29 子は親に似るらしい
お姉様がルビー帝国へ向かって二日が経った。
病院でブライアンさんから衝撃の事実をあれこれ聞かされ、学園の授業もずっと上の空だった。
お昼になって友人達と食堂へ行こうとしたところで、アンさん…アン先生に声を掛けられた。
「クリスきゅ…クリスさん少しよろしいかしら?」
切羽詰まったような表情なのに、一瞬いつもの癖が出かけた。
流石に空気が読めない人じゃないと思うから、何か重要な案件なんだろう。仕方ない…。
「………。分かりました。どちらへ伺えばいいですか?」
「応接室へお願い」
「分かりました。…あ、みんなごめんね。呼ばれちゃったからり先食べてて」
ソフィア達一行が軽く手を上げて了承し、食堂へ向かっていった。
応接室へ入ると、何故かお兄様がいた。
いや、いるのはいいんだけど、どうして制服で来てるんですかね。もうとっくの昔に卒業しましたよね?
「やぁ、クリス。やっぱりクリスは何着てもかわいいね。制服姿もとても似合ってる。お揃いだね」
「あの、どうしてこちらに?」
「あぁもう。クリスはせっかちだね」
結局、どうして制服で来たのか教えてもらえないまま、ここに来た理由をテーブルの上に置いた。
「お兄様これは?」
「クリスのお友達のエリザベス嬢からの招待状だよ」
「招待状? 見ても?」
「うん」
ソファに座り、中を見る。
何故かアンさんがべったりくっついてくるので押し返す。
「ああんっ♡」
すかさずお兄様が間に入る。
三人でソファに座ったら狭いんですけど。何でこんなにあるのにこんな固まって座る必要が?
仕方ないので、1人用のソファへ移動する。
「ルイス、あなたのせいよ…って、あだぁ!」
お兄様が無言で額にチョップした。
アンさんが額を抑えて悶絶してる間に中を見よう。
そこには読みずらいギャル文字で文章が書いてあった。
"は"が"ゎ"になっていたり、顔文字を多用してあったり、やたら文章毎に色を変えていて読みずらい。
こんなのもはや暗号だよ。
ギャル文字というよりおじさん構文に近いかも。
クオンさんの影響とギガさんの影響を強く受けているのがよく分かるわ。
やたらと「ぴえん」を多用している。
エリーの顔で「ぴえん」て言われるとちょっとイラってくるけど、他の単語や文章のが酷いからツッコミが追いつかない。
「お兄様はこれをお読みに?」
「うん」
「読みずらくなかったんですか?」
「クオンやキャロル。ああ、あとアリスとメタモの影響で普通に読めたよ」
お兄様って結構順応するの早いわよね。
何とか解読に成功し、掻い摘んで翻訳すると…。
『私の部下達のフラストレーションが溜まりに溜まって発散させないといけないけど、もう相手になるようなのはオパールレインしかいないので、是非とも果たし合いたい。お越しの際は全員メイド服でお越しください』との事。
手紙から目線をあげ、眉間を揉む。
物凄く目が痛い。疲れた。
「一応、国内には共同演習という事にしてあるわ」
さっすが。そういう根回しは早いですね。
「あと、秘密裏に他にも参戦出来そうな人を集めているんだけど、メイド服着用ってところに難色を示されてね」
だよねぇ。また何ともメイド服というのが絶妙だわ。
貴族だったら下働きの服なんて着たくないって言うし、男性なら絶対に拒否するだろう。
騎士団や衛兵なら特にそうだろう。
そういうのに忌避感無いのはうちくらいなものだしね。
「とりあえず、王城勤めのメイド達とグレート様にはご参加いただけたわ」
グレート様がいるなら勝ち確では?
でも、よくメイド服で行くのを了承してくれたわね。
というか、王城のメイドさん達って戦えるの?
「エテルナ王妃が言うには訓練したから大丈夫とは言ってたけど、多分後方支援ね。オパールレインのメイド達には到底及ばないもの」
「まぁ、いないよりはマシって事だね」
お兄様はソファの背もたれに背中を預ける。
「一応、うちのメイド達や他使用人達は全員エンジェルシリカに向かってもらったよ」
「え…うちあけて大丈夫なんですか?」
お兄様は軽く口角を上げる。
「キャロルがいるし、なんなら子供達がいるから問題ないよ。そんじょそこらの傭兵崩れなんかじゃ相手にすらならないよ」
確かに子供達も遊び感覚て訓練してたけど…。そんなに強くなっているとは思わなかったわ。
まぁ、そのままエスカレーター式にメイドや使用人になる子もいたのはそういう事なのね。
「本来なら当主である父さんがやるべきなんだろうけど、未だ捕まったままだしね」
「え、それって相当ヤバいんじゃ」
「いや、気にしなくていいよ。普通ならもう脱出して今頃ソムタムとかパットペットとか食べてるはずだからね。まだ捕まったままって事は、よっぽどそこの拷問が気に入ったんだろうね。父さんドMだし」
そんな理由で脱出しないなんて…いや、ありえるか。
お父様ならありえるわ。
なんなら唐辛子風呂さえ、嬉々として入るくらいだし。
「さて、売られた喧嘩は買わないといけないよね」
あれ、お兄様ってこんな武闘派だったっけ?
「僕は当主代理として、エンジェルシリカでメイド達と闘ってくるから、クリスはルビー帝国へ行ってサマンサを連れ戻してきてほしい」
いろいろ聞きたい事はあるが、まず一つづつ聞いていこう。頭こんがらがってきた。
「えっと、お兄様が闘うのですか?」
「勿論。試したい事もあるしね」
「そう…ですか。では、お姉様を救出ってのは…」
「サマンサの事だ。きっと悪ノリしていろいろやらかして、向こうさんに迷惑掛けてると思うから、引っ叩いて連れ戻して欲しい」
ははは…。そんな訳…。あり得るんだよなぁ。魔王になりたいとか言っていた事あるし。
帝国乗っ取ってる可能性もあるのよね。
「待って。エテルナ王妃やレオナルド殿下達もいるのよ」
「知ってるよ。王妃様とお母様は問題ないだろうし、シグマやヒナナ達もいる。余裕で殿下達を護れるし、なんなら帝国を潰す事もできるだろうね」
「本当にやりそうだから、そっちも止めさせないと」
「分かった。じゃあクリス追加でお願いね」
「は…はい…」
精一杯笑顔を作って返答したけど、なんかお兄様お父様に似てきたわね。めんどくさい事丸投げするところとか。
「ところで、どうやって帝国に行くんですか? 今から行っても二、三日掛かりますよ」
「大丈夫。一時間くらいで着くと思うから」
「え、何? 私ミサイルに括り付けて飛ばされるんですか?」
「ミサイルが何だか分からないけど、それよりは安全だと思うよ」
思うよって、そんないい加減な…。
「さて、と。準備があるからね。クリスも必要なものがあったら言ってね。明日朝一で行ってもらうから」
急すぎない?
「あ、そうだ。折角だし、クリスきゅんはドレス着ていきなさいよ。フリフリヒラヒラな感じの」
「いいね。クリス持ってるよね?」
「ありますけど…。ドレスで行くんですか?」
「やっぱり、貴族の戦闘服はドレスだからね」
それ、違うところの戦い。主にパーティで口撃しあう所に着ていくものですよ?




