36 ここからが本番よね?
ルイス達が敢えて被害があまり出ないよう端を狙って撃っていた事もあり、魔法による被害者は殆どいなかった。
いてもほんの少しの火傷や凍傷等だ。
そもそも初めて見る魔法に驚き、慌てふためき、逃げ惑っていただけなので、人的被害は少ない。
寧ろ、あれだけ散り散りになっているところを敢えて外して撃っていたのは相当な集中力と精度だろう。
学園にて、そんな部活があるという話しか知らなかったエリーはその威力の凄さをまざまざと思い知らされたのだ。
これからは魔法の時代が来るかもしれない。そう思わせるデモンストレーションだった。
「ま、まぁ…本番はここからよね」
普段のオネェ言葉を忘れたエリーが息を急き切らしながら、なんとか言葉を絞り出した。
ルイスはコテンと小首を傾げて、顎に指を添える。そんな様子をミルキーだけがキャーキャー言いながら喜んでいたが、他のメイド達があざといと感じていた。
「でも一応は、君達の目的は達成されたじゃやい?」
「……」
「黙ってても無駄だよ。敢えて皇都から引き離した帝国軍を足止めして戦意を削ぐ。今ので十分じゃない?」
「カカシ同然になった帝国軍を相手にする事程退屈な事はないわよぉ」
「へぇ…。まだやりたいと」
「そりゃそうよ! 私達まだ何もしてないもの! ちゃんと発散させてよぉ!」
ルイスはチラッとメイド達を見る。
「だって。どうする?」
「もちろんお相手いたしますわ」「えぇ。私達も発散したいですし」「体がなまって仕方ありません」「勘も取り戻したいですしね」「壊れないサンドバッグなんて素敵じゃないですかぁー」「クリス様がいるところで私達の本領を見せるわけにはいきませんからね」「野蛮って嫌われちゃいますものね」「クリス様のかわいいメイドでいたいですから」
ルイスはそれを聞いて、「僕はいいのだろうか?」と思いながら、半眼でそれを見ていた。
そして、マーガレットとクオンが、どの口で言ったいるんだと思い、プロフィアが分かるとうんうん頷きながら同意していた。
「ま、いいわ。どんな事情であれ、私はエリーと戦いたいわ」
ここにいる全員が、一体全体どうしたらこうなるのだろうと疑問に思った。
つい先日筋肉モリモリで帰ってくるまで、誰かに守られるような、そんな人物だったはすだ。
それがどう間違ったら、こんな血気盛んな感じになるのだろうか?
我の強さはどことなくソフィアを思い出し、悪い影響を与えたなと皆が思ったところで、きっと船旅中にエリーの悪い部分に影響されたのだろうと結論づけた。
尤も実際はエリーだけでなく他の人物や訪れた先々でのトラブルが原因なのだが、一緒に旅に出たクオン達ですら気が付かなかった。
そして、無駄な筋肉と思考を削ぎ落としたマーガレットは今、戦う事に飢えているのだ。
「じゃあ僕は武闘派じゃないから下がってるね」
軽やかに。そして影の様に後方へ消えていくルイス。
そしてそのすぐ後にマーガレットが躊躇いなく、エリーへと向かって駆け出した。
それを合図として、オパールレインとエンジェルシリカ双方が、歓喜した野獣のように口角を釣り上げ、牙を剥き出しにして一斉に駆け出したのだった。
そこに理性や理念といったものはなく、ただがむしゃらに、貪欲に、己の欲望を発散するかの如く拳を、剣を、鎚を振り下ろした。
「ちょっと! 何で武器なんて持ってるのよぉ!」
「あらいやだ。女の子相手に素手でやれなんて、酷いと思わない?」
「そうよね。向こうはあんなに筋肉モリモリなのに。華奢な私達じゃ、すぐに捻り潰されちゃうわ」
人の二倍はあろう大剣を軽々と持ったメイド達を見て、ついつい思った事を呟いてしまう。
「女の子…?」「華奢…?」
「引っかかるのはそこじゃないでしょおおおおおっ!」
「そうよ! これはハンデみたいなものよっ!」
エンジェルシリカの兵士達が武器を持ったオパールレインのメイド達に非難を向ける。
いくら鍛えていても武器で攻撃されたらただじゃ済まないからだ。
オパールレイン家のメイドでもわりかしふくよかな方のミホとモワが、エンジェルシリカの男達からの疑問の呟きに笑顔を消して、鉄製の大きな剣を振り下ろした。
「まぁひどい! あたし達だってか弱いのよぉ!」
「お手入れしている肌に傷ついたらどうするのよぉ!」
「うっさい!」
「ほら、見なさい! ぜんぜんかすり傷一つつかないじゃない!」
敢えて刃引きした打撃用となった刀で撃ちつけても擦り傷一つつかなかった。
それは剣の達人であるグレートも一緒だった。
「おやおや。刃先を潰したやつを持ってきたのが仇となったかねぇ…。まさかこんなに攻撃が通らないなんて思わなかったさね」
「ふふふ。またまたそんな謙遜を〜」
「というか、打撃だけだって痛いのよぉ」
ホントかな? みたいな目で見るグレート。ドレスコードのメイド服を着ているが、歴戦の勇者のようにしか見えない。
周りをエンジェルシリカの屈強な男達に囲まれており、いつでも反撃できるよう構えている様は堂に入っており、一分の隙すら与えなかった。
というより、内部へのダメージが大きく、顔はにこやかだが、あまりの痛さに動けないでいるだけなのである。
皮膚や筋肉、骨に至るまで損傷は無いものの、王国一の剣士の攻撃を受けてただでは済まないのだ。
正直、蓄積された痛みを隠して、笑顔で立っているだけでも賞賛ものなのだが、この場においてそれは無意味だった。
次に攻撃を喰らえば立っている事はおろか、意識を保つ事すらできないだろう。
そして、認めるしかないのだ。数で押し切る事も、勝つ事もできないという事を。
「おや、来ないのかい?」
「あらぁ…まだやるのぉ?」
「そろそろきついんじゃありません?」
男達と違ってグレートは全然疲れていなかった。ただ楽しんでいただけなのである。
その証拠に一向に攻撃してこない男達にガッカリしていた。
「仕方ないねぇ。違う子に相手してもらうとしようか」
男達が反応するより早く剣を振り、男達の意識を刈り取ったのだった。
「木の棒でもよかったかもしれないねぇ」
グレートは手応えのなさに苦笑いし、次の獲物を求めて怯んでいた男達の集団へ突っ込んでいった。




