」

 「あの、エリー様?」

 男達の集団の中で、奥の方にいた一人が出てきて、申し訳なさそうに声を掛けた。

 「実は当主様が…」

 「あらパパが? やぁねぇ」

 エリーは口に手を当てて、眉をハの字にした。尤も、太い眉毛ではハの形には程遠いのだが。

 「じゃあ連れてこないといけないわね」

 今度は別の男が険しい表情で声を掛けた。

 「実は、すでに抜け出されたようで、当主様が大変ご立腹でございます」

 「あら嫌だ。お兄様じゃ止められないものね。仕方ないわね。私が行くわ」

 そう言ってエリーは一度背を向けた後、妖艶に振り返り、投げキッスをして去っていった。

 「じゃあ、国境付近にいる帝国軍の兵士達のところに行こうか」

 空中で投げキッスを叩き落としたルイスはなんて事ないといった感じで告げる。

 男達とメイド達が一斉に了承の意を示して、国境付近で震えていた帝国の兵士達の元へ向かった。

 ルイスは一度立ち止まり、空を見上げた。

 「クリスのお陰で毎日が楽しいよ」

 それは誰に向けた言葉なのか分からないが、すぐに空気に掻き消えてしまった。


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