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女装趣味の私が王子様の婚約者なんて無理です  作者: 玉名 くじら
第9章

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38 メイド達の楽しみ②


 これほど戦場に似合わない人物もそうはいないだろう。その姿はまるで深窓の令嬢のように儚げで美しかった。

 男にしか興味のないエンジェルシリカの男達でさえ息を呑む程に美しかった。

 そんなイノはこれまたどこぞの令嬢のように微笑み、傘をさしていた。

 その傘は段々のフリルのついた白い傘だった。遠目に見ればなんてことはないただの白い傘だろう。男達にはそう見えていたのは幸せだったかもしれない。なぜならば、うっすらとまだらにシミが出来ていたからだ。

 「ご機嫌よう」

 その声はとても甘く、それでいて澄んだ声音をしていた。

 思わず男達も「ご機嫌よう」と返してしまうほどだ。

 「今日はとってもいいお天気ね」

 「本当にねぇ」

 「晴れてよかったわぁ」

 まるでそこが戦場であるかを忘れてしまいそうなほど穏やかな時間が流れていた。

 イノとそれを取り巻く周辺ではメイドと男達が戦っているのに、ここだけは隔絶された空間のようだった。

 そんな時、先に動いたのはイノだった。

 「ごめんなさいねぇ」

 そう言って傘を下ろして閉じる。その動作の全てがメイドというよりも令嬢のように優雅だった。

 ついつい見惚れてしまう男達だが、まさか裏切られるとは露とも思っていなかったのだろう。

 イノは閉じた傘の柄を持って、一蹴りで男達の前へ跳ぶと、軽く傘を振って男を弾き飛ばす。その威力は凄まじく、数百メートル先までノーバウンドで弾き飛ばしてしまった。

 一瞬何が起きたのか分からなかった男達だが、その半数は気付く前に次々と吹き飛ばされていった。

 特殊な素材を用いて作られたその傘はまるで鈍器のようで、真っ白な傘にはうっすらと赤い血が付着していた。

 男達が反撃を開始する頃にはあんなにいた人数が両手で数えられるほどになっていた。

 かつてイノはルイス付きのメイドとして学園についていった。しかし、そこでは日々アリスとメタモのお守りばっかりしていた。メイドの仕事以外にも裏の仕事と負担は彼女一人にのしかかっていた。

 その時の鬱憤を晴らすかのごとく、彼女は朗らかな微笑みを浮かべたまま男を一人また一人と弾き飛ばしていった。

 弾き飛ばした先には偶然にもアリスとメタモがおり、何回か当たりそうになっていたが、彼女達はそれが意図したものなのかは判断がつかなかった。


 彼女もまた戦場には向かない人物であろう。

 ベルシックはオパールレイン家のメイドであり、料理長も務めていた。

 調理に関する一切を取り仕切る彼女は、出来ることなら手を血で汚したくはなかった。

 しかし、もともと戦闘職であった彼女も、やはり今日という日を楽しみにしていたのだ。

 そんな彼女は無数のクナイをメイド服の中に隠していた。最初は蹴りのみで戦おうと思ったのだが、カポエイラみたいなスタイルだと、万が一手首を痛めてしまう可能性があった。それでは、調理に支障が出てしまう。

 そこで彼女は、クナイを投擲する方に決めたのだった。

 無論、屈強な男達に微細な刃の先端が通るとは思っていなかった。なので、秘策を用意した。

 「あら。あなたは他の子と違って素手で戦ってくれるのかしらぁ」

 「ごめんねぇ。私としてはそうしてやりたいのは山々なんだけど、手を怪我したくなくってね。これでもシェフなんでね」

 「あらぁ。そうなのぉ。じゃあ手以外を狙ってあげるわね」

 そんな事知った事ないと、男達は筋肉をワキワキと音立てながら、ベルシックへと向かって走り出した。

 「脳筋ってやぁねぇ…」

 ベルシックは軽く嘆息した後、軽く二段跳びをして、両手の指の股に挟んだクナイを次々に、まるで降りしきる雨のように投げていった。

 軽くチクッとする程度の痛みが男達の首筋に当たるが、男達には全く効いていなかった。ニタニタ笑うもの。首筋を軽くさするもの。大きく伸びをするものと様々だが、その全員がベルシックの攻撃を無意味だとアピールした。

 「こんなものなのぉ?」

 「とんだ期待はずれだわぁ」

 「じゃあ、次はあたし達の番よねぇ」

 そう言って一歩踏み出した時、男達に異変があった。ニヤニヤした顔のままその場で膝をついてしまった。一瞬何が起こったのか分からなかったが、次第に身体が痺れている感覚に気づいた。ものの数秒でベルシックと対峙していた男達はその場に倒れ伏してしまった。

 何をしたのか? そう問いたいが、声すら出す事も叶わなかった。口からは涎を垂らし、眼球だけがかろうじて動かせたが、視界はぼやけたままだ。男達は、全身に回った痺れにただただ耐えるしかなかった。

 どうやらクナイの先端に全身を痺れさせる毒が塗ってあったようだ。

 ベルシックは額に浮かんだ汗を軽く拭う。

 「いやぁ、上手くいってよかったよ。お陰で手を汚さなくてすんだわー」

 なんて事ないといった感じで話すが、その投擲の的確な精度はメイド達の中でも指折りだった。


 エンジェルシリカからオパールレインへと所属を移したプロフィアとクオンは、かつての同僚であるギガと対峙していた。

 クオンは何も持っていなかったが、プロフィアはいつもと同じく優しい笑みを浮かべたまま黒く光沢のある鞭を持っていた。

 「ちょっとぉ! 何で神聖な拳と拳の打ち合いでそんな無粋なもの持ってきてるのよぉ!」

 ギガはプロフィアに対して不満を口にする。

 「いや、私は手痛めたくないですし、それにこっちのが使い慣れてるので」

 「ふざけんじゃないわよ! クオンを見なさいな。ちゃんと何も持ってないでしょう!」

 「いや、うちは普通に忘れたというか、蹴りメインだし」

 「あ、じゃあ予備のバラ鞭か乗馬鞭貸そうか?」

 「いや……」

 プロフィアは善意で尋ねているが、クオンの趣味ではないため、やんわりと断った。

 「もう! せっかく三人で仲良く殴り合いができると思ったのにぃ! いいわ。私、別の人と戦うわ」

 そう言って脇目も降らずに、どこかへと去って行ってしまった。

 「昔っからギガって自由よね」

 「それ、自分で言う?」

 呆れながらクオンは手首に巻いたシュシュを触っていた。

 そんなやりとりをエンジェルシリカの男達は気まずそうな。しかし、どこか期待した表情で見ていた。

 「じゃあ、あーし達とやろっか」

 「そうね。久しぶりに稽古つけてあげる」

 かつてエンジェルシリカにて執事をしていた二人は、今はメイド服に身を包み、どこか清々しい表情で立っていた。

 もちろん男達も、元仲間であることを理由に手を抜くことはない。

 プロフィアが手に持った鞭を思いっきり地面に打ち付けると、男達は一瞬ビクッとしながらも二人に飛びかかった。

 プロフィアは慈愛の女神のような微笑みを浮かべたまま、襲い来る男達に容赦なく鞭を打ち付けていく。

 あまりの痛さに悶絶し地面を転がるが、どこかその表情は恍惚としていた。

 刃すら通さないほど鍛え抜かれたその体であるのだが、スイッチの入った男達にとってプロフィアの打ち付ける鞭の威力は抗えないご褒美だった。

 そんな様子を呆れた目で見ながら、クオンは細く長い脚で男達に蹴りを入れていく。

 回し蹴りや跳び蹴りをする度に、短すぎるスカートの中身が見えるのだが、悲しきかな、男達にとってそれは興味を引くものではなかった。

 ロザリーと競い合えるくらい短いスカートなのだが、全く反応がないことに内心苛立ちを覚えた。

 クオンは虚しい気持ちのまま男達の顎に次々と蹴りを食らわせ昇天させていった。

 別の場所では別の意味でプロフィアが昇天させており、気がつけば、二人の周りにいた男達は地面に倒れ伏していた。

 「こんなに弱かったっけ?」

 「なんか物足りないですねー」

 互いに見やった二人は苦笑すると、奥で萎縮する男達に向かって一狩り行くかのように駆け出したのだった。


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